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スターシェフや人間国宝がフランス料理協会を発足! 一流料理人を動かした【見過ごせぬ危機感】とは?

東龍グルメジャーナリスト
クラブ・ドゥ・レリタージュ・キュリネール・フランセ (C) 東龍

フランス料理の協会

美食の料理といわれるフランス料理は、日本でも一目置かれる存在。日本のフランス料理人はフランスの食文化に対する意識が高く、フランス料理の発展や調理技術の向上、料理人の交流などを目的とした協会も多いです。

日本エスコフィエ協会、トック・ブランシュ国際倶楽部、フランス文化を識る会、フランス調理師協会、フランスレストラン文化振興協会、日仏料理協会、フランス料理アカデミーなど、フランスの食文化に寄与する協会がたくさんあります。

どれも歴史ある協会で、多くの料理人が会員となり、活動に励んできました。新しい協会が設立したり、既存の協会が解散したりすることは、ほとんどありません。

このような状況下で、あるフランス料理の協会が設立し、耳目を集めています。

「クラブ・ドゥ・レリタージュ・キュリネール・フランセ」設立

「クラブ・ドゥ・レリタージュ・キュリネール・フランセ」設立 (C) 東龍
「クラブ・ドゥ・レリタージュ・キュリネール・フランセ」設立 (C) 東龍

その協会とは「クラブ・ドゥ・レリタージュ・キュリネール・フランセ(Club de l'Heritage Culinaire Français)」です。

「伝統的フランス料理の進化と継承」をテーマにし、フランス料理界のトップシェフが集まって設立されたとあって、一挙手一投足に熱い視線が注がれています。

協会の設立メンバーは次の通り。

石井剛氏/モノリス/会長

手島純也氏/シェ・イノ/副会長

関谷健一朗氏/ジョエル・ロブション/副会長

中秋陽一氏/アターブル

栗田雄平氏/銀座レカン

ルノー・オージエ氏/トゥールダルジャン東京

森永宣行氏/ドロワ

福田耕平氏/メッツゲライ・ササキ

伊藤翔氏/ドミニク・ブシェ

格式ある名店(「モノリス」「シェ・イノ」「ジョエル・ロブション」「トゥールダルジャン東京」「銀座レカン」)や現在ミシュランガイドで星を獲得するレストラン(「ジョエル・ロブション」「トゥールダルジャン 東京」「ドロワ」「ドミニク・ブシェ」)のシェフであったり、料理コンクールで活躍(全てのメンバー)したり、日本でいうところの「人間国宝」=M.O.F.(フランス国家最優秀職人章)を受章したりしている料理人が2人(2019年 ルノー・オージエ氏、2022年 関谷健一朗氏)もいたりと、実力と知名度、人気と影響力が十分なメンバーです。

メンバーのコメント

「クラブ・ドゥ・レリタージュ・キュリネール・フランセ」メンバー (C) 東龍
「クラブ・ドゥ・レリタージュ・キュリネール・フランセ」メンバー (C) 東龍

それぞれが名の知れた料理人であるだけに、全員のコメントを紹介しましょう。

石井剛氏/モノリス/会長(真ん中)

伝統的なフランス料理を守り、継承していくために設立しました。協会の活動に相応しい料理人に声をかけたところ、非常に優秀な料理人が集まってくれて嬉しく思います。私以外は、30代が2人、他は40代と若いので、これからの日本のフランス料理界を牽引していけるよう、尽力したいです。

手島純也氏/シェ・イノ/副会長(左から4番目)

ここ15年間くらいイノベーティブやフュージョンがトレンドになっていますが、伝統的なフランス料理が軽んじられているように感じていました。まだ始まったばかりで何ができるのか、手探りの状況ですが、食べ手にもつくり手にも伝統の大切さを示していきたいです。

関谷健一朗氏/ジョエル・ロブション/副会長(右から4番目)

M.O.F.である私の役割を鑑みた時に、フランス料理の継承は大きな使命だと考えています。ここにいるメンバーは全員、フランスの食文化を愛しています。同じ世代が集まっているので、フランスの伝統を共に伝えていきたいです。

中秋陽一氏/アターブル(左から3番目)

手島さんとは和歌山で一緒に研修したこともあり、よく知っている方です。声をかけていただいて、とても素晴らしい活動だと賛同しました。

栗田雄平氏/銀座レカン(右から3番目)

「銀座レカン」は来年50周年を迎えますが、日本のフランス料理の歴史はそのまま「銀座レカン」の歴史だと自負しています。伝統的なフランス料理を伝えていく活動は、私が進むべき道であると思っています。

ルノー・オージエ氏/トゥールダルジャン東京(左から1番目)

石井さんとは、十代の頃に共にフランスで修業しました。このような素晴らしいみなさんと一緒に活動できるのは嬉しいです。

森永宣行氏/ドロワ(右から2番目)

関西から一人だけ参加させていただけて大変光栄です。伝統的な料理は心に響くので、後世に伝えていきたいです。

福田耕平氏/メッツゲライ・ササキ(右から1番目)

熱い想いをもつメンバーが集まりました。シャルキュティエとして参加しましたが、フランスのシャルキュトリーでさえ、全ての商品を手作りしていません。伝統が廃れてきているので、伝統を守る活動に励みたいです。

伊藤翔氏/ドミニク・ブシェ(左から2番目)

メンバーの中で一番年下になりますが、若い料理人が頑張らないといけないと思っています。諸先輩のもと勉強になることが多いので、力を尽くしたいです。

設立の背景

「クラブ・ドゥ・レリタージュ・キュリネール・フランセ」が設立されたのはどういった経緯だったのでしょうか。

発端は3年ほど前。手島氏は、伝統的なフランス料理が軽んじられていることに危惧を覚えていました。石井氏に相談したところ、同様の思いを抱いていたということで、2年前から活動を開始。同じようにフランスの食文化を愛しており、プロフェッショナルの意識が高く、継承を大切にする料理人に声をかけていきました。

そして、メンバーが揃い、機運が高まってきたところで、設立発表の場がもたれたのです。

今のところ社団法人化する予定はありませんが、来年からは一般会員やプロフェッショナル会員を募集する予定。月に1回のペースで集まり、講習会やシェフ同席の食事会などが企画されています。

ガラディナーの内容

ガラディナーの会場 (C) 東龍
ガラディナーの会場 (C) 東龍

発表会の後は豪華なガラディナーが開催されました。開催場所はどちらとも恵比寿にある一軒家フレンチの「メゾン・プルミエール」。

コース

・アミューズ・ブーシュ

ピエ・ド・コションのガレット(伊藤氏)

ルクルス・ヴァランシエンヌ(中秋氏)

鯉のエスカベッシュ(森永氏)

・新潟県産南蛮海老のアスピック はしばみの香るアーティチョークのクリーム(栗田氏)

・鴨とフォアグラのパテクルート(福田氏)

・九絵のアルベール仕立て(手島氏)

・ピジョンアンペリアルのパイ包み焼き サルミソース(石井氏)

・ウフ・ア・ラ・ネージュの王冠仕立て シャリュトリューズのムースとピスタチオをアクセントに(関谷氏)

・カフェとミニャルディーズ

ワインペアリング

・テタンジェ プレスティージュ ロゼ

・ブルゴーニュ コートドール シャルドネ 2019(エドゥアールドロネー)

・オレリー ヴィク ミネルヴォワ ラ バラード 2020(プレーニュ ル ヴュ)

・エヴィダンス アルザス ピノグリ

・マルサネ 2014(アラン・ジャニアール)

9人のシェフのサイン (C) 東龍
9人のシェフのサイン (C) 東龍

これだけのシェフたちが共にひとつのコースを紡いだ、まさに奇跡の一夜でした。全員のサインが記されたメニューも非常に貴重。

「私たちは職人なので、精一杯に腕をふるい、おいしい料理を食べていただくことが全てです」と述べた手島氏の言葉が印象的です。

アミューズ

アミューズ (C) 東龍
アミューズ (C) 東龍

アミューズは3品の盛り合わせ。左から順番に紹介しましょう。

ピエ・ド・コションのガレット(伊藤氏)

伊藤氏が師匠であるドミニク・ブシェ氏から継承された一品です。豚足や根野菜を円柱状のコロッケにし、旨味がたっぷり。

ルクルス・ヴァランシエンヌ(中秋氏)

牛タン、コンソメ、フォアグラのムースを多層に美しく仕上げました。縦にカットして全ての要素を一緒に味わうと、様々な味わいの調和を楽しめます。

鯉のエスカベッシュ(森永氏)

鯉の身、ヒレ、白子と、鯉ずくめのエスカベッシュ。鯉が食されているフランス・ロワール地方で有名なサンセールの白ワインのジュレを添えました。

新潟県産南蛮海老のアスピック はしばみの香るアーティチョークのクリーム(栗田氏)

新潟県産南蛮海老のアスピック はしばみの香るアーティチョークのクリーム(栗田氏) (C) 東龍
新潟県産南蛮海老のアスピック はしばみの香るアーティチョークのクリーム(栗田氏) (C) 東龍

佐渡の甘海老をコンフィしてミキュイ=半生の状態にし、その旨味をアスピック=煮凝りでギュッと閉じ込めています。甘海老の頭からとった出汁とムースを重ねて、奥行きのある味わいに。甘海老の滋味を十二分に堪能できる冷前菜です。

鴨とフォアグラのパテクルート(福田氏)

鴨とフォアグラのパテクルート(福田氏) (C) 東龍
鴨とフォアグラのパテクルート(福田氏) (C) 東龍

鴨とフォアグラのパテクルート(福田氏) (C) 東龍
鴨とフォアグラのパテクルート(福田氏) (C) 東龍

福田氏が2021年「パテ・クルート世界選手権」で優勝した作品。鴨のフォアグラ、ホロホロ鳥、ピスタチオ、ドライフルーツ、鴨のジュを煮詰めたジュレ、カリカリに煮込んだ鴨の皮を、フランスのバターと小麦、セモリナ粉の生地で包みました。パイを焼き切り、空いたスペースに鴨のコンソメと赤ワインを流し込んでいます。

九絵のアルベール仕立て(手島氏)

九絵のアルベール仕立て(手島氏) (C) 東龍
九絵のアルベール仕立て(手島氏) (C) 東龍

手島氏、および「シェ・イノ」のスペシャリテ。材料は基本的に「シェ・イノ」と同じですが、配合などは少し変えています。食味に優れた和歌山県の九絵を、アルベール=魚の出汁に少量のフォン・ド・ヴォーなどを加えたソースと合わせました。フランスの旬味であるジロール茸を添えています。本来であれば、もっと濃厚なレシピですが、サラッと仕上げているのが特徴です。

ピジョンアンペリアルのパイ包み焼き サルミソース(石井氏)

ピジョンアンペリアルのパイ包み焼き サルミソース(石井氏) (C) 東龍
ピジョンアンペリアルのパイ包み焼き サルミソース(石井氏) (C) 東龍

ピジョンアンペリアルのパイ包み焼き サルミソース(石井氏) (C) 東龍
ピジョンアンペリアルのパイ包み焼き サルミソース(石井氏) (C) 東龍

ピジョン=仔鳩を1人半羽という大満足なボリュームで、4センチ程度の厚みに。ピジョンのミンチ、フォアグラ、トリュフをパイで包み、内臓とフォアグラのサルミソースを合わせました。ガルニチュールはシャンピニオンのディクセルを載せた姫リンゴ。その横に添えられたハーブのサラダはセルフィーユ、パセリ、ディル。赤ワインを飲みたくなる力強い妙妙たる味わいです。

ウフ・ア・ラ・ネージュの王冠仕立て シャリュトリューズのムースとピスタチオをアクセントに(関谷氏)

ウフ・ア・ラ・ネージュの王冠仕立て シャリュトリューズのムースとピスタチオをアクセントに(関谷氏) (C) 東龍
ウフ・ア・ラ・ネージュの王冠仕立て シャリュトリューズのムースとピスタチオをアクセントに(関谷氏) (C) 東龍

「デザートは苦手」と謙遜する関谷氏が、M.O.F.の課題でつくり、評価された一品。上品なシャリュトリューズのムースと、濃厚なピスタチオのクリームが白眉のコントラスト。底に敷かれたサブレは、サクサクしており、ほんのりとした塩気が甘味を引き立てています。

フランス料理の伝統に敬意

当日のスタッフ (C) 東龍
当日のスタッフ (C) 東龍

“美食のプリンス”と称され、ミシュランガイドの顧問も務めたモーリス・エドモン・サイヤン=通称キュルノンスキーは、1920年代からフランス各地を巡って料理を掘り起こし、郷土料理の素晴らしさを訴えてきました。全28巻の「美食のフランス」や「フランスの美食の宝物」などを著し、その功績は計り知れません。

フランス料理はよく“これだ”という実体はなく、郷土料理の集合体であると表現されることがありますが、キュルノンスキーが郷土料理の価値を提唱した100年後に、フランス料理の本質=伝統に立ち返った「クラブ・ドゥ・レリタージュ・キュリネール・フランセ」が設立されたことは感慨深いものがあります。

フランス料理の伝統を継承していく、熱い9人のグランシェフたちの活動から目が離せません。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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