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動物園のライオンの餌に害獣の駆除個体を与える深い意味

田中淳夫森林ジャーナリスト
駆除されたヤクシカを食べるライオン(ワイルド・ミート・ズー提供)

 深刻化する獣害。シカやイノシシの増加が、農作物を荒らすほか森林環境にも大きな影響を与えていることが問題となってきた。

 そのため駆除が進められているが、年間数十万頭にも及ぶその個体は、ほとんど無為に処分されている。少しでも有効利用できないか……。

 そこに新たな試みが行われている。動物園大型肉食獣、たとえばライオンやトラの餌に、駆除した害獣の肉を使おうというものだ。

飼育環境を餌から改善

 動物園の肉食獣には、通常ウマなど家畜の肉を切り刻んで精肉にしたものを餌として供している。しかし本来の肉食獣なら、自らの牙で皮を剥ぎ、骨をしゃぶったりかみ砕いて肉を食っているはずだ。実際の生息環境との違いは、動物たちにストレスを感じさせてしまい、異常行動の元にもなるという。また本来の動物の生態を見せるという動物園の役割からズレているとも言える。

 すでに欧米の動物園では、肉食獣の採食に家畜の精肉を与えるのではなく、動物そのままの形で与える「屠体給餌」の手法が採られるようになってきた。こうした飼育動物の環境を自然界に近くしてよくすることを「環境エンリッチメント」と呼ぶ。

 日本でも、この二つの問題~害獣駆除個体の有効利用と動物園の飼育環境~をドッキングさせて「屠体給餌」を実現できないか。そんな話をたまたましたのが、科学コミュニケーターの大渕希郷さんと、福岡県の大牟田市動物園の伴和幸さんである。

 この構想は、その後九州大学の持続可能な社会のための決断科学センターのメンバーも加わってとんとん拍子に進む。そして2017年の夏に初めて行われた。その時に供せられたのは、屋久島で駆除されたヤクシカだった。

心配は、衛生面と見学者の反応 

 もっとも、駆除したシカやイノシシの遺体を単に肉食獣に与えたらよいというものではない。野生鳥獣には寄生虫や病原体を持つものが多く、飼育下にある動物への感染が心配されるからである。たとえばマダニが寄生していることもあるほか、E型肝炎ウイルス、重傷熱性血小板減少症候群ウイルスなどが野生のイノシシやシカから検出されている。

 そこで、まず駆除個体の頭を落とし内臓を抜いた状態で冷凍することで寄生虫を死滅させるとともに、給餌前に熱処理することにした。

 しかし肉を高温にさらすと、肉質が変わり食感も違うようになるだろう。肉食獣の嗜好に合わなくなるかもしれないし、何より自然な採食にはならない。そこで生肉に近い食感を保つことのできる低温殺菌処理(63℃、30分)を行うことにした。これは定温を保つ調理器具を使えば比較的簡単に可能だ。

 もう一つ心配なのは、見学者の反応だった。毛皮付きの動物の形を残す餌に肉食獣が食いつくシーンを残酷だと感じて、否定的な反応が出る可能性もある。

 そのため事前に見学者へ向けてていねいな解説と対話を行うことにした。そこでは本来の野生動物が食べている餌の話や、広がっている獣害と駆除個体の問題などを説明し、それらの課題解決の一つの方法であることを紹介してから実施するのである。

 実際に行った際の観察では、ライオンとトラは骨や蹄を含めてすべて平らげた。とくに一頭の雌ライオンは、通常の給餌と違って、ほえる、くわえて走る、前肢でつつくなどの行動を見せ、骨も砕きながら摂餌した。これは自然界の行動に近い。なお難消化性の骨を食べるのは、整腸作用を促進し、体調をよくする効果も見込めるそうだ。

 見学者にとったアンケートによると、採食の様子を見るのに抵抗を感じた人は1割程度で、多くが肯定的だったという。

 その後、実験に関わったメンバーを中心に「ワイルド・ミート・ズー」と言うグループを立ち上げて、この「屠体給餌」活動を継続している。

団体名の「ミート」はmeat(肉)とmeet(出会い)をかけている。(ワイルド・ミート・ズー提供)
団体名の「ミート」はmeat(肉)とmeet(出会い)をかけている。(ワイルド・ミート・ズー提供)

 大牟田市動物園では、今では月に幾度か「屠体給餌」が行われるようになった。与えられるのは福岡県の「糸島ジビエ研究所」から提供される近隣の山で駆除されたシカやイノシシである。また京都市動物園でも試みられている。

 代表を勤める大渕希郷さんは「何もすべての餌を駆除個体にしようというわけではありません。動物の飼育環境をよくするだけでなく、見学者にとっても、動物が快適に生きる条件とは何かとか、獣害問題について考えてもらうきっかけになればと思っています」

有害駆除とジビエは別物

 駆除個体の利用という点からも、可能性を広げるだろう。

 近頃流行りのジビエ(野生鳥獣の食肉)として利用されるのは、ハンティングされたうちの1割にも満たない。有害駆除とジビエ利用は別物で、駆除個体を食肉として流通させるのは法的な観点や肉質の面からいろいろ難しい点が多いからだ。

 たとえば銃で仕留める場合、頭か首、もしくは胸部を撃ち抜き即死させねばならない。腹部に銃弾が当たると、衛生面から肉は食用には回せない。さらに仕留めてから1~2時間以内に認定された解体処理施設で解体する必要がある。その解体にも技術がいる。また罠で捕獲した場合、暴れた個体は体温が上がり、俗に蒸れ肉と呼ぶ状態となり食用には向かなくなる。

「屠体給餌」は、駆除個体の有効利用として、もっと注目すべきだろう。またイヌネコを含めたペットの餌としての加工を考えてもよいかもしれない。すでにシカ肉の干し肉などは、人気のペットフードである。

 もちろん全国で駆除されているシカやイノシシの数を考えると、仮に全国の動物園が「屠体給餌」を採用しても、捌ける肉の量はしれている。しかし生あるものを殺しておきながら遺体を単に焼却や埋没処分する倫理面、そしてハンターの心理的負担の面から考えても一考に値するかもしれない。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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