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あなたのマンションの上階音性能がわかります。一度、確認してみて下さい

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(写真:アフロ)

 マンションなどで最も多いトラブルは騒音問題です。特に、上階から響いてくる足音などの生活音は、時には殺人事件や傷害事件に繋がる場合もあり、トラブル当事者双方の生活や人生を破壊する可能性もある重大問題です。

 では、トラブルを避けるにはどうすれば良いのか、その第一歩はあなたが住んでいるマンションの上階音に関する性能、すなわち床の性能をしっかりと把握することであり、その性能により日常の暮らし方やトラブルへの対処法が変わってきます。

 上階から響いてくる音に日常的に悩まされている人、特別うるさい生活をしているわけでもないのに下階からの苦情が絶えずに悩んでいる人、このような人は是非、自分の住んでいるマンションの上階音性能を確認してみて下さい。とは言っても、どうすれば性能が分かるのか見当もつかないことでしょう。ここでは、その方法について解説します。建築の専門家でない一般の人にも利用できる方法です。

誰でもマンションの上階音性能を調べることができる!

 マンションなどで上階から響く音を専門用語で床衝撃音と呼び、これには軽量床衝撃音と重量床衝撃音があります。これらの違いについては以前の記事(上階からの騒音トラブルについての「大きな誤解」、お子さんのいる家庭はご確認を!)で解説しましたので詳細は省きますが、マンションで問題となるのは重量床衝撃音の方であり、この性能は建物の床構造で決まります。ここでの床構造とは、床スラブ(床版)の厚み、床の大きさや形状、周囲の梁や壁の配置などであり、これらの条件によって重量床衝撃音の性能が変わります。

 正確な床衝撃音の性能を知るためには、JISで決められた方法により現場の建物で測定をしなければなりません。新築のマンションなどでは、建設会社が竣工前に測定を実施して床衝撃音性能を確認する場合もありますが、一般のマンション居住者が測定を行うことは事実上不可能です。費用や測定業者の選定などの問題もありますが、測定のためには上下階両方の居住者が協力して実施しなければならないためであり、トラブルなどを抱えている人にとってはこれはまず無理でしょう。そこで、測定以外で性能を把握する方法が必要になります。

 重量床衝撃音の一番の特徴は、建物が出来てしまえばその性能が決まり、後から修正や対策が出来ないことです。そのため、建物設計時に床構造がどの程度の床衝撃音性能を持っているかを事前に検討し、所要の性能を確保できるように設計する必要があります。ここで用いられるのが、「床衝撃音予測計算法」です。建築設計事務所(特に構造設計事務所)では、この床衝撃音計算を行うことが必須の作業となります。なぜなら、床構造の条件が床衝撃音性能で決定されるからです。分かりやすく説明すると、建築構造的には床スラブの厚みが15cmでも強度的に十分もちますが、それでは床衝撃音性能は不十分であり、床の厚みを20cmとか25cmにしなければならないためです。床に関しては、建築構造的な要求条件より、床衝撃音に関する要求条件の方が厳しくなるため、構造設計において床衝撃音の検討が必須になるのです。このために用いる予測計算法を使えば、誰でも床衝撃音の性能を確認することができるのです。

床衝撃音予測計算法の代表「拡散度法」

 この床衝撃音予測計算法としては幾つかの方法が提案されていますが、ここで紹介するのは「拡散度法」という計算法です。全ての計算法は、コンクリートで出来た床スラブ、すなわちRC造(鉄筋コンクリート造)およびSRC造(鉄骨鉄筋コンクリート造)専用の計算法であり、木造や鉄骨造の床構造には使えませんが、多くのマンションはRC造かSRC造なので問題はないと思います。

 この拡散度法、実は筆者が大学在職中に開発した手法であり、今では多くの設計事務所や建設会社などで建築設計用に利用されています。手前味噌の話と誤解されないために念のため説明しておきますが、この拡散度法に関する研究は、2008年度の日本建築学会・学会賞を受賞しています。受賞名は「拡散度法による床衝撃音遮断性能の予測に関する研究」というもので、建築学会誌が審査して掲載を決定した論文(査読論文)8編をもとに構成された予測計算手法であり、いわば、建築学会お墨付きの計算法なのです。

 この研究成果をもとに、一般の建築技術者が誰でも簡単に設計業務で利用できるように、エクセルシートを用いて計算できるソフトを開発し、一般に無料で公開しています。このソフトは、開発当時は八戸工業大学・橋本研究室のホームページから、現在は騒音問題総合研究所のホームページから誰でもダウンロードできるようになっています。

拡散度法(一般用)のダウンロード

 誰でも利用できるとはいえ、この計算ソフトを利用するには建築的な専門知識と音に関する知識の両方が要求されますので、一般の人が簡易に利用することは困難です。しかし、ご安心ください。拡散度法の計算ソフトには、建築技術者が使う建築技術者用の計算ソフトと、専門知識を特に必要としない一般用の計算ソフトの2種が用意されているのです。この後者の方を用いれば、一般の人が簡単に床衝撃音の性能を確認できるのです。もちろん、これも無料でダウンロードできます。

 一般用の計算ソフトでは、専門用語を一切用いず、計算条件の入力も可能な限り簡略化しています。幾つかの条件を入力するだけで、たちどころに性能が表示されます。簡略化されていても、予測計算の精度に関しては、建築技術者用のものと較べて大きくは劣らないように工夫されています。

 それでは、実際の利用方法について説明します。まず、騒音問題総合研究所のホームページにアクセスします。計算ソフトのダウンロードだけではなく、騒音問題に関する様々な情報が掲載されていますので、最初から順番に説明してゆきますが、他のページには興味はないので、直接、ダウンロードのページに行きたいという人は、以下のURLをクリックしてください(拡散度法(一般用)ダウンロード)。

 ホームぺージには6つのページがあり、その中の「ダウンロード」の中にお目当てのソフトがあります。これをクリックし、1番目の「床衝撃音予測計算ソフト「拡散度法」のダウンロード(無料)」の中の「ダウンロードへ」を開くと、4つのダウンロードマークが出てきます。上の3つは建築技術者用のソフトで、日本語版の他に英語版、韓国語版も用意されています。一番下が一般用の拡散度法ソフトですから、こちらをダウンロードして下さい。

 ダウンロードする場合は会員登録をするように書かれていますが、この記事をご覧になった方は登録なしで構いません。また、実際にダウンロードしようとすると、Microsoft Edgeの画面が開いてダウンロード出来ませんの表示になる場合がありますが、これは気にせず、その画面の中にある「ファイルのダウンロード」の印をクリックすればダウンロードできます。エクセルファイルが開いたら、保護ビューの表示がある場合には、「編集を有効にする」をクリックし、更に「コンテンツの有効化」をクリックしてください。これで準備完了です。

拡散度法(一般用)の利用方法

 計算ソフトは4つのシートから構成されています。「表紙」、「床衝撃音計算シート」、「部屋の配置」、「結果の説明」です。この中で実際に計算に用いるのは「床衝撃音計算シート」だけですが、各シートの内容を順番に説明してゆきます。

 「表紙」には利用上の注意点などが簡単に書かれていますので、念のため目を通して頂ければ結構です。

 「床衝撃音計算シート」では、幾つかの番号と数値を入力して床衝撃音性能(上階音性能)を計算します。

拡散度法(一般用)の「床衝撃音計算シート」
拡散度法(一般用)の「床衝撃音計算シート」

1) まず、マンションの構造を入力します。柱、梁のある構造とは通常のRC造の建物で、この場合には1を入力します。時に、柱、梁がなく壁で支える構造(壁式構造と呼ばれます)もありますが、この場合には2を入力します。

2) 次に、部屋の配置を入力します。床衝撃音性能は部屋ごとに性能が異なりますから、計算する部屋の配置を入力します。「部屋の配置」のシートを開くと13個のパターンが示されています。住戸全体に小梁のないタイプが5個、小梁があるタイプが8個です。小梁の位置と部屋の関係が少しずれていても問題はないため、一番よく該当するものを選んで、その番号を入力して下さい。

3) 最後に、住戸の寸法、床厚、部屋の寸法、天井高を入力します。住戸や部屋の寸法の意味については、右にある参考図を参照して下さい。住戸寸法や部屋の寸法が分からない場合は管理会社か建設会社などで調べてもらって下さい。建築図面が残っているはずですから、それを見れば分かります。また、寸法自体は厳密な値でなくても、8.2m×7.3mなどの程度で十分ですから、自分で測って大体の数値を入力しても結構です。

 入力はこれだけです。入力が終わったら、その下にある「計算実行」のスイッチをクリックしてください。計算が一気に実行され、その下に計算結果が表示されます。計算内容は大変に複雑なものですが、計算結果は実に簡単に得ることができます。

 計算結果はL値で表示され、その値が赤丸で示されています。図は、上の方が性能が良く、下の方が悪く表示されています。参考として建築学会の適用等級、品確法の等級が示されていますので、どの程度の等級かはこれで分かります。ただし、この下に示されている「建築学会適用等級の意味」の内容はかなり以前のものであり、現況はこれより厳しくなっていますので、計算結果の詳しい評価については「結果の説明」シートを開いてください。

 以下のような表が示されており、L等級(L値)と音の響く程度や生活実感との対応が分かるようになっていますので、自分のマンションの性能がどれくらいかを把握することができます。なお、念のために追記しておきますが、これらの結果はあくまで予測計算値であり、性能値を保証するものではありませんのでご注意ください。

拡散度法(一般用)の「結果の説明」シート
拡散度法(一般用)の「結果の説明」シート

 以上が、拡散度法(一般用)の計算ソフトを用いた床衝撃音計算の説明ですが、もし、建築技術者用の計算ソフトでも計算してみたいと思った人や、建築技術者の人で今まで利用したことがなかったため一度使って見たいと思った方は、建築技術者用の計算ソフトで是非チャレンジしてみて下さい。ただし、拡散度法に関しては数回のバージョンアップがなされており、今は「拡散度法(純ラーメン構造対応版)」が最新版となっています。このソフトは、騒音問題総合研究所ホームページのトップページから、やはり無料でダウンロードができます。

性能が分かったら、どのような点に注意すべきか

 現在の新築マンションの多くは重量床衝撃音性能がL-50をクリヤーできるように設計されています。古いものではこれ以下の性能の建物もあります。性能は良いに越したことはないのですが、床スラブを厚くしすぎると建物全体の重量が重くなり、耐震や基礎など構造の面や建築経済の面での負荷が大きくなりすぎるため、この程度の値を設計目標としているのです。

 ここで、上記のL等級と実際の音の聞こえ方の表を見れば分かるように、L-50の性能でも子どもの走り回りや飛び跳ねなどの大きな衝撃の場合には、下の階で「小さく聞こえる」程度となります。L-50の性能は建築学会の等級で1級ですが、階下に音が全く響かないという訳ではないのです。小さくても聞こえるということは、上下階の人間関係が悪くなり、たとえ小さな音でもうるさく感じるようになると、十分にトラブルに発展する可能性があるということです。そのため、音をうるさく感じさせないための人間関係づくりが重要な条件となります。

 性能がL-55~L-60になると、普通に生活していても苦情が発生する可能性があります。このような建物は性能的に不十分ということになりますが、「だから文句は言うな!」ということではなく、上下階の居住者双方が、節度と寛容の気持ちを持つことが必要になります。音を出す側の節度と、聞かされる側の寛容です。そして相手の節度や寛容をお互いが感じ取れるコミュニケーションも必要です。このようなことに常に留意した生活を送らないとトラブルに巻き込まれることになります。

 以上はRC造のマンションでの話ですが、木造、鉄骨造のアパートなどではRC造よりかなり性能が悪くなります。建物の新しさにもよりますが、概ねL-60からL-70程度の性能になります。注意して生活しても苦情が発生する危険性があるという性能レベルですが、この場合には、以前の記事(韓国でのマンション殺人事件は典型的なケース、他国の話とスルーできない訳)で紹介したように、トラブルの心理段階を高めないような注意が必要です。「怒り」の段階をこえて「敵意」の状況に陥らないよう十分な配慮と状況判断が必要になります。

 このように見てくると、共同住宅というものがいかに面倒な居住形態であるかが分かりますが、否応なしに、それに対応した生活と心持ちが必要になるのです。くれぐれも被害者意識をむやみに膨らませないよう、セルフ・コントロールをしっかりと利かせて下さい。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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