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山の上ホテルなのに、なぜ「山の上」にない? 休館の理由と今後……文豪に愛された食

東龍グルメジャーナリスト
山の上ホテル (C) 東龍

山の上ホテルが休館

インバウンドが増える中で、東京にはたくさんのホテルが上陸しています。そういった状況下で、2024年2月13日から休館するということで大きな反響を呼んでいるのが、1954年に開業した山の上ホテル。

山の上ホテルはユニークな名前ですが、神田駿河台という東京の真ん中に位置していることからもわかるように、本当に山の上にあるわけではありません。GHQ接収時代に「Hilltop House」と呼ばれており、創業者が「丘の上」をあえて「山の上」と訳したことがホテル名の由来となりました。

2019年4月30日から11月30日まで7ヶ月にもおよぶ設備改修と一部リノベーションを経て、12月1日に再オープン。1980年に行った大規模な改装から、39年振りに料飲施設とロビー周りが新しくなったということで、耳目を集めました。

多くの人々に愛されたホテルが休館するということで、改めて“山の上ホテルの食”を振り返ってみましょう。

充実した料飲施設

山の上ホテルが擁する料飲施設は次の通り。

・てんぷらと和食 山の上
・中国料理 新北京
・フレンチレストラン ラヴィ
・鉄板焼 ガーデン
・コーヒーパーラー ヒルトップ
・バー ノンノン
・葡萄酒ぐら モンカーヴ

「てんぷらと和食 山の上」は創業時からある山の上ホテルを代表するレストラン。本胡麻油でカラリと揚げた江戸前の天婦羅と無垢材のカウンターが印象的です。

「中国料理 新北京」は1980年にオープンしました。日本でほとんどを占める広東料理ではなく、北京料理を中心にしながらも、中国各地の料理も提供しており、贅沢な食材をふんだんに用いています。

「フレンチレストラン ラヴィ」は四季折々の食材で生み出される料理が特徴。ホテルフレンチの老舗のひとつであり、それぞれのゲストの「ラヴィ」=「La Vie」=「人生」の節目で訪れたくなる王道のフレンチです。

「鉄板焼 ガーデン」は1980年の改装時に開業し、落ち着いたチョコレートブラウン色の雰囲気の中で、鉄板焼を味わえます。カウンター7席に対してテーブル16席と、テーブル席が多いのも他にはないところ。厚い欅のカウンターと窓から望めるチャペルには風情があります。

「コーヒーパーラー ヒルトップ」はホットとアイスの水出しコーヒーがシグネチャーのコーヒーハウス。マカロニグラタン、プリンアラモード、ババロア、タルトタタンといった伝統の一品も味わえます。

「バー ノンノン」は歴史を感じさせる重厚な雰囲気の英国風バー。プレミアムスコッチ、バーボンが取り揃えられており、静かな時間を過ごせます。

「葡萄酒ぐら モンカーヴ」は世界中からのワインと洒落た一品料理を体験できる空間。葡萄をデザインしたステンドグラスが目を引く隠れ家です。

他にも、ロビーでドリンクなどをオーダーしたり、ホテルショップが新たに設けられて山の上ホテルの伝統的なスイーツを購入したりできるようになりました。

食に注力

山の上ホテルは和洋折衷の「西洋旅籠」をコンセプトにしています。

客室数35と小さいホテルながらも、レストラン・バーが7つもあるのは、非常に驚くべきことです。それだけ、食に対して力を入れているということでしょう。

注目レストランについて、そのこだわりやシグネチャーディッシュを詳しく紹介します。

中国料理 新北京

中国料理 新北京 (C) 東龍
中国料理 新北京 (C) 東龍

「中国料理 新北京」にはテーマとしている青花が壁や柱など随所に散りばめられており、絨毯は中国料理らしい青の牡丹柄。

中国料理では通常、箸はレンゲと共に右側に縦にして置かれますが、「中国料理 新北京」では、箸は日本料理のように、お皿より手前の位置で横にして置かれます。日中折衷にして気軽に楽しんでもらえるようにというのがその理由です。

昔からのリピーターが多いので、料理に関しては味を変えず、伝統を守るようにしています。サービススタッフがテーブル前で取り分けるメニューがあったり、回転テーブルが2台あって、大人数でも利用しやすいです。

大型フカヒレの姿煮込み

気仙沼ヨシキリザメの尾ビレを用いたフカヒレの姿煮込みが定番です。スープはこの料理のためだけに作られた特別なもので、金華ハムと老鶏、豚スネ肉を入れ、時間をかけて煮込みました。

北京ダック

北京ダック (C) 東龍
北京ダック (C) 東龍

目の前でサービススタッフに包んでもらえます。キュウリ、細切りしたネギ、京桜味噌をベースにしたオリジナルのソースは深みのある味わいで、もちもちとした餅皮との相性も抜群。

フレンチレストラン ラヴィ

フレンチレストラン ラヴィ (C) 東龍
フレンチレストラン ラヴィ (C) 東龍

「フレンチレストラン ラヴィ」は以前あった貴賓室の意匠を再現し、店内は非常に重厚な雰囲気となっています。個室も設けられているので、接待や記念日にも利用しやすいです。

カトラリーの刃を下向きにセットしてオーセンティックなスタイルを強調したり、クローシュをかけて料理の温度を保ったり、クレープシュゼットをはじめとしたワゴンサービスが行われたりしています。料理にあわせて3ヶ月に1度新しくなるワインペアリングも秀逸です。

A3サイズの大きなメニューを製作し、あえて、メニューを閉じてゲストに渡し、表紙のデザインも鑑賞してもらうなど、強いこだわりが感じられます。

舌平目のボンファム

丁寧に仕上げた帆立貝のムースを上質な舌平目で包み、特製ソースをたっぷりとかけて、焼き色を付けたホテル伝統のクラシックメニューです。

褐毛和種サーロインのココット焼き 藁の香り赤ワインソース

こだわりの褐毛和種のサーロインはグリエにしてミディアムレアに仕上げます。ココットに藁を敷き詰めて焼いたサーロインを置いて蓋をして火にかけ、煙に満たされてからゲストのもとへ。蓋を開けて香りごと届け、目の前で切り分けてもらえます。濃厚な赤ワインソースでフランス料理の醍醐味を楽しめます。

鉄板焼 ガーデン

鉄板焼 ガーデン (C) 東龍
鉄板焼 ガーデン (C) 東龍

もともとバーベキューガーデンであった庭の一角に、1980年ステーキハウスを新設。その後、鉄板焼へリニューアルしました。その名残で店名にガーデンが付けられており、窓からはチャペルに面した中庭を望めます。

通常、鉄板焼でコースの最後はお食事となり、白飯やガーリックライスが提供されますが、前身がステーキハウスだったので、パンも選択できるのが珍しいところ。

料理もテーブルウェアも和風で、お盆も置かれています。メインに据える黒毛和牛は宮崎牛で、プロモーションでは他の銘柄牛も提供。

活車海老や甘鯛の鉄板焼き

活車海老や甘鯛の鉄板焼き (C) 東龍
活車海老や甘鯛の鉄板焼き (C) 東龍

カルピスバターを使ったブールブランソースはたっぷりと添えられます。車海老は殻もしっかりと焼いてカリカリのエビ煎餅に仕上げています。甘鯛は皮目をパリッとさせ、ふっくらとした身とよいコントラスト。

黒毛和牛(A-5)フィレとサーロイン

宮崎牛は、“和牛のオリンピック”と称される全国和牛能力共進会において、肉質の部で4大会連続で内閣総理大臣賞を受賞している、食味に優れた黒毛和牛。とてもやわらかく、脂の融点が低いのでサラッとしており、和牛本来の旨味を楽しめます。

休館について

てんぷら山の上Roppongi (C) 東龍
てんぷら山の上Roppongi (C) 東龍

山の上ホテルは、これだけの素晴らしいホテルですが、どうして休館するのでしょうか。

広報担当者に確認したところ、次のように答えます。

「竣工から86年を迎える建物の老朽化への対応を検討するため、2024年2月13日より当面の間、休館する事となりました。休館期間等につきましては未定であり、決まり次第ご報告させていただきます」

建て直しになったり、リノベーションを行ったり、もしくは、このままクローズに至ったりするのか、ファンにとっては気になるところです。

山の上ホテルは、街場でも多くのレストランを運営しています。「てんぷら山の上」の伝統を継承する「てんぷら山の上Ginza」「てんぷら山の上Roppongi」「てんぷら山の上 日本橋三越店内」、および、カフェレストランの「レストランヒルトップ順天堂医院内」は健在なので、利用してみるとよいでしょう。

文豪たちに愛された山の上ホテル

山の上ホテル (C) 東龍
山の上ホテル (C) 東龍

山の上ホテルは川端康成、三島由紀夫、池波正太郎をはじめとした数多くの作家に愛されたホテルとして知られています。

多くの出版社がある神田や神保町に近いので、少なからぬ作家がカンヅメとなり、執筆活動していました。現代のようにファックスやメールもなかった時代には、山の上ホテルのロビーに原稿を待つ編集者があふれ返っていたといいます。

カンヅメとなった作家の方々は、館内のレストランで食事を取ることが多かったのではないでしょうか。実際に、池波正太郎が山の上ホテルの天丼を愛したことは有名な話です。

今後については白紙ということですが、文豪たちに愛されたホテルでまた同じ食体験ができることを、山の上ホテルのいちファンとして切望しています。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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