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対岸の火事ではすまない米国の「ニコチン」問題〜公衆衛生政策の日米の違いとは

石田雅彦科学ジャーナリスト
米国の若い世代に人気のニコチン添加JUUL(写真:ロイター/アフロ)

 米国の食品医薬品局(FDA)は、これまでの姿勢を変え、タバコ会社の態度次第ではすぐにでも電子タバコ(ニコチン添加)の規制に乗り出すと発表(2018/09/22アクセス)した。青少年に広く電子タバコが蔓延し、座視できない状況になっていることがわかったからだ。

米国の中高生の間で蔓延する電子タバコ

 FDAと米国疾病予防管理センター(CDC)が2017年に全米の中高生を対象にした調査(2018/09/22アクセス)によれば、なんらかのタバコ製品を使用する生徒は2011年に比べ、中学校(Middle School)で約20万人、高校(High School)で約74万人減っている。

 中学生の18人に1人(2011年13人に1人)、高校生の5人に1人(同4人に1人)が喫煙習慣を持っていると考えられるが、最近の傾向はニコチンが添加された電子タバコの使用が目立って増えている点だ(※1)。特に若い世代の間で、USBメモリーのような形状をしたJUUL(PAX LabsとJUUL Labs)という電子タバコが人気になっている(※2)。

 中高生の約360万人がタバコ製品を使用していることになるが、そのうちの約210万人が電子タバコを使用し、タバコ使用者の中学生で41.8%、高校生で46.8%が電子タバコとその他のタバコ製品との併用者だった。全中学生の電子タバコ使用者(3.3%)は紙巻きタバコ(2.1%)より多く、全高校生の電子タバコ使用者は11.7%で紙巻きタバコ(7.6%)や葉巻(Cigars、7.7%)より多いことがわかったという。

 ちなみに、ニコチンが薬機法(旧薬事法)で規制されている日本では、ニコチンを添加した電子タバコを販売することができない。ニコチンが入った電子タバコ用リキッドを許可なく販売することは違法だ。

 FDAのタバコ規制の根拠は、オバマ前米大統領が2009年6月に策定した「家族喫煙防止タバコ規制法(Family Smoking Prevention and Tobacco Control Act、FSPTCA)」だ。この法律により、FDAはタバコ製品の販売について強い規制権限を持つ。

 トランプ政権でFDAの長官になったスコット・ゴットリーブ(Scott Gottlieb)は医師でもあるが、オバマ政権下のFDAで医薬品規制プログラムやHIV治療薬の承認などの仕事をしていた人物で、FDA長官になってからタバコ規制に乗り出した。ゴットリーブ長官が特に問題視するのは、タバコ製品に含まれるニコチンの作用だ。

ニコチン依存症を生み出す製品

 なぜ禁煙が難しいのかといえば、それはニコチンという薬物にコカイン並の強い依存作用があるからだ(※3)。ニコチン依存症になった喫煙者は、タバコ製品から逃れられず(※4)、タバコ製品に添加された有害物質を摂取してしまう。タバコ会社はこうしたニコチンの作用について口をつぐんでいるが、タバコ会社内部の人間がいうように(※5)当然、そのことはよく知っている。

 ニコチン自体にも血管収縮作用があり、タバコ製品に含まれるニコチンが身体に入ると血圧が上昇して心拍数が増え、手足などの末梢の血管が収縮すると血流が減って体温が下がる。ニコチンによる血管への作用は血管にダメージを与え、悪玉コレステロール(LDLコレステロール)が取り込まれやすくなるなどの悪影響もある。

 また、心臓(心房)には、タバコなどを吸った際に脳内でニコチンが作用するアセチルコリン受容体に似た感受性のカリウム・チャネル(電子のプラスマイナスをコントロールするタンパク質)がある。そのため、ニコチンは心臓のカリウム・チャネルにも作用し、電気信号を乱すことで心房細動(不整脈の一種で大きな血栓を生じさせやすく脳梗塞などの原因になる)が引き起こされるのではないかと考えられている(※6)。

 ニコチンは心房細動のリスク因子でもあるが、心拍数に影響を与えて心房の筋肉組織の繊維化を早め、心臓に様々な悪影響を及ぼすようだ。つまり、ニコチンという薬物によって依存症になり、ニコチンによって健康を害するという仕組みになっているが、ニコチンの依存性と同様、タバコ会社はニコチンの害については全く口を閉ざしている。

 だが、FDAのゴットリーブ長官は、タバコ製品とニコチンの関係をよく知っている。ニコチンの量をコントロールし、依存性の作用を低くすれば、使用者はニコチン依存症にならず、そんな馬鹿げた製品にお布施のように毎日、金を払うこともなくなるだろう。

 FDAは2017年7月に「タバコ関連疾患と関連死を低減させるための規制計画(Comprehensive regulatory plan to shift trajectory of tobacco-related disease, death)」(2018/09/22アクセス)を発表したが、電子タバコなどのタバコ製品に含まれるニコチンの割合を中毒性のない量まで引き下げることを目的にしている。この計画では既存の製品を対象にしていなかったが、2018年3月には紙巻きタバコを含むニコチン量規制がどのような影響を与えるか、研究者に研究資金を提供して調査させた論文が米国の医学雑誌『The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE』に出た(※7)。

 この論文によれば、ニコチン量規制をすれば1年以内に米国における約500万人の喫煙者を禁煙に導くことができる。また、ニコチン量規制で新たにニコチン依存症になることが避けられる人は2100年までに3300万人を超え、若年層の喫煙回避に効果的と予想し、規制を続ければ将来的に喫煙率を1.4%(米国の喫煙率15%)にまで下げる可能性もあるようだ。

タバコ会社の生殺与奪の権を握るニコチン量規制

 2017年にFDAが出したニコチン量規制計画では、電子タバコや加熱式タバコについては厳密に評価するとし、タバコ会社は新製品を出すたびに新たにFDAから販売承認を受ける必要がある。だが、新製品に関し、葉巻やパイプタバコは2021年8月8日まで、電子タバコについては2022年8月8日までをニコチン量規制の猶予期間とした。

 ところが、米国の中高生の対象にした前述の調査により、急速に電子タバコ(ニコチン添加)の利用者が増えていることがわかった。FDAとゴットリーブ長官に、猶予期間をもうけている間どんどんニコチン依存の青少年が増えていく懸念が生じたのだ。

 2017年にニコチン量規制計画を発表した後、電子タバコを販売する企業に対し、パッケージや販売戦略についてFDAが厳しい警告を発し続けてきている。中にはそうした警告を無視し、若年層をターゲットにして電子タバコを拡販している会社も多い。

 英国のロンドン・メトロポリタン大学の研究グループによる最新のインターネット調査(※8)によれば、73.4%が電子タバコ使用を減らそうとせず、96.6%が2ヶ月以内の使用禁止(禁煙)を考えていないことがわかった。調査対象者の76.8%が6ミリグラムのニコチン添加の電子タバコを使用し、4.2%は紙巻きタバコの未経験者であり、半数以上(56%)がニコチン依存症の患者と考えられたという。

 紙巻きタバコや加熱式タバコは、フィリップ・モリス・インターナショナル(米国内ではアストリア=Astria)、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ、日本たばこ産業インターナショナル、インペリアル・ブランズといった大メーカーが市場を占有しているが、新興の電子タバコは大手タバコ会社の子会社やJUUL Labsのようなベンチャー系の中小企業が多い。

 FDAは2018年9月12日付けで、JUUL Labs(JULL)、Reynolds American(Vuse)、Altria(MarkTen XL)、Rontem Ventures(Blu)、日本たばこ産業インターナショナル(Logic、括弧内がブランド名)の5社に対し、60日以内に青少年に対する電子タバコ製品の使用を防ぐための具体的な対策案を示すように伝え、それに従わない場合、2017年7月のニコチン量規制計画を前倒しにし、猶予期間をなくすこともあり得ると警告した。

日米の大きな差とは

 FDAは日本の厚生労働省や農林水産省などにあたる政府機関だが、日本の諸機関が縄張り的な縦割りで分断されているのに比べ、食品や医薬品、化粧品などの規制において国民の健康や命、安全を守るという点で一元的な存在だ。日本ではタバコ販売については財務省の管轄であり、公衆衛生的な規制は厚生労働省が行い、政府としての整合性がなかなかとれない。

 また、FDAには「タバコ製品科学諮問委員会(Tobacco Products Scientific Advisory Committee、TPSAC)」という組織があり、加熱式タバコについて厳しい審査を行っている。アイコス(IQOS)に依然として米国で販売許可が下りないのは、TPSACが健康への害について懸念を示しているからだ。

 加熱式タバコについても日本ではタバコ製品という枠付けになり、財務省が権限を掌握している。先日、可決成立した受動喫煙防止対策を含む改正健康増進法でも加熱式タバコに対する規制は及び腰になり、タバコ増税もなぜか段階的なものになった。

 日本では中高生の違法な喫煙や二十代の喫煙率が下がり続けているが、加熱式タバコのテレビCMなどが流され、社会的にも次第に浸食しつつある。いつまた若年層が加熱式タバコに手を伸ばし、ニコチン依存症になるかもしれず、電子タバコが蔓延する米国はけっして対岸の火事ではない。

 米国フロリダ州の中高生2756人を調べた最近の調査(※9)によれば、少なくとも81%の電子タバコ使用者が他のタバコ製品との二重使用(デュアルユース)だったことがわかっている。こうした傾向は加熱式タバコでも同じと考えられ、若い世代が手軽に加熱式タバコに手を出さないように注意すべきだ。

 自民党のタバコ族議員が集まる議連が厚生労働省へ圧力をかけ、加熱式タバコへの規制を骨抜きにしよう動いているようだが、国民の健康や生命をどう考えているのか多いに疑問だ。ニコチン依存症になる青少年をできる限り少なくするようニコチン規制に動き、タバコ会社に対しても厳しい態度を示す米国を見習って欲しい。

※1:Jessica L. Barrington-Trimis, et al., "Adolescents’ Use of “Pod Mod” E-Cigarettes- Urgent Concerns." The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE, Vol.379, 1099-1102, 2018

※2:「米国に出現した『JUUL』電子タバコの本性とは」Yahoo!ニュース:2018/06/11

※3:David Nutt, et al., "Development of a rational scale to assess the harm of drugs of potential misuse." The LANCET, Vol.369, No.9566, 1047-1053, 2007

※4:Neal L. Benowitz, "Nicotine Addiction." The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE, Vol.362(24), 2295-2303, 2010

※5:David Pollock, "Forty years on: a war to recognise and win.- How the tobacco industry has survived the revelations on smoking and health." British Medical Bulletin, Vol.52, No.1, 174-182, 1996

※6:Huizhen Wang, et al., "Nicotine Is a Potent Blocker of the Cardiac A-Type K+ Channels." Circulation, Vol.102, 1165-1171, 2000

※7:Benjamin J. Apelberg, et al., "Potential Public Health Effects of Reducing Nicotine Levels in Cigarettes in the United States." The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE, DOI: 10.1056/NEJMsr1714617, 2018

※8:Alex Skerry, et al., "Electronic cigarette users lack intention to quit vaping." MOJ Addiction Medicine & Therapy, Vol.5(5), 204-207, 2018

※9:Youn Ok Lee, et al., "Examining Youth Dual and Polytobacco Use with E-Cigarettes." International Journal of Environmental Research and Public Health, Vol.15(4), doi:10.3390/ijerph15040699, 2018

※2018/09/23:9:13「英国のロンドン・メトロポリタン大学の研究グループによる最新のインターネット調査(※8)によれば、73.4%が電子タバコ使用を減らそうとせず、96.6%が2ヶ月以内の使用禁止(禁煙)を考えていないことがわかった。調査対象者の76.8%が6ミリグラムのニコチン添加の電子タバコを使用し、4.2%は紙巻きタバコの未経験者であり、半数以上(56%)がニコチン依存症の患者と考えられたという。」と「米国フロリダ州の中高生2756人を調べた最近の調査(※9)によれば、少なくとも81%の電子タバコ使用者が他のタバコ製品との二重使用(デュアルユース)だったことがわかっている。こうした傾向は加熱式タバコでも同じと考えられ、若い世代が手軽に加熱式タバコに手を出さないように注意すべきだ。」のパラグラフと脚注※8、※9を追加した。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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