米国に出現した「JUUL」電子タバコの本性とは
日本では広がらない電子タバコだが、欧米ではかなりのシェアになっていて特に若い世代のユーザーが増えている。米国では「JUUL」という電子タバコが大ブレイクし、米国のFDA(食品医薬品局)も特別にJUULに関するコメント出したほどだ。だが、電子タバコにも大きな健康懸念がある。
欧米で人気の電子タバコ
アイコス(IQOS)などの加熱式タバコがジワジワと広がりをみせている喫煙状況だが、たばこ事業法のある日本で葉タバコを使った商品はこの法律の規制を受け、財務省の許可がなければ販売できない。加熱式タバコは葉タバコを使っているので、新課税方式が適用される2018年10月まで法律上はパイプタバコに属する商品となる。
葉タバコは燃焼することで含まれるニコチンが体内に吸収しやすくなるが、タバコ会社自身がいっているように依存性の薬物であるニコチンが入っていなければタバコではない。ニコチンという化学物質だけを取り出すことも可能で、欧米の多くの国ではニコチンをリキッドに加え、それを加熱して揮発させ、エアロゾルにして吸い込む電子タバコが売られている。
日本でニコチンは毒劇物指定もある薬機法(旧薬事法)に定められた医薬品であり、特別の許可がなければ販売したり取引したりすることはできない。そのため、日本で売られている電子タバコのリキッドにニコチンを加えることはできないことになっている。個人使用目的の場合のみ、海外からニコチン入りリキッドを購入するのは可能だが、個人ではなく共同購入したりそれを転売すれば違法となる。
このようにニコチン供給製品の状況は米国や英国などと日本とで違うが、ニコチンを加えた電子タバコが欧米のユーザーに受け入れ始められたのはつい15年ほど前のことだ。中国人が2003年に開発し、米国で特許を取得した電子タバコがジワジワとシェアを広げ、大手タバコ会社が気がついたときには手が付けられないほど紙巻きタバコ市場を蚕食していた。
国際的なタバコ規制条約(FCTC)が2005年から発効するため、フィリップ・モリス(PMI、2008年にAltriaとフィリップ・モリス・インターナショナルへ分離)や日本たばこ産業(JT)などの大手タバコ会社は、その対応に追われていたからだ。電子タバコの無視できない広がりに慌てたタバコ会社は、2010年代に入ってから電子タバコの自社ブランドを立ち上げたり既存の電子タバコ会社を買収するなど、電子タバコ潰しを始める。
だが、中国などに拠点を置く中小の電子タバコ会社は、生産コストが安く既存のタバコ規制をかいくぐってゲリラ的な販売が可能でもあったため、完全に潰しきれず、市場から投資資金が流入するようになると完全に市場での独自の位置を占めてしまう。大手タバコ会社が油断した理由は、電子タバコはニコチンが加えられているとはいえ、葉タバコを燃やす紙巻きタバコのような味わいはとうてい再現できないだろうという過信もあった。
大手タバコ会社は喫煙の健康懸念が社会に広がり始めた1950年代頃から害の低減をうたった商品開発を進めてきたが、数十年かかって確立したタバコに対する既成概念を崩すまでの商品を作ることができなかった。紙巻きタバコに慣れ親しんできた喫煙者は単なるニコチン依存症ではなく、ニコチンを急激に脳へ届けて依存性を高めるためのアンモニアなどの添加物が混在した複雑な味わいに対する強いこだわりもあったからだ。
そのため、大手タバコ会社は、単にニコチンを加えただけの電子タバコは喫煙者に受け入れてもらえないと高をくくっていた節がある。だが、電子タバコは紙巻きタバコの健康懸念もあり、米国や英国などの若い世代を中心にユーザーを増やす。
爆発的に売上げているJUUL
さらに米国のサンフランシスコに拠点を置くPAX Labsという電子タバコ会社が「JUUL」を2015年に発売すると、しばらくして爆発的な人気を博す。
USBのような外観のJUUL。Via:JUUL Labsのホームページ
JUULの基本的な技術は、2017年の初め頃に米国のスタンフォード大学の2人の大学院生が発表した論文を元にしている。JUULのカートリッジに含まれるニコチンは、紙巻きタバコのように「ガツン」と脳へ到達する製法の特許をとったもので紙巻きタバコと同じような味わいがあるといわれ、そのため若い世代だけでなく既存の紙巻きタバコの喫煙者も取り込むことに成功した。
JUULの本体はPAX Labsが販売し、カートリッジ(と本体も)はPAX LabsからスピンアウトしたJUUL Labsが供給するという体制だ。驚異的に売上げているJUULは、すでに電子タバコ市場の半分のシェアになっているといわれ、大手タバコ会社が2010年代に入ってから始めた電子タバコ事業の脅威になっている。
PAX Labsは旧Ploomだった2011年にJTが投資し、2015年にはJTIがPloomの商標を含む知財を買収し、旧PloomはPAX Labsとなった。JTのプルーム・テック(Ploom Tech)は同社の技術を使ったものだ。
JTはアイコスを追撃するため、新たな製品を投入するとアナウンスしているが、PAX LabsやJUULからの技術供与を受けたものとなるかもしれない。現在のPAX Labsは独立系企業で今でもJTと何らかの提携があると考えられるが、JTはこのJUULのブレイクをどう眺めているのだろうか。
スピンアウトした直後、JUUL Labsは160億円ほど市場から調達している。JTとしては切歯扼腕といったところだろう。
日本ではまだ正規購入できないため、ネット通販で入手したJUUL互換製品のGeeMo(JUULのほうがデザインがスタイリッシュ)。上が本体、左がUSBからの充電器、右の2つがカートリッジ。ネットで日本版も購入可能で価格は2000円しない。もちろん、ニコチン規制があるため、製品についてくる最初の3つの交換用カートリッジにニコチンは添加されていない。写真:撮影筆者
米国のジョージア州立大学などの研究グループが、2018年に英国の医学雑誌『BMJ』系「Tobacco Control」オンライン版に出した論文(※1)によれば、JUULのマーケティング戦略は秀逸で、TwitterやInstagram、YouTubeなどのSNSを駆使し、ネット・キャンペーンを展開してシェアを増やしてきたという。実際、大手タバコ会社の電子タバコのシェアが伸び悩んでいる一方、JUULだけが大きく売上げを伸ばしてきた。
インペリアル・タバコのBlu、JTIのLOGIC、AltriaのMarktenやGreen Smoke、ブリティッシュ・アメリカン・タバコのVuseといった大手タバコ会社の電子タバコ群を遙か後方に抜き去ったJUUL(赤いバー)。Via:Jidong Huang, et al., "Vaping versus JUULing: how the extraordinary growth and marketing of JUUL transformed the US retail e-cigarette market." Tobacco Control, 2018
そんなJUUL人気に対し、米国のFDAが2018年4月24日にJUUL Labsを含む13の電子タバコ会社に対し、強い調子のアナウンスを発表した。内容は、抜き打ち検査を含むJUULの小売業者の違反摘発や未成年者へのJUULのネット販売規制、そして菓子や清涼飲料に似せたパッケージへの警告で、若年層への電子タバコの蔓延に対してFDAは強い懸念を表している。
電子タバコの使用は、リキッドを金属のコイルで熱し、気化させたエアロゾルを発生させてそれを吸う。この金属製部品から有害な有機金属が検出され、それによって健康被害が出る可能性を示唆した論文(※2)も出ている。日本の加熱式タバコにも金属ブレードなどを熱し、それによってエアロゾルを発生させる形式のものがあるので気になるところだ。
ニコチンを加えない電子タバコは日本では単なる電気デバイスに過ぎず、未成年者でも購入できる。すでに小中学校へ電子タバコを持ち込み、問題になっているという事例もあり、日本でも電子タバコについて議論する段階にきているのではないだろうか。
※1:Jidong Huang, et al., "Vaping versus JUULing: how the extraordinary growth and marketing of JUUL transformed the US retail e-cigarette market." Tobacco Control, doi:10.1136/tobaccocontrol-2018-054382, 2018
※2:Pablo Olmedo, et al., "Metal Concentrations in e-Cigarette Liquid and Aerosol Samples: The Contribution of Metallic Coils." Environmental Health Perspectives, Vol.126, Issue2, 2018