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2021年「南洋材時代」は終焉を迎えるか

田中淳夫森林ジャーナリスト
ボルネオ奥地の林道には、丸太を積んだトラックが次々と走る1990年代)

 日本が輸入する南洋材の53%(2019年)を扱う合板メーカーの大新合板工業株式会社が、2021年3月末に会社を解散するというニュースがあった。現在の工場にあるパプア・ニューギニア産の丸太は、1月下旬に使い切る見通しだという。

 これが意味するのは、おそらく日本製の南洋材合板は今後消えることだ。

 かつて日本で外材と言えば南洋材だった。東南アジアや南太平洋の熱帯ジャングルから伐り出された直径2メートルを超すような大木が大量に輸入された。

 実は21世紀に入ると日本の南洋材輸入は激減して、木材需要の1割に満たず、丸太に限れば1%以下になっていた。それでも外材と言えば今も南洋材とか(樹種名である)ラワンと言われがちなのは、かつての南洋材時代のイメージが強く残るからだろう。

 だが、いよいよ日本の「南洋材時代」は終焉を迎えるようだ。

 ちょっと感慨深い。私が初めて訪れた海外がボルネオ(マレーシア)で、熱帯雨林の伐採を見たのである。その後もフィリピン、パプア・ニューギニア、そしてソロモン諸島と、日本の南洋材輸入先をずっと見てきたからだ。

 もともと熱帯雨林に憧れて海外に足を運ぶようになったのだが、そのジャングルで超巨木が伐採されているのを目にした衝撃は今も脳裏に焼きついている。しかも、伐られた木のほとんどが日本に輸出されていた。これが私の森林ジャーナリストとしての原点だ。

 戦後の日本の木材需要は、外材に支えられてきた。量的には米材(アメリカ、カナダ)や北洋材(ソ連・ロシア)も少なくなかったが、目立ったのは熱帯地域から輸入される南洋材だった。

 なぜなら目を見張るような大木が多かったことのほか、単に輸入したのではなく商社などが直接現地で伐採を手がけるなど日本人の関与が大きかったためではないか。

 そして1980年代後半以降、日本は熱帯雨林を壊す国として海外から強い批判を受けたのも、南洋材輸入が桁外れに多かったからである。実際に87年には、世界の木材貿易のうち丸太の約5割、製材の約1割、合板の約2割を日本が輸入していた。だから世界中の熱帯雨林破壊に関わっていると言われたのである。

 そして木材自給率は20%を切るまでに落ちた。日本は木材の調達を外材に頼りきっていたのだ。(現在は約38%まで回復。その理由の一つに国産材による合板製造が増えたことがある。)

 最初の南洋材輸入はフィリピンのラワン材だった。50年代より始まったが、それを伐り尽くすと、70年代にはインドネシアとマレーシアのメランティ材に向かった。どちらもフタバガキ科の大木である。今でも南洋材を十把一からげに「ラワン」と呼ぶことがあるが、このころの名残だろう。

 同時に伐採反対運動も世界的規模で盛り上がった。ボルネオ(マレーシア)の森で暮らす先住民が、伐採反対を訴えて林道にバリケードを築いて抵抗した事件も頻発した。その様子が世界中に報道された。私も、そうした現場や彼らの村を訪れたことがある。

 なぜ、南洋材はこんなに求められたのか。一つは日本では手に入らないような大木で、しかも安かったことだ。そして、それ以上に材質が合板に向いていた。

 南洋材の多くは合板、それもコンクリート型枠用合板(コンパネ)に加工された。大径木で歩留りがよく、年輪がないなどの特徴は合板製造に都合がよかった。節がないことから強度も強くなり、コンパネにもってこいだったのだ。

 転機は92年前後だろう。森林の減少が問題となり、ブラジルで開かれた国連環境開発会議(地球サミット)で行われたリオデジャネイロ宣言と「森林原則声明」も採択された。ここに森林の危機とその保護原則が盛り込まれたのだ。

 前後してインドネシアなどは、丸太輸出を禁じて製品(合板)輸出に切り換えた。自国内で加工することで産業を育成するとともに、資源的に大木は枯渇しつつあったからだ。かつては直径1~2メートルあった丸太が大量に使われていたのに、今や60センチ以下が普通になっている。あきらかに熱帯雨林から大木が減り劣化してきたのだ。

 2018年には、これまで主流だったマレーシアのサラワク州(ボルネオ)が、伐採規制に乗り出した。伐採税を17倍程度に引き揚げ、輸出割り当ても減らした。さらに南洋材の「最後の砦」と言われるパプア・ニューギニアも、昨年2月に関税を大幅に上げた。また25年に50%禁輸を行うという。これが南洋の調達を難しくし、大新合板工業の解散させる決め手になったのだろう。

ボルネオ奥地上空。伐採のため林道が網の目に入れられ森林はズタズタになっている
ボルネオ奥地上空。伐採のため林道が網の目に入れられ森林はズタズタになっている

 また近年のSDGs(国連の持続可能な開発目標)の普及などで、木材調達(伐採)が合法的に行われているか、そして持続的な森林経営かが問われるようになってきた。南洋材の多くが合法性を疑われているので調達しづらくなったはずだ。

 アフリカや中南米からも輸入されているが、量的にはわずかだ。しかも、これらの地域も規制を強めている。残された南洋材を扱う国内メーカーも原料の安定的な調達ができなければ諦めざるを得なくなる。

 使われる合板もスギやカラマツなど国産の針葉樹材を使った合板が45%を占めるまでになっている。

 もちろん、合板は製品輸入が多い。とくに日本で使われるコンパネの9割はマレーシア産とインドネシア産である。だから日本で南洋材合板が使えなくなるわけではないが、そもそも南洋材資源の枯渇と、価格の高騰が続く。これらの国々も、やがて合板製造を縮小せざるを得なくなるだろう。

 しかしコンパネは南洋材のものが一番いいという声は強い。平均10回程度使い回せる南洋材合板に対し、針葉樹合板は5回程度で使えなくなる。

 一方で原料の針葉樹は、多くが植林された人工林から調達されており、天然林主体の南洋材とは違う。しかし人工林なら環境に優しいとも言えない。どちらが資源や環境保全に有効かは難しいところだ。

 また木材調達のための伐採は抑えても、今ではオイルパームのプランテーション開発による森林伐採は強まっている。上記の写真の奥に見える裸地部分はプランテーションを造成しているようだ。そして、そのパーム油も日本は多く輸入しているのである。

 ともあれ、南洋材を巡る戦後日本の歴史が変わろうとしている。今年は、その節目のような気がする。

※写真は、いずれも筆者撮影。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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