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日本人が「加熱式タバコ」の実験台に

石田雅彦科学ジャーナリスト
写真:撮影筆者 某飲食店に置かれたポップ広告。タバコ会社はこういうPRをする。

 喫煙という行動は、今や急速に紙巻きタバコから「電気的デバイス」を利用したタバコへと移行しつつある。電気的デバイスのタバコ、つまり「電子タバコ(VAPEとも。e-cigarettes)」であり「加熱式タバコ(加熱式電気タバコ、heat-not-burn bobacco)」だ。

加熱式タバコという新提案

 紙巻きタバコを吸うことによる健康への被害は、すでに世界中の人々の周知の事実となっている。また、タバコを吸わない人も受動喫煙の危険にさらされ、公衆衛生の観点から受動喫煙の被害も大きな問題と考えられるようになってきた。

 だが、喫煙行為そのものを法的に禁じている国は少ない。ブータンは国内でのタバコの販売は禁止されているが、喫煙行為自体は違法ではない。これはタバコによる税収が各国政府や各自治体にとって無視できないものだからで、それは日本も例外ではない。

 もちろん、タバコ離れが急速に進んでいることは確かだ。タバコ産業は、長期凋落に陥っているタバコの売上げをなんとか食い止めようと、新しい商品の提案をしてきた。

 それが「加熱式タバコ」だ。タバコ葉を電気ヒーターで加熱し、火を使わず完全に燃やさず、発生したエアロゾル(Aerosol、粒子を含んだ気体)を吸う(または加熱して出た蒸気をタバコ葉にくぐらせ、そのエアロゾルを吸う)。

 フィリップ・モリス・インターナショナル(以下、フィリップ・モリス社)の提案は「IQOS」で、タバコ葉を電気的に350℃に熱して出てくるエアロゾルを吸うシステムだ。IQOSはまず2014年11月に日本で最初に試験的に発売され、次いで2015年にはスイスとイタリアでも販売された。つまり、フィリップ・モリス社は日本で加熱式タバコの市場調査を始めた、と言える。

電子タバコは未成年でも規制対象外

 日本で2015年に行われたインターネット調査(15歳から69歳の男女8240人を対象、※1)によれば、電子タバコと加熱式タバコについて48%が「知っている」と回答し、6.6%がいずれかの使用経験があり、1.3%が30日以内の使用経験がある、と回答した。使用経験者のうち、72%はニコチンを含まない電子タバコを、また33%はニコチン含有の電子タバコを、7.8%がJT(日本たばこ産業)の「Ploom」(※2)を、8.4%がIQOSを吸っていた。

 さらに、未成年者を含む若い世代(15歳から39歳)のほうが、より使用者数が多かった。ちなみに、ニコチンを含まない電子タバコ(VAPEタイプ)は未成年でも吸うことができる。

 IQOSの場合、2017年末までに世界の30カ国以上で販売されることになるが米国ではまだだ。フィリップ・モリス社は米国FDAに対し、販売許可の申請を出している。また、同社は将来的に紙巻きタバコから完全に撤退し、タバコ商品をすべて加熱式タバコにする、と表明している。

 同社によれば、日本国内のIQOSの全タバコ市場におけるシェアは2.2%であり(2016年6月)、それはどんどん拡大している。JTによれば、加熱式タバコ自体のシェアは、2018年には約25%になるようだ。

 ところで、タバコに関する研究は利益相反の観点から、タバコ産業からの研究資金支援を排除することが多い。医学系の学会のガイドラインや学術雑誌の指針も同じだ(※3)。資金的な面もあり、タバコについての研究はそもそも多くない。

 喫煙者の多くが手を伸ばしつつある加熱式タバコだが、成分やその健康への影響は少しずつ研究論文が出てきつつある(※4)ものの、タバコ産業側の情報が一人歩きしている傾向にある。そのため、加熱式タバコの健康への影響について、情報の対称性が損なわれかねない状態になっている。

加熱式タバコへという世界的流れ

 加熱式タバコから発生するエアロゾルは、完全に燃やされていないため、タバコ煙ではない、とタバコ産業側はみなしている。また、紙巻きタバコよりも吸引もしくは放出される有害物質は格段に少ない、とも主張する。

 もちろん、タバコ葉を加熱もしくは加熱されたエアロゾルをタバコ葉に通過させるのだから、そこからニコチンなどの有害物質が出てくるのは当然だ。加熱式タバコといえど、揮発性の有機化合物、多環芳香族炭化水素、一酸化炭素といった紙巻きタバコと同じ有害物質がそのエアロゾルに含まれているのはわかっているし、皮膚や粘膜への刺激性があるアセナフテン(Acenaphthene)は紙巻きタバコより多い(※3)。

 タバコ葉を使わない電子タバコにもニコチン含有の商品がある。まだタバコ葉を使う加熱式タバコが発売されていない米国などでは、いわゆるこのVAPEタイプの電子タバコが一般的だった。だが、世界の喫煙者は、次第にタバコ葉を使う加熱式タバコへ移行しつつある。

 その理由は、やはりタバコ葉を使わず、単なるニコチン入りのリキッド蒸気では「モノ足りない」からだろう。タバコ産業の広告表現を使えば「喉に刺激」のあるのが加熱式タバコで、それはVAPEタイプにはない魅力ということを一つのキャッチフレーズにしている。

 また日本では、毒物であるニコチンは厳しく取り扱いが規制され、VAPEタイプの電子タバコのリキッドでニコチン含有の商品は許可なく販売できない。ニコチンの入っていない電子タバコは単なる蒸気発生デバイスに過ぎず、喫煙者が手にすることは少ないだろう。

 先日、米国の科学雑誌『PLOS ONE』に、日本の加熱式タバコの使用状況や注目度に関する論文が出た(※5)。米国サンディエゴ州立大学の研究者らによるもので、日本が加熱式タバコの実験場になっている、という観点からGoogleの検索クエリを使い、2010年1月から2017年9月までの検索件数を調査した、と言う(※6)。

 日本の検索結果を、まだ加熱式タバコが売り出されていない米国と比較した。すると、フィリップ・モリス社が日本でIQOSを発売した2014年11月から日本で加熱式タバコと関係する用語が検索される数は急増し、2015年から2016年の1年間に月平均の検索数は14倍以上(1426%)も増加した。

 例えば、2017年9月の検索数は毎月590〜750万回と推計され、研究者は2018年にはそれが32%増加すると予想している。また、日本における加熱式タバコの検索数は2016年4月に米国の電子タバコの検索数を上回り、2015年から2017年にかけての増加は、日本における加熱式タバコのほうが米国の電子タバコの検索数よりも40倍近く多かった。

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Googleの用語検索による、日本(heat-not-burn、加熱式タバコ)と米国(electoronic cigarette、電子タバコ)の検索数の比較。縦軸は月あたりの相対的な割合。日本の加熱式タバコの検索数が2015年から急激に増えていることがわかる。Via:Theodore L. Caputi, et al., "They’re heating up: Internet search query trends reveal significant public interest in heat-not-burn tobacco products." PLOS ONE, 2017

加熱式タバコの評価は喫緊の課題

 このジャンルの商品の名称については、電子タバコと加熱式タバコ、加熱式電気タバコ、VAPEなど、多種多様な呼び方があり、使う人によってイメージもそれぞれ違う。Googleの用語検索で、加熱式タバコという言葉を使う人がそれほど多いと思えないが、この研究者が検索したのは「heat-not-burn」「加熱式タバコ」「iqos」「icos」「アイコス」「plume」「プルーム」「glo」「グロー」ということで、ほぼ加熱式タバコを意味していることは間違いない。

 いずれにせよ、日本での加熱式タバコ人気はかなりのものだ。品薄が続き、入手しづらかった加熱式タバコも次第にあちこちで見かけるようになってきた。世界に市場が拡大する中、日本の喫煙者はタバコ産業にとって「加熱式タバコの実験台」とも言うべき存在だろう。

 一方、VAPEタイプの電子タバコについての研究はこれまでかなり多いが、加熱式タバコについての研究は多くない。PubMedという医薬関係の論文データベースをみてもまだ数十程度しかない。

 前述したように、潤沢な研究資金で都合のいいデータを早く提示できるタバコ産業の側に対し、大学や行政の研究者が立ち向かうのは蟷螂の斧のようなものだ。しかし、公衆衛生にとって加熱式タバコの健康への影響評価は、まさに喫緊の課題と言えるだろう。

※1:Takahiro Tabuchi, Kosuke Kiyohara, Takahiro Hoshino, Kanae Bekki, Yohei Inaba, Naoki Kunugita, "Awareness and use of electronic cigarettes and heat-not-burn tobacco products in Japan." ADDICTION, Vol.111, Issue4, 2016

※1:ニコチン含有の電子タバコの使用者では、そのうち3.5%の男性と1.3%の女性が紙巻きタバコの喫煙歴がない人たちだった。一方、ニコチンを含まないタイプの電子タバコでは、その割合が男性は0.6%、女性0.3%になる。

※2:Ploom:JT(日本たばこ産業)が2013年12月12日から発売を始めた加熱式タバコ。現在の「Ploom Tech」の前のタイプで、Ploom Techがリキッドを加熱し、その蒸気をタバコ葉に通過させて吸うのと違い、タバコ葉を直接、電気で加熱する。

※3:世界医師会「タバコ製品の有害性に関する世界医師会声明(WMA Statement on Health Hazards of Tobacco Products and Tobacco-Derived Products)」

※4:Reto Auer, Nicolas Concha-Lozano, Isabelle Jacot-Sadowski, Jacques Cornuz, Aurelie Berthet, "Heat-Not-Burn Tobacco Cigarettes: Smoke by Any Other Name." JAMA Internal Medicine July 2017 Volume 177, Number 7

※5:Theodore L. Caputi, Eric Leas, Mark Dredze, Joanna E. Cohen, John W. Ayers, "They’re heating up: Internet search query trends reveal significant public interest in heat-not-burn tobacco products." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0185735, 2017

※6:検索クエリとは表示されたキーワードのこと。2018年の予想は自己回帰和分移動平均アルゴリズムを用いた。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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