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アメリカ軍がイラクとシリアを空爆:そしてアメリカ軍は「イランの民兵」を撃つ

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2024年2月3日未明、アメリカ軍はイラクとシリアにあるイランの革命防衛隊と「それに与する」勢力の拠点を航空攻撃した。アメリカの発表によると、イラク領内ではアンバール県カーイムを含むシリアとの故郷沿いの2カ所を含む3カ所、シリア領内では4カ所の拠点が攻撃対象で、85の施設に125発の精密兵器を使用したとのことだ。シリアで「反体制派」の広報機関として機能し、アメリカやイスラエルによるシリア領への攻撃や侵害行為を正当化する情報発信をしている「シリア人権監視団」によると、シリア領内での攻撃で18人が死亡したそうだが、この団体の情報発信はずっと前から「事件が起きたことについては正しいが、そこでの死傷者数についてはかなり誇張がある」との評価なので、攻撃による被害の程度について確度の高い情報はまだないということだ。

 今般のアメリカ軍による攻撃は、1月28日に発生したヨルダンにあるアメリカ軍施設への無人機攻撃でアメリカ兵3人が死亡した事件への「報復」とされている。アメリカ軍は攻撃をイラクやシリアで活動する「ヒズブッラー部隊」の仕業と決めつけ、早々と「報復」を宣言していたものが5日後の3日未明に実行されたわけだ。一方、イラクやシリアでは「イラクのイスラーム抵抗運動」の名義でアメリカ軍の施設に対する攻撃が相次いでいた。これは、2023年10月以来のイスラエルによるガザ地区攻撃に対抗する「抵抗の枢軸」側の反撃と位置付けられている。「抵抗の枢軸」とは、イラン、シリア、レバノンのヒズブッラー(ヒズボラ)、イラクの民兵諸派、イエメンのアンサール・アッラー(蔑称:フーシー派)等が、アメリカとイスラエルによる地域への覇権に抵抗することを目的に結びついている連合体だ。イラクやシリアで活動する民兵諸派のうち、イランから訓練・装備・資金の提供を受けているとされる諸派は、俗に「イランの民兵」と呼ばれている。彼らは、イラクではアメリカ軍を攻撃することもあれば、「イスラーム国」対策を前線で担うイラクの治安部隊として活動してもいる。シリアでは、シリア政府を支援して「イスラーム国」をはじめとするイスラーム過激派を主力とする「反体制派」との戦闘に参加した。その中には、「ヒズブッラー部隊」、「アサーイブ・アフル・ハック」、「ヌジャバー運動」のように2000年代から活動し、イラクの治安部隊である「人民動員隊」を構成する老舗団体もあれば、2019年にアメリカ軍がイランの革命防衛隊と「人民動員隊」の幹部を暗殺したことへの「復讐」を標榜する諸派もある。重要な点は、シリアとイラクを舞台にしたアメリカ(とイスラエル)対「抵抗の枢軸」陣営との抗争は、何年も前から一定の強度と範囲で続いてきたことで、「ガザ地区の情勢と連動して緊張が高まる、紛争が激化する」、程度の認識では事態は全く理解できないという点だ。

 アメリカ(とイスラエル)からみると、イランが「イランの民兵」を通じたイラクとシリアに拠点を構築するのは嫌なので、この陣営は経済制裁から軍事攻撃まで様々な手段でこれを妨害しようとし続けてきた。アメリカ軍がイラクに駐留し、シリア領を不法占拠する表向きの目的は「イスラーム国」対策だが、実際には「イラン勢力の妨害・排除」だということは明らかだ。ところが、本当にイラン勢力を排除したらしたで、それはもっと面倒な問題を惹起することになる。例えば現在紅海やバーブ・マンダブ海峡で展開している船舶の航行問題のように、「抵抗の枢軸」側がより広域的な反撃や「嫌がらせ」を仕掛けてくることになる。また、シリアとイラクで「イスラーム国」などのイスラーム過激派と現場で戦っているのはシリアとイラクの政府軍、及び「イランの民兵」なので、うっかりこれに大打撃を与えることは「イスラーム国」にとって何よりの援護射撃である。イラクとシリアの社会・経済に深刻な打撃を与えることは、現在もEU諸国に深刻な影響を与えている2015年の「移民・難民危機」の再現にもなりかねないので、アメリカ側の陣営からするとこの観点からも自らの火の粉がかからないようにしなくてはならない。

 一方「抵抗の枢軸」陣営から見ると、アメリカとその仲間たちは「イスラーム国」を支援してシリアやイラクを攻撃する侵略・錯乱勢力でしかない。「イスラーム国」に武器弾薬を与えていたのが実はアメリカとその仲間たちだったということは、現地調査によって明らかになっている。また、当の「イスラーム国」も2024年1月初めに(パレスチナの同胞を助けると称して)「世界中でユダヤを殺せ」と扇動する攻勢を実施したが、「最大の戦果」は1月3日のイランでの自爆攻撃だった。「イスラーム国」は、世界中のどこでもユダヤはもちろんアメリカも攻撃しなかった。となると、アメリカなどは「抵抗の枢軸」陣営が主導してイラクとシリアが安定したり復興したりすることを、「イスラーム国」支援を含む様々な手段を用いて妨害しているという「抵抗の枢軸」側の情勢認識は、そこそこ物証も状況証拠を伴うもので、全くの妄想・プロパガンダと片付けていては現状を分析したり解説したりすることにはならない。そもそも、「抵抗の枢軸」陣営はまともに戦えばアメリカ(とイスラエル)に勝てないことを重々承知であり、紛争を一定の範囲に制御しようという誘因はこちらの陣営の方に強く働いている。

 上記のような事情に鑑みて今般の攻撃の影響を分析し今後を展望すると、攻撃そのものは2017年のアメリカ軍の対シリア攻撃同様、「相当加減した」ものと言える。アメリカとしても、攻撃を契機にイラクやシリアが不安定化したり、「抵抗の枢軸」陣営が紛争や「嫌がらせ」の程度を上げたりしてくるのは嫌なのだ。その一方で、アメリカ軍に死者が出ている以上、攻撃が「加減した」とか「象徴的なもの」とかの評価を受けるのも嫌だろうから、「シリア人権監視団」のような主体が「イランの民兵」の損害を過大に喧伝することは、アメリカにすれば喜ばしいことだ。実際、攻撃に先立ち、アメリカからイランに対し「反撃しないように」との文書が伝えられたという報道もある。また、現にイラク軍は攻撃の数分前に事前通告を受けていたようだ。「抵抗の枢軸」陣営も、もっと効率的にアメリカ軍に打撃を与える能力はあるだろうが、本格的に交戦して勝てる見込みもないので、今般の攻撃によって紛争を激化させるのは全く気乗りがしないことだ。このような両陣営の事情により、交戦そのものをゼロにするのは難しいが、その範囲と強度は一定の枠内にとどまる可能性が高い。そうなると、残念ながら「抵抗の枢軸」陣営が「ガザ地区の人民のため」アメリカ陣営にかけていると称する「圧力」が功奏することはなさそうだし、アメリカ陣営が望む「親イラン勢力」の排除も実現しそうもない。

 ただし、今般の様に紛争当事者の両陣営がいろいろな工夫の末に「意思疎通の手段」として交戦するかのような状況は、より広域的に紛争の強度を制御するために役に立つ可能性がある。つまり、軍事行動の規模と強度によって両陣営が互いに相手方の不満や怒りや要求事項を考え、理解しようとすることは、紛争に「ルール」を確立し、破壊と殺戮の規模を抑えることに資するのだ。アメリカ陣営と「抵抗の枢軸」陣営との間に戦いの「ルール」を確立し、それが戦闘を伴わない「まともな」意思疎通へとつながっていくことにより、諸当事者の軍事行動に一喜一憂する日が減るのは、誰にとってもいいことだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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