史上初の日米比首脳会談、ASEANはどのように見ているのか
岸田首相の今回の訪米では、首相とバイデン米大統領にフィリピンのマルコス大統領を加えた、史上初の日米比首脳会談が4月11日に米ホワイトハウスで実施された。同盟関係にある日米と米比に日比という新たな軸を加えて、南シナ海や東シナ海で強引な海洋進出を図る中国に対抗する動きだ。
首相の訪米をめぐっては、自民党の麻生太郎副総裁が「実りある良い訪米だった」と称賛するなど手放しで評価する意見が日本では目立つが、日米比や中国以外の国々はどう受け止めているのか。
●「日中が争うのを見たくない」
フィリピンと同様に、中国と領有権問題を抱えるマレーシアの外交官は筆者の取材に対し、「私たちは日本と中国が争うのを見たくない。安定した地域が必要だ。中国はマレーシア最大の貿易相手国であり、経済的な結びつきが強い。私たちは小さな国で中国に対立できるほど強くない」と指摘した。
そして、「日米間の関与は特に中国に対する防衛と安全保障の面で間違いなく強い。フィリピンを交渉のテーブルに置くのも良い策だが、フィリピンの行っていることがASEAN(東南アジア諸国連合)にとって正しいと言うのは、悪い趣味だと言わざるを得ない。フィリピンはASEANの一部だが、交渉は米国、日本、フィリピンの間で行われているだけで、ASEAN諸国全体ではない。岸田首相とマルコス大統領は言葉を発する際に特に注意する必要があるだろう」と述べた。
さらに、「ご存知のとおり、中国とフィリピンの関係は、南シナ海における両国の沿岸警備隊を巻き込んだ度重なる攻撃と小競り合いによって試されてきた。この日米比の三国間協力の主な意図は、中国の好戦的な態度に対して南シナ海とインド太平洋の秩序を維持することにあるが、私たちすべてのASEAN諸国が米国の側にいるわけではないことにも留意すべきである。日米比首脳会談から派生する政策変更がASEAN憲章に影響を与えるのであれば、カンボジア、ラオス、ミャンマーは同意できないかもしれない。したがって、マルコス大統領は、国際メディア、特に西側メディアによって誤解される前に、自分の演説を繰り返しチェックする必要がある」と指摘した。
●フィリピンは米国の「保安官代理」
実はフィリピンが米国や日本、オーストラリアなど主要国との安全保障上の結びつきを強化することで、ASEAN加盟国から遠ざかっているとの指摘は根強い。
フィリピン大学アジアセンター上級講師のリチャード・ヘイダリアン氏は2023年10月11日付のNikkei Asiaへの寄稿文の中で、「フィリピンは様々な軍事基地へのアクセスを米国に認めようとしている。ASEAN加盟国は米国が軍事的な存在感を強めることによって、この地域が紛争の舞台となることを恐れている。そのため、フィリピンと米国の軍事協力の拡大に警鐘を鳴らす」と記した。
さらに、「多くのASEAN加盟国は、海洋での紛争が中国との貿易や投資に影響を与えないようにしたいと考えている」と述べたうえで、「シンガポールはフィリピンに対し、中国と問題を起こさないよう警告している。特に中国と密接な関係にあるASEAN加盟国はフィリピンの安全保障上の懸念をめぐり、域内で議論することを避けてきた。域内の学者や政府関係者の間では、フィリピンが米国の『保安官代理』になりつつあるとの見方もある」と指摘した。
日本の国際政治学の大家、故・高坂正堯さんはその名著『国際政治』で平和の問題を論じる際には「力の体系(軍事力)」、「利益の体系(経済関係)」、「価値の体系(理念)」の3つのバランスに目を注ぐよう説いた。その論考に従えば、日米比は「力の体系」と「価値の体系」を重視して、中国との対決姿勢を強めている。一方、前述の他のASEAN諸国は「利益の体系」に重きを置いて中国との関係を維持している。
●国際問題を裏表より深く理解するためには
国際問題を裏表より深く理解し、分析するためには、日本や欧米といった主要国の考えのみならず、日本と同じインド太平洋地域内のASEANやインド、さらにはグローバル・サウスと呼ばれる新興国が諸問題について、どのように見て、どう対処しようとしているのかを知る必要がある。
国際社会では国の数だけ物の見方があるのが実情だ。BBCはイギリスの見方、CNNはアメリカの見方、NHKは日本の見方といったように、それぞれのメディアはそれぞれの国益のために情報を流している側面が強い。
元公安調査庁調査第2部長で国際情勢分析に精通していた故・菅沼光弘氏は生前、一元的でなく多面的な情報収集を心がけるよう日本の若者に呼びかけていた。常に心がけていきたいものである。