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菅義偉はゴルバチョフになれ――非世襲の叩き上げに期待すること

高橋浩祐米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員
菅義偉氏(写真:つのだよしお/アフロ)とゴルバチョフ氏(写真:ロイター/アフロ)

自民党総裁選が9月8日に告示される。菅義偉官房長官、岸田文雄政調会長、石破茂元幹事長の3人が立候補を表明しているが、すでに消化試合の様相を呈している。菅官房長官が主要派閥の支持を取り付けて、次期自民党総裁になることが確実視されている。

政治ジャーナリストの後藤謙次氏はテレビ朝日の「報道ステーション」で「幕が開いたら芝居が終わっていた」とコメントをしていたが、言い得て妙だろう。

この拙稿では、次期自民党総裁、そして、ひいては次期首相の大本命になっている菅官房長官に筆者が期待することを述べたい。

筆者は菅官房長官が首相になったら、元ソ連大統領、ミハイル・ゴルバチョフのごとく、日本に本当に必要な改革を断行してほしいと思っている。

●ゴルバチョフ氏と菅氏は同じ農家出身

ゴルバチョフ氏は菅氏と同じ農家の子だ。叩き上げで、ソ連共産党内で権力の階段をのぼっていった。1985年にソ連共産党書記長に就任すると、停滞していたソ連の政治経済の抜本的改革を目指し、ペレストロイカ(改革)とグラスノスチ(情報公開)を断行した。

では、その菅氏にとってのペレストロイカやグラスノスチに当たることは何か。

その前に菅氏とはどんな人物なのかに簡単に触れたい。

菅官房長官は雪深い東北・秋田出身の苦労人。父親の和三郎さんは戦前、「満州で一旗上げるぞ」と満州に渡った。南満州鉄道(満鉄)のエリート職員として勤務し、満州で終戦を迎えた。そして、戦後は秋田では珍しく、いちご農家として成功した。森功氏著『総理の影~菅義偉の正体~』によると、和三郎さんのいちごの組合は、 いちごだけで年に3億円の売り上げがあったという。和三郎さんは地元の名士で、雄勝町議会議員を4期16年も務めた。菅官房長官は、その満州からの引き揚げ者でバイタリティーあふれた父親の後ろ姿を見て育った。

●世に揉まれたリアリスト

菅官房長官も父親同様、権謀術数の厳しい世界をしたたかに生き、世に揉まれたリアリストとの印象がある。これまで7年8カ月、安倍首相に秘書のごとく仕え、「官邸官僚」とも呼ばれる今井尚哉補佐官ら「首相側用人(そばようにん)」にも無理に抗せずに耐えてきたと言われる。

安倍政権が森友加計や桜を見る会、自民党議員の逮捕や辞任、高検検事長の定年延長問題など次々とスキャンダルに見舞われる中、菅官房長官は連日、1日2回の記者会見をこなしてきた。説明責任を果たしていないとの批判に常に見舞われる中、政権を揺るがす大きな失言もなく7年8カ月もそのポストに就いてきた。

菅氏について、ある参議院議長経験者は筆者の取材に対し、「叩き上げで苦労人。信念を持っている。しかし、愛想がない。パフォーマンスをしない。手堅い。はったりもしない。調整型の政治家で、番頭としては良かったが、No.1としてはどうか」と話した。

菅氏は、秋田の県立高校を卒業後、上京。板橋区の段ボール工場で住み込みで働いていた経験を披露し、庶民派をアピールしている。

●世襲議員の制限の導入を

筆者は、菅氏が首相に就いたならば、日本版ゴルバチョフとして日本の「世襲王国」を打破してほしいと思っている。

日本は世襲議員があまりにも多すぎる。現在の安倍内閣の閣僚の半分が世襲議員だ。2017年10月の衆議院選挙の小選挙区で当選した自民党の世襲議員の割合は33%(218人中72人)に及んだ。世襲議員がいなくてはとても回らない国になってしまっている。主要先進国の中でもその割合が群を抜いて高い。世襲王国だ。

TOKYO MXテレビ「モーニングCROSS」出演時の画面を筆者がキャプチャー=2020年9月8日
TOKYO MXテレビ「モーニングCROSS」出演時の画面を筆者がキャプチャー=2020年9月8日

例えば、安倍首相は祖父に岸信介元首相、父に安倍晋太郎元外相を持ち、「銀のスプーンをくわえて生まれてきた」名門出だ。佐藤栄作元首相は大叔父だ。

小泉環境相は曽祖父からの世襲4代目。岸田政調会長と河野防衛相は祖父からの3代目。西村経済再生相と加藤厚生相はともに、義父が大臣経験のある元衆議院議員だ。

現在の閣僚の中で、国会議員を家系に持たず、政権中枢で活躍しているのは、菅官房長官と茂木外相などごくわずかに限られている。

さらに言えば、安倍家と麻生家、小泉家と石原家などはそれぞれ閨閥(けいばつ)と呼ばれる婚姻関係で結ばれており、世襲議員同士での特権階級や支配階級固めも目立つ。

こうした世襲議員の多くは、政治家である祖父や父の後ろ姿を見て、幼少期を育つ。そして、多くが大学卒業後、数年間だけ一般企業に務める。その後は政治家の父親の秘書を務め、父親の引退や死去とともに、親の後を継いでいる。このため、政治以外の世界をあまりよく知らない。一般社会での実際の経験があまりに少ないため、庶民感覚に乏しい。

名門政治家ファミリーの中で育った安倍首相の場合も、成蹊大学を卒業後に神戸製鋼所にわずか3年間勤務しただけで、1982年から外務大臣に就任していた父・晋太郎の秘書官を務めた。

この結果、何が起きるか。彼らは、多くの国民が日々の生活に悲喜こもごも汲汲(きゅうきゅう)として生活しているのに、それがなかなか理解できない。人々は消費税や社会保険料の増額で、毎年家計のやり繰りが厳しくなっているのに、それが実感できていない。満員電車で通勤した経験がなければ、満員電車のつらさは分からない。

●安倍政権は常に庶民感覚とのズレ

アベノマスクにせよ、シンガーソングライターの星野源さんの楽曲に合わせて安倍首相が自宅でくつろぐ様子を撮影した動画せよ、Go To キャンペーンにせよ、コロナ対策でも常に庶民感覚とズレたり、民心とかけ離れた施策が次々と出てきていないだろうか。

麻生財務相は首相時代、カップラーメンの値段を尋ねられて、「今、400円くらいします?」と答えたことがあったが、ここまで庶民感覚とかけ離れた人に、市民目線での政治が本当にできるのか。汗水たらして働く庶民の生活感覚がなくて、国民生活の不安や苦労をどこまで分かることができるのか。

菅氏は、 多くの世襲議員や官僚出身の国会議員に見られるような門閥や学閥の背景を持ち合わせていない。秋田県の豪雪地帯から単身で上京した地方出身者であり、そこから権力の階段をのぼってきた。

菅氏は自民党選挙対策副委員長だった2009年当時、同じ叩き上げの古賀誠・選挙対策委員長の下で、世襲制限を導入しようとした。具体的には衆院選マニフェスト(政権公約)に「3親等以内の親族らの同一選挙区からの立候補を(次期衆院選から)禁ずる」旨が明記された。しかし、党内の世襲議員から反発や抵抗を受け、その後、なし崩し的に公約から姿を消した。とはいえ、菅氏が世襲制限を唱えたこと自体、これについての問題意識があることの証しである。

菅氏は2010年4月24日、自分のブログ「意志あれば道あり」で「今、早急に着手すべきは『世代交代』、そして『派閥解消』『世襲制限』など、旧い体質を抜本的に改めることです」とも述べている。

TOKYO MXテレビ「モーニングCROSS」出演時の画面を筆者がキャプチャー=2020年9月8日
TOKYO MXテレビ「モーニングCROSS」出演時の画面を筆者がキャプチャー=2020年9月8日

●イギリスは同一地盤からの世襲候補の立候補を禁止

世襲議員は、親の議員から地盤、看板、カバン(お金のこと)をそのまま引き継ぎ、小さな選挙区で圧倒的に有利な立場で選挙を勝ち上がれる。これは、政治家を目指して新たに政治の世界に入ろうとする人々にとっては、新規参入を阻む大きなハンディーとなる。機会の平等が保たれていない。

日本が小選挙区制度の導入の参考にしたイギリスは、党規で同一地盤からの世襲候補の立候補を禁止している。政治家は出身地からの立候補ではなく所属政党から各選挙区に振り分けられる。そればかりか、イギリスの労働党などは、新顔候補者に党の地盤が弱い選挙区で勝ち抜くことを課している。獅子の子落としとも言える。イギリス下院は、日本と同じく小選挙区制度だが、世襲議員はほとんどいない。

日本も、小選挙区制度本家本元のイギリスと同様、各党の党規で「同一地盤からの世襲議員の立候補を禁止するルール」を作るべきではないか。世襲議員のあまりの多さが、国民目線から離れた、日本の国政の停滞を招いているとの深刻な危機意識のもと、厳しく選挙地盤の継承を禁じる。こうしたことをいよいよ考えるべきではないか。

そうすれば、小選挙区制の導入でぐっと増えた「政治稼業」の世襲議員を大胆に減らすことができる。世襲議員候補が本当に優秀だったら、親と違う地盤でも、必ず勝ち残ってくるはずだ。世襲議員には国替えが必要だ。

筆者は別に世襲議員に立候補をするなと言っている訳ではない。祖父母や親と違う選挙区から立候補をしてほしい、と言っているだけだ。世襲制限に反対する議員は、この点を意図的にごちゃごちゃにして、論点をごまかしてきた。

●社会のダイナミズムを奪う世襲議員の跋扈

このまま世襲議員が跋扈すれば、日本社会のダイナミズムがなくなるほか、一般国民の生活から政治がますますかい離してしまう。8月23日に亡くなった渡部恒三氏が唱えていたような市民目線に立った「心のこもった政治」がますます遠くなる。

今の日本は、政治を稼業とする似たような環境で生まれ育った世襲議員が国政のかじ取りをすることで、民意の吸い上げや反映がおろそかになってきていないだろうか。

海の向こうのアメリカを見れば、世襲などなんのその、父親がケニア出身の移民二世のバラク・オバマ氏が大統領になった。また、インド人とジャマイカ人の移民の娘であるカマラ・ハリス上院議員が民主党の副大統領候補になった。政治にダイナミズムがあり、新陳代謝が働いている。

コロナ禍で見られた一般の国民世論とかけ離れた無駄な施策や予算執行を少なくし、税金の無駄遣いを減らすためにも、世襲議員でない政治家の登場が一層望まれるだろう。

菅官房長官が順当に総裁に選ばれ、首相に就任しても、2021年9月までの一時的な内閣との見方もある。しかし、首相就任のあかつきには、非世襲の叩き上げの党人派として、コロナ対策のほか、世襲制限についての問題を改めて提起し、日本の将来のためにも真っ向から取り組んでほしいものだ。

米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

英軍事週刊誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」前東京特派員。コリアタウンがある川崎市川崎区桜本の出身。令和元年度内閣府主催「世界青年の船」日本ナショナルリーダー。米ボルチモア市民栄誉賞受賞。ハフポスト日本版元編集長。元日経CNBCコメンテーター。1993年慶応大学経済学部卒、2004年米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクールとSIPA(国際公共政策大学院)を修了。朝日新聞やアジアタイムズ、ブルームバーグで記者を務める。NK NewsやNikkei Asia、Naval News、東洋経済、週刊文春、論座、英紙ガーディアン、シンガポール紙ストレーツ・タイムズ等に記事掲載。

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