「巨悪は眠らせない」という検察神話を破壊する安倍政権の功績
フーテン老人世直し録(496)
如月某日
「巨悪は眠らせない」と言ったのは「ミスター検察」と呼ばれた故伊藤栄樹検事総長である。検察はいかなる権力にもひるまず正義を実現する組織だと国民に思わせ、一時期は流行語にもなった。しかし当時からフーテンはそれは「建前」に過ぎず、内実はまるで異なると思っていた。
「巨悪は眠らせない」が流行語になってから40年が経ち、安倍政権が閣議決定した黒川弘務東京高検検事長の定年延長問題は、その「建前」を見事なまでに破壊し、検察は行政府の一員に過ぎないという内実を国民に教えてくれる。
第二次安倍政権は鳴り物入りで始めたアベノミクスで成果を出せず、売り物の外交も米国のトランプ大統領から「俺に一番媚びへつらう男」と言われただけで、拉致問題も北方領土返還も成果がない。だが検察の内実を国民に見せつけ、検察神話を崩したことは唯一の功績として記録に残るかもしれない。
故伊藤栄樹が「巨悪は眠らせない」と言ったのは、ロッキード事件の3年後に発覚したダグラス・グラマン事件を巡る国会答弁である。ダグラス・グラマン事件とは米国のグラマン社が早期警戒機(E2C)を日本に売り込むため、代理店の日商岩井(現在の双日)を通して岸信介、福田赳夫、中曽根康弘、松野頼三に賄賂を渡したことを米国の証券取引委員会(SEC)が告発したことから始まる。
東京地検特捜部はSECから資料を取り寄せて捜査に着手、贈賄側の日商岩井幹部を取り調べ、最高責任者と見られる海部八郎副社長を逮捕したその日に、当時法務省の刑事局長であった伊藤が国会で「捜査の要諦は巨悪を取り逃がさないことである」と権力中枢に捜査が及ぶことを示唆した。
そこから「巨悪は眠らせない」が流行語になっていくのだが、しかし検察は米国が実名を挙げて告発した岸も福田も中曽根も松野も逮捕することはなかった。逮捕できなかった理由を検察は「時効と職務権限の壁に阻まれた」と言った。
フーテンはグラマン事件の3年前に起きたロッキード事件で東京地検特捜部の捜査を取材した。ロッキード事件は、軍需産業ロッキード社が秘密代理人を通じ世界中の政治家に賄賂を贈り、航空機の売り込みを図っていたことを、米国議会上院の多国籍企業小委員会が公表したことから始まる。
日本の秘密代理人は児玉誉士夫であることが明らかにされ、対潜哨戒機(P3C)の売込みであることも分かったが、政府高官の名前は公表されなかった。事件が発覚すると児玉とロッキード社の間で通訳を務めた福田太郎が急死し、児玉も入院して検察はP3Cに絡む捜査を断念、全日空のトライスター導入に絡む容疑で田中角栄前総理を逮捕した。
国民は前総理の逮捕に衝撃を受け、「政治とカネ」の問題が日本では最大の課題になる。外国でもロッキード社の資金を受け取った政治家はおり、倫理上の問題として謝罪した例はあるが、刑事訴追された例をフーテンは聞いたことがない。なぜ日本だけ政治家が刑事訴追されたのか。フーテンには釈然としない思いが残った。
田中逮捕の決め手はロッキード社幹部を司法免責にしたうえで得られた証言だが、田中が死亡した後で日本の最高裁は証言の証拠能力を否定した。証拠にならない証拠で検察は田中を逮捕したことになる。そこから見えるのは「田中逮捕ありき」の検察の捜査である。
当時の総理は田中の政敵である三木武夫だった。三木を支える自民党幹事長は中曽根康弘、そして法務大臣は中曽根派の稲葉修である。ロッキード事件発覚で慌てたのは中曽根康弘で、当時の駐日米国大使に事件の「モミケシ」を要請していた。米国は2010年になってその公文書を公表した。中曽根はそれが米国によって公表されるかどうかを恐れながら総理を続けていたことになる。
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