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トランプ暗殺未遂は氷山の一角――米有権者の12人に1人が「トランプ当選阻止のための暴力はOK」の衝撃

六辻彰二国際政治学者
7月の暗殺未遂事件の現場で再び集会を開いたトランプ候補(2024.10.5)(写真:ロイター/アフロ)
  • シカゴ大学の調査によると、トランプ候補の当選を阻止するための暴力を容認する意見は有権者の8%を超えた。
  • その一方で、アメリカでは政治をめぐる暴力事件の大半が、むしろトランプと思想的に近い者によって引き起こされている。
  • 党派を超えて暴力を容認する考えが広がる大きな要因には、選挙そのものに対する不信感の高まりがあげられる。

「反トランプの暴力容認」の気運

 これまで民主化から間もない途上国では、主張の異なる政治家や市民に対する襲撃、脅迫、暗殺、さらに徒党を組んでの暴動などは珍しくなかったが、近年では先進国でも急速に増えている。

 とりわけ目立つのがアメリカだ。

 米大統領選挙をめぐり、共和党のドナルド・トランプ候補が2度も暗殺未遂に直面したことはその象徴だ。

 さらに9月には、トランプ暗殺を計画していたとして、イランと結びつきのあるパキスタン系男性を連邦捜査局(FBI)が7月に逮捕していたことも明らかになった。イランはアメリカやイスラエルと敵対している。

 歴代の大統領候補のなかでもトランプは特に標的にされやすいようだ。

 シカゴ大学が9月中旬に行った調査によると、「トランプが大統領になるのを防ぐためなら暴力は認められるか」という問いに「強く賛成」、「賛成」と回答した有権者は、合計8.2%だった。

 これは同大の6月の調査結果(10%)より下落したものの、ハリスに対する暴力について尋ねた9月の調査結果(6.1%)より高い水準だ。

「トランプは民主主義にとって危険」

 トランプ襲撃を容認する意見はもちろんごく一部にすぎないが、それでもアメリカの有権者のおよそ12人に1人と考えると、無視できるものではない。それは約2000万人に相当する規模だ。

 トランプに対する暴力を支持する人が一定数いるのは、トランプを危険視する人の多さに関係していると思われる。

 同じくシカゴ大学の調査では、「トランプは民主主義にとって危険か」という問いに「強く賛成」と「賛成」が合計52.1%にのぼった(民主党支持者に限れば90.1%)。

 人種や宗教の分断を煽るメッセージや手法だけでなく、大統領時代にトランプ支持のQ-Anonら陰謀論者がフェイクニュースを拡散して世論を誘導したことや、2020年大統領選挙の結果に不満を抱いたトランプ支持者が連邦議会議事堂を占拠した事件などが記憶にあるからだろう。

 ただし、ここで注意すべきは、トランプ襲撃を容認する人の方がハリス襲撃を容認する人より多いからといって、トランプ支持者の方がまだしも平和的とはいえないことだ。

 というのは、事件の数でいえば、思想的にむしろトランプに近い者によるものの方が多いからだ。

選挙管理委員会への脅迫

 独立系シンクタンクACLEDのデータベースによると、昨年10月から今年9月末までの1年間にアメリカで発生した過激派による事件のうち、極右によるものは728件で、それ以外は66件だった。

 例えば8月、ハリス候補やバイデン大統領などをネット上で1000回以上も脅迫したとして、バージニア州に居住する男性が逮捕された。容疑者はそれ以前、SNSでムスリム殺害を広く呼びかけていたことが確認されていて、家宅捜索した警察は複数の銃器を押収した。

 標的は政治家とは限らない。

 大統領選挙が近づくにつれ、アメリカ各地の選挙管理委員会には多くの脅迫状が送りつけられている。2020年大統領選挙でトランプ陣営は「選挙に不正があった」と主張した経緯がある。

 あまりに脅迫状が増えた結果、対応のコストも増えている。ジョージア州では激戦区アトランタなどで選管職員に防犯ベルを配布するために5万ドル、臨時の警備員の雇用に1万4000ドルの支出が急遽認められた。

 いわゆるソフトターゲットが狙われることもある。今年6月、ニュージャージー州で7丁の銃器を所持していた男性が逮捕された。警察によると、容疑者は大統領選挙の前に「人種間戦争」を引き起こす目的で、アトランタでコンサートホールを襲撃するつもりだったという。

 こうした事件はトランプ暗殺未遂事件の影であまり注目されていないが、深刻な実損をもたらさなかったものの、極右過激主義の広がりをうかがえる。

暴力は選挙を脅かすが…

 政治家の暗殺や選挙の妨害はポリティカル・バイオレンス(政治的暴力)と呼ばれる。

 政治評論家ジェレミー・アダム・スミスらはポリティカル・バイオレンスをもたらす条件をリスト化し、党派的イデオロギー、フェイクニュースや陰謀論、鬱などの精神疾患、怒りや軽蔑といった感情の起伏の大きさ、銃所有、過度に単純化された善悪の判断(道徳化)、対立を煽るリーダーなどをあげている。

 どれも無視できない因子だが、ここではあえてもう一つ付け加えたい。政治や選挙そのものに対する信頼の低下だ。

 先述のシカゴ大学の調査項目には「現在のアメリカでは政治や社会の根本的な問題を選挙で解決することはできないか」という質問に対する「強く賛成」と「賛成」の回答は合計約48%を占めた。

 他の多くの質問項目と異なり、この質問に対する回答には支持政党別の差はあまりなかった。

 選挙に基づく民主主義への不信感が増していることは、選挙に頼らない変革を求める気運を呼び、それはポリティカル・バイオレンスと紙一重になってくる。

 その場合、特定の候補や政党を標的にするのではなく、政治に関連するもので目につくものをとにかく攻撃するパターンすら生まれても不思議ではない。

 実際、過去10年間に政治家や公務員を脅迫した容疑で起訴された500人以上の容疑者のうち半数以上は特定のイデオロギーを表明しなかった報告されている。

 とすると、ポリティカル・バイオレンスの増加は政治不信の高まりの結果ともいえる。

 ポリティカル・バイオレンスが民主主義にとって脅威であることはいうまでもない。

 しかし、その一方で、民主主義への不信がポリティカル・バイオレンスを招いているとすれば、問題の根はより深い。政治家や選挙管理委員会の警備を厳重にすることも重要だろうが、それだけではポリティカル・バイオレンスの脅威はなくならないのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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