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「入院拒否のコロナ感染者に罰金・懲役」の落とし穴――海外の教訓

六辻彰二国際政治学者
密にならないようローマの観光名所スペイン階段を監視するイタリアの警官(写真:REX/アフロ)

  • 日本政府は入院を拒否するコロナ感染者に罰金や懲役を科すことを検討している
  • 「隔離拒否」に対する罰則は多くの国で導入されている
  • ただし、海外の事例を検討すると、罰則のみで効果があがるとはいえない

 入院や隔離を拒否するコロナ感染者に罰金や懲役を科すことは、各国で「最後の一手」として採用されているが、そこには限界もあり、やり方によっては絵に描いた餅にさえなりかねない。

「隔離違反」への罰則

 日本政府は入院を拒否するコロナ感染者に約100万円の罰金や1年以下の懲役を科す方向で検討している。さらに、感染ルートの追跡調査に協力しない患者に対しても罰則の導入が検討されている。

 無症状や軽症者を中心に入院や治療を拒否するコロナ感染者はしばしばあったが、これまで自治体などは隔離を「要請」しかできず、強制力はなかった。これは国際的にみて、極めてユルい。

 海外では症状の有無にかかわらず、コロナ感染者の強制的隔離が一般的だ。病床数の問題などで入院できないまでも、PCR検査で陽性反応が出た、あるいは感染が疑わしい場合に隔離施設や自宅などでの隔離が命じられ、違反すれば罰金や懲役刑が待ち構えている国も多い

 こうした措置は、中国やベトナムなど一党制、さらにアラブ首長国連邦(UAE)のように専制君主制など、私権をいわば簡単に制約できる国だけではない。欧米などでも「隔離違反」に罰則を設ける国は昨年から増えているのだ。

諸外国の事例

 以下は、PCR検査で陽性反応が出た人はもちろん、感染者との濃厚接触者、感染が拡大している国からの入国者などに一定期間の隔離を命じている国・地域の一部だ。

【イギリス】

 イングランドでは昨年9月、感染者や濃厚接触者に14日間の隔離が義務付けられ、違反者には最大1万ポンド(142万円)の罰金が科されることになった。

 この措置は「隔離対象の18%しか隔離されていない」という調査報告を受けて導入された。症状によっては自宅などでの隔離もあるが、症状などに関して保健当局に虚偽の申告をした場合も、やはり罰金が科される。

【ドイツ】

 ドイツでは「感染防止法」に基づき、感染者や濃厚接触者に10日間の隔離が命じられる。海外から入国する場合、検査と一定期間の隔離が原則セットになっている。

 違反者への罰則はイギリスより厳しく、罰金は2万5000ユーロ(315万円)、場合によっては「傷害罪」に等しいと判断され、5年以下の懲役もあり得る。

【カナダ】

 連邦政府の「隔離法」に基づき、州・地域ごとに金額などは異なるが、昨年3月から多くの州で保健当局の指示に従わない個人や会社は罰金の対象になっている。ただし、その多くは1000Cドル(約8万2000円)程度で、これまでにみた英独などと比べて安い。

 そのため、罰金が徐々に引き上げられ、アメリカ国境に近いオンタリオ州の一部では昨年10月、「隔離違反」に1日5000ドル(約41万円) の罰金が導入された。

【台湾】

 台湾当局はPCR検査の結果に基づき、感染者や感染が疑われる者を病院やホテルなどに強制的に隔離している。昨年3月には隔離先を抜け出して夜の繁華街に出かけた男に100万Tドル(約340万円)の罰金が科された。

【シンガポール】

 シンガポールでも感染者はもちろん濃厚接触者にも14日間の隔離が命じられる。違反した場合、初回は1万Sドル(約78万円)以下の罰金か6カ月以下の懲役、2回目以降は2万Sドル以下の罰金か1年以下の懲役が科され、昨年6月には銀行に行くため1時間半自宅を留守にした濃厚接触者に裁判所は2000Sドルの罰金支払いを命じた。

罰則強化の落とし穴

 どんな理由があるにせよ、感染者が意図的に感染を隠して他人と接触する状態が広がれば、社会全体にとってのリスクになることは間違いない。

 日本政府が検討している入院拒否への罰金・懲役はその予防と評価できるし、想定されている罰則も、並外れて重いものではない。少なくとも世界のトレンドから外れたものではなく、むしろ濃厚接触者などの「隔離違反」が取り上げられないなら、諸外国よりまだユルいとさえいえる。

 ただし、話を感染者に絞ってみても、罰則強化には落とし穴がある。罰則のみで「隔離違反」が減るとは限らないからだ。

 例えば、昨年9月から「隔離違反」に1万ポンド(日本政府の想定金額より高い)の罰金を科しているイングランドでは、政府の専門家チームからも「罰金で感染を抑えられるエビデンスはない」と批判があがっている。実際、イギリスでは11月、隔離違反だけでなくマスク着用や飲食店の営業規制など、様々な理由で科された罰金のうち約6割が支払われていないことが明らかになった。

 そのため、常日頃はロンドンに歩調を合わせる傾向の強いウェールズ自治政府も「罰金より生活が苦しい人への支援の方が効果を期待できる」と消極的だ。

 最大の問題は「隔離違反」を誰が、どうやって監視するのかにある。中国のように軍隊まで動員して特別な施設を用意し、少しでも感染が疑われる者を問答無用で隔離できるなら話は別だが、感染者だけに絞っても、病院や隔離施設に収容しきれず、自宅にいる人を四六時中監視することは、ほとんどの国で不可能に近い。

シンガポールの「成功」

 もっとも、「隔離違反」監視が比較的うまくいっている国もある。例えば、しばしば「コロナ対策の優等生」と評されるシンガポールでは、昨年5月から6月にかけての約2カ月だけで隔離命令に違反した140人以上が捕まった

 これに対して、例えばカナダでは昨年11月までの約半年で、「隔離違反」で罰金を科されたのは108人だった。期間の短さだけでなく、人口がカナダの約1/6であることを考えると、シンガポールの「摘発率」の高さは驚異的だ

 シンガポールの場合、隔離対象の追跡調査を、警察はもちろん路上の監視カメラやATMの使用履歴などまで総動員して行なっている。そのうえ、感染者が過去の行動に虚偽の申告をした場合、半年未満の懲役か約100万円の罰金が待っている。

 人口が600万人にも満たない都市国家で、おまけに徹底して私生活を監視できれば、罰則も機能するかもしれない。しかし、G.オーウェルの「1984」を想起させるほどのシンガポール並の監視体制は、ほとんどの国にとってハードルが高い。

罰則が効果をあげる前提条件とは

 もっとも、そのシンガポールでさえ厳罰主義だけで隔離を進めているわけではない

 そもそも隔離を拒否する理由は恐らく一律ではないだろう。無症状で「自分は大丈夫」と勝手に判断することもあるだろうし、予防接種を拒絶する人のように「自分の健康」を公的機関に管理されることに抵抗感が強い場合もあり得る。さらに職場に知れたら解雇されるかも、周囲に知れたら迫害されるかも、といった不安もあるかもしれない。

 このうち、無症状をいいことにほっつき歩いている感染者はともかく、経済的な理由で「コロナで死ぬより食べられなくて死ぬ確率の方が高い」と判断する感染者に罰則だけ科しても効果があがりにくいのは当然だ。監視がザルなら、なおさらである。

 これに関して、シンガポール政府は「隔離違反」に罰則を科すと同時に、コロナ感染者が出て所得が減少した家族に500〜1000Sドル(4万〜8万円)を支給している他、コロナで失業した場合には職業訓練などを受けることを前提に月額800Sドル(6万円)、犠牲者が出た家族には1万〜3万Sドル(78万〜235万円)の一時金を支給している。

 低所得層の感染者への資金援助は、イギリスなどでも行われている。イギリスの場合、隔離によって働けない低所得層や収入が減少した人には500ポンド(7万1000円)が支給される。しかし、シンガポールの場合、こうした補助は保健当局の指示に従っていたことが前提であり、さらに追跡調査の精度が高いためにウソがバレやすいことが「隔離違反」をより難しくしている。

 付け加えると、シンガポール政府は経営者に従業員が密にならない環境を整えたり、従業員の健康状態を定期的にチェックしたりすることを義務付けており、これらに従わない場合は企業に営業停止や罰金が科されることもある。こうした環境を整えることは、感染した従業員が経営者にそれを隠すことも難しくする。

 こうした制度の組み合わせがあるからこそ、「隔離違反」の罰則は効果をあげやすい。逆に言えば、ただ罰則を強化しても、絵に描いた餅になる可能性すらあるのだ。

「できることは全部やる」は本当か

 だとすると、日本での入院拒否への罰則に関する議論は、必要だとしてもバランスを欠いたものと言わざるを得ない。菅総理をはじめ政府関係者はしばしば「できることは全部やる」と呪文のように唱えるが、他のできることを全てやって、その上でどうしようもないから罰則、という手順になっていないからだ。

 自治体によっては病床が逼迫し、自宅待機中に死亡する人も出ているなか、すべての感染者に「入院」を義務付けること自体、現実性が乏しい。隔離施設も十分でないなら、症状によっては自宅待機もやむを得ないが、無症状だからと勝手に外出する者をどうやって監視・管理するのかについて、政府からは聞こえてこない。アメリカのように性犯罪の常習者にGPS端末を取り付けることすらしていないのに、コロナ感染者や濃厚接触者にそれができるのだろうか。

 あるいは、日本では時短要請に応じない飲食店への罰則のみが注目されやすいが、シンガポールをはじめ各国ではコロナ対策に反する消費者もまた制裁の対象となる。この点も日本では手付かずだ(「静かな年末年始」を呼びかけた張本人たちがステーキパーティやらフグ会食やらしているのでは取り締まりもできないだろうが)。

 さらに、日本でも非正規雇用を中心にコロナで失職する人が増えているが、感染者が治療に専念できる体制は十分ではない。労働環境に関しても、政府は企業経営者に密の回避、従業員の安全確保、雇用の確保などを「要請」するにとどまっている。

 こうした穴だらけのなか、感染者のみを、しかも法令のうえでだけ厳罰で縛ろうとすることは、政府の「やってますアピール」にはなるかもしれないが、実効性が疑わしいばかりか、ただ感染者への偏見や差別を助長しかねない。必要な場合に厳罰を躊躇しないだけでなく、どうすれば自発的に従うかを考えるところに政治家のウデの見せ所があるはずなのだが。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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