スタジオジブリのヒットを生んだ、メディアをとりまく戦略と環境
スタジオジブリのメディア戦略をあけすけに展示する大博覧会
7月7日から、六本木ヒルズの展望台「シティビュー」で『ジブリの大博覧会』が開催されている。オープン前日に内覧会があり、一足先に行ってみた。
展示内容は歴代ジブリ作品の数々を、様々の周辺資料の展示をもとに振り返るものだった。核となるのは広告宣伝関係の資料だ。それが、ジブリのメディア戦略を考察するうえで面白い。そして、こんなものまでさらしてしまうのか!と驚くような資料もある。全体的に、もう時効だからいいだろうということなのか、あけすけに普通見せないものまで展示している。
個人的には、各作品のキャッチコピーについて、プロデューサーの鈴木敏夫氏とコピーライター糸井重里氏のやりとりが、直筆そのままの形で展示されているのが興味深かった。依頼する側にしても、依頼された側にしても、なかなかやりとりを他人には明かさないものだ。日本のエンターテイメント史の貴重な資料とも言えるそのやりとりの現物が見られる滅多にない機会だと思う。
巨匠たちの産みの苦しみがそのまま見てとれる
スタジオジブリが、あの糸井重里氏に依頼したのだから、一本だけ「もうこれしかないですよ」と案が出てきて、受け取る側も大きく構えて「糸井さんが言うならこれにしよう」と決めたと想像しがちだ。ところがそこには、巨匠たちの産みの苦しみが見てとれるやりとりがあったのだ。一本だけで決まることなどなく、場合によってはダメ出しがあり何度も案出しをしている。
圧巻は、『もののけ姫』のキャッチコピーが決まるまでのやりとり。あのとらえどころの難しい映画について、さすがの糸井氏も大いに悩み、これでいいのかなと案を出す。受け取る鈴木氏の側も、自分で答えが見えているわけでもないが、苦渋の思いでダメ出しをする。そんなやりとりを3〜4回やってようやく最終案にたどり着く。
「生きろ。」を鈴木氏はイケると確信し、宮崎駿氏に見せた答えが「近い!」だったという、当事者だったらひっくり返るようなエピソード。そして鈴木氏はこのあと、再び宮崎氏に力説し、納得してもらえたのだ。巨匠同士の壮絶な産みの苦しみが見てとれる展示だ。
他にも、鈴木氏の宣伝戦略を関係者に伝えるためのメモや、ポスター案の原形など、展示は多様だ。ジブリ作品がなぜヒットしたのか、そこから応用できることは何か、などなど考えるうえで非常に参考になり、もちろんファンとして楽しめるものだと思う。
『もののけ姫』の”ありえない”興行収入をもたらしたメディア環境
ジブリ作品を振り返るうえで大きなメルクマールとなったのは、やはり『もののけ姫』だと思う。1997年に興行収入193億円を記録したこの映画以降、ジブリ作品はメガヒットが当たり前になっていった。よく考えるとかなりわかりにくい作品で、とくにラストは何が起こりどう解決したのか説明しづらい。それなのに毎日映画館に家族連れを中心に列をなした。もちろん作品が素晴らしかったからだが、それとは別のメディア環境も大きかったと私は思う。
例えばジブリ設立前の伝説的宮崎作品『ルパン三世カリオストロの城』(’79)『風の谷のナウシカ』('84)はいずれも興行収入としては数億円と言われており、決してヒット作ではない。スタジオジブリ初期作品としていまも親しまれている『天空の城ラピュタ』('86)『となりのトトロ』('88)も興行収入で飛び抜けたものではなかった。
その後、『魔女の宅急便』('89)『おもひでぽろぽろ』('91)『紅の豚』('92)『平成たぬき合戦ぽんぽこ』('94)と、興行収入の水準が30〜40億円とワンランク上がっていった。コンスタントにこの数字が出せる時点で十分ヒットメイカーだ。
その過程を経て登場したのが'97年の『もののけ姫』だった。
そこに至る過程で大きいのがまずビデオデッキの普及だろう。80年代後半に普及率は50%を超え、価格も値ごろ感が出てきて誰でも買えるものになった。90年代には多くの家庭が当たり前のようにビデオデッキを置いていた。当時の使い方はもちろん番組を録画することだが、テープによる録画はひとつひとつの番組になるので、いまのHDレコーダーのように何でも放り込むようなものでもなかった。
それより自分がとくに好きな作品のビデオを買ってきて何度も何度も見る使い方がいまより多かった。そして小さな子どものいる家庭では、子どもたちが好むあらゆるビデオを買って見せていた。ビデオを見てくれている間は家事ができるからだ。そして子どもたちは同じ作品を、飽きずに何度も何度も見る。
『となりのトトロ』はビデオが200万本以上売れている。90年代の家庭で、子どもたちに安心して見せることができる代表的な作品だったのだ。かくして、トトロは映画公開後にビデオタイトルで見る映像の中で十数年間をかけて人気者になっていった。
もうひとつ、重要なのが日本テレビによる映画番組での放送だ。いまも続く『金曜ロードショー』の枠で、ジブリ作品をほぼ二年に一回放送している。それぞれの劇場公開後から97年の時点までで、『ナウシカ』は8回、『ラピュタ』は6回、『トトロ』は5回、『魔女の宅急便』は4回、『紅の豚』は2回放送されているのだ。
『トトロ』をビデオがすり切れるほど見て、『ラピュタ』を細かなセリフまで憶えるほど放送で見た親子たちにとってスタジオジブリは、間違いない作品を見せてくれる大きなブランドになった。何しろ面白いし、見たこともない世界を見せてくれるし、何かメッセージも感じられる。完成度の高い娯楽作品ブランドが確立されたのだと思う。『もののけ姫』以降のジブリ作品の”ありえない”メガヒットは、こうしたメディア環境も大きく働いてのものだった。
などと分析を繰り広げてみるのだが、中空に浮かぶラピュタの飛行船を見ていると、あまりのロマンチックさに我を忘れてしまう。ジブリのメディア戦略を考えるより、ジブリの作品そのものに酔いしれることのほうがずっと楽しいし、価値がある。大切なことをたくさん教わってきたジブリの作品たち。わが家でも子どもたちとの想い出とともにいつもそばにあったジブリのアニメーションに感謝したい。