「加熱式タバコ」増税を企む財務省の思惑とは
財務省は2018年度の税制改正でタバコ税を上げる検討に入った、という報道が出ている。前回のタバコ増税は2010年10月だったが、1本あたり3.5円、20本入り1箱70円の増税となり、その後の喫煙率の減少に弾みを付けた。
タバコの増税は、タバコの小売価格の値上げにつながる。2010年の増税によるタバコの値上げにより、確かにタバコの販売本数は減った。だが、タバコの販売額や税抜き売上げは逆に増え、当然タバコからの税収も増えている。
タバコ値上げの影響とは
米国ペンシルベニア州にあるドレクセル大学の研究者が、44歳から84歳までのアテローム性動脈硬化症の患者で喫煙者632人を対象に10年間の追跡調査を行ったところ、1箱1ドルの値上げで喫煙者の禁煙率が20%上がることがわかった。また、1日あたり10本以上のタバコを吸う喫煙者に限った場合、1日の喫煙本数を35%減らす効果もある(※1)。
この調査は中高年が対象だが、日本では20代の喫煙率が下がってきている。これは長引く不況で賃金が上がらず、特に若年層でタバコが経済的な負担になっているからだろう。別の調査でも金銭的なインセンティブは禁煙への強い動機になり、禁煙持続期間を延長させる効果があることがわかっている(※2)。つまり、タバコの増税と値上げは、将来的な喫煙者を含めてタバコ離れを加速させるのだ。
ただ、タバコが値上げされても安い商品への選択余地が残されている場合、喫煙率は変わらない、という調査もある。米国の疾病予防管理センター(CDC)などの研究者が、東南アジアのタイでタバコの値上げ前後を調べた結果、価格の安いタバコはあまり値上げされなかったため、喫煙者はそちらへシフトしたことがわかった(※3)。
タバコの一部を値上げしても、代替品があれば喫煙者はタバコを止めたり本数を減らしたりしない。また、経済的な動機だけではなく、喫煙者は様々な理由を付けてタバコを続けようとする。
若い世代は新しい技術や新製品に敏感だ。タバコという商品について言えば、それは「電子タバコ(VAPE)」であり「加熱式タバコ(加熱式たばこ)」であったりする。価格は紙巻きタバコとそう変わらないが、紙巻きタバコよりも健康に害が少ないと喧伝され、手を伸ばしやすい状況にある。つまり、紙巻きタバコが値上げされた場合、喫煙者は加熱式タバコへ移行することも十分に考えられる。
財務省の狙いはどこにあるのか
タバコにかかる税は、財務省管轄の「たばこ税法」を根拠としている。紙巻きタバコには1000本あたり1万2244円が課税され、平成28年度予算のタバコ税収は2兆1328万円だ(※4)。
タバコの税収を国民一人あたりに換算すると、一年間に約1万6800円の税を払っていることになる。この税収をほぼ折半している国と地方自治体にとっては貴重な財源だ。また、こうした経済的な理由もあり、受動喫煙防止強化などのタバコ対策はなかなか進んでいかない。
紙巻きタバコ以外のパイプや葉巻の場合は1グラム1本、刻みたばこ、噛み用や嗅ぎ用は2グラムを1本とそれぞれ換算して課税している。アイコス(IQOS、フィリップ・モリス・インターナショナル)やプルーム・テック(Ploom Tech、JT)、グロー(glo、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ)といった葉タバコを使うタイプの加熱式タバコはパイプの範疇に入る。葉タバコの使用量は、商品によってまちまちだ。
今回の財務省の税制改正に対する考えには加熱式タバコの負担率増も入っているが、実はここが財務省の本当のターゲットと考えられる。なぜなら、今後、日本でシェアを大きく伸ばすと見込まれるJTのプルーム・テックの税負担率が極端に低いからだ。与党・自民党の宮沢洋一税制調査会長が、税制改革の一環として「加熱式タバコの増税を検討している」と発言したのは今年9月だが、紙巻きタバコから加熱式タバコへの切り替えが進んでいけば大きな減収につながりかねない。
財務省の主税局広報に確認したところ、紙巻きタバコの負担率が63.1%なのに比べ、プルーム・テックは14.9%でしかない。外国製のアイコスやグローに比べても半分以下になっている。最初にアイコスを売り出して加熱式タバコのシェアを日本で広げ始めたのはフィリップ・モリス・インターナショナルだったが、市場競争で海外勢に後れを取ってきたJTもプルーム・テックでシェアを伸ばして巻き返してきている。
プルーム・テックは独り立ち
一般的に、アルコールやタバコ、コーヒーなど、中毒性のある嗜好品を販売するメーカーは、規制をうけないくらいギリギリの範囲で依存性のある成分を添加し、ユーザーを広め引き留め、長くビジネスを続けるという戦略を採る。一方で政治的なロビー活動も活発に行い、政治や行政へ影響力を発揮しつつ、自社製品への規制強化を止めさせたり、先延ばしさせたりしてきた。
タバコについて言えば紙巻きタバコの商品的限界が露呈している今、タバコ産業としては、ニコチン中毒者をできる限り減らさず、すみやかに代替商品へシフトすべき状況にある。ニコチン添加電子タバコや加熱式タバコは、タバコ産業からの「新提案」だ。つまり、加熱式タバコへの急速なユーザー移動は、タバコ産業の思惑どおりということになる。
タバコ税収は国や地方自治体にとって無視できない財源で、このまま紙巻きタバコから加熱式タバコへの切り替えが進めば、大きな減収につながりかねない。財務大臣が33.35%もの大株主になっている財務省にとってJTは、株の配当が期待できる貴重な財源としてこれからも優良企業でい続けて欲しいはずだ。税の負担率でハンデを付けて保護してきたプルーム・テックも日本でのシェアを伸ばしつつある。
これまでも財政的に何かあれば、タバコの税率を上げてきた背景がある。今回の増税検討は、再来年に予定されている消費税の増税に絡み、他の減税項目との調整を図ろうという思惑もあるようだ。
プルーム・テックを独り立ちさせ、新たな「刈り取り場」から収穫すべき段階にきているのだろうか。今回のタバコ増税検討に関する報道は、プルームテックばかりを優遇してきた税制を微調整し、税収増を目論みつつ、加熱式タバコ市場の育成と海外のタバコ企業にも配慮しようという財務省、そして与党・自民党の動きを「忖度」したものなのかもしれない。
※1:Stephanie L. Mayne, Amy H. Auchincloss, Mark F. Stehr, David M. Kern, Ana Navas-Acien, Joel D. Kaufman, Yvonne L. Michael, Ana V. Diez Roux, "Longitudinal Associations of Local Cigarette Prices and Smoking Bans with Smoking Behavior in the Multi-Ethnic Study of Atherosclerosis (MESA)". Epidemiology, DOI: 10.1097/EDE.0000000000000736, 2017
※2:Scott D. Halpern, Benjamin French, Dylan S. Small, Kathryn Saulsgiver, Michael O. Harhay, Janet Audrain McGovern, George Loewenstein, Troyen A. Brennan, David A. Asch, Kevin G. Volpp, "Randomized Trial of Four Financial-Incentive Programs for Smoking Cessation." The New England Journal of Medecine, DOI: 10.1056/NEJMoa1414293, 2015
※3:Muhammad Jami Husain, Deliana Kostova, Lazarous Mbulo, Sarunya Benjakul, Mondha Kengganpanich, Linda Andes, "Changes in cigarette prices, affordability, and brand-tier consumption after a tobacco tax increase in Thailand: Evidence from the Global Adult Tobacco Surveys, 2009 and 2011." Preventive Medicine, 2017
※4:財務省の「たばこ税等の税率及び税収」より。