ビッグモーターの保険金不正請求問題、リスクの芽は5年前から。本当の原因は?
急成長した中古車販売大手、株式会社ビッグモーターが経営危機に陥っています。保険金不正問題について、7月25日に社長、副社長の辞任発表会見を行い、翌日から経営者が交代したものの、大手保険会社は相次いで代理店契約を終了、銀行団は借入金90億円の要請を拒否、資金ショートの危機にさらされています。この危機の原因はどこにあり、どうすればよかったのでしょうか。組織変革コンサルタントの仁科雅朋(にしな・まさとも)さんと考えます。
■動画解説 リスクマネジメント・ジャーナル(日本リスクマネジャー&コンサルタント協会)
*記事以外の話を3倍していますのでご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=DDQVxVLZMOc
後継者育成の失敗
保険金不正請求については、業界全体の長年の慣習で闇もあるといった指摘もあります。実際、金融庁は37名の出向者を出していた損保ジャパンに9月立ち入り調査をすると発表しています。業界の問題と会社単体の問題と両面があると思います。まずはビッグモーター社の会社としては、どこに問題があると見えましたか。
ー日本人は「応分の場」(分相応でいることを重んじる)を尊重する特徴があります。これは1940年代にアメリカ人の民族学者であるルース・ベネディクトが記した著書「菊と刀」に指摘されています。別の言葉で言えば、日本人は「恥の文化」であるとされます。つまり、人様に恥ずかしくない生き方をしなさいと教えられてきたのです。この思想が進むと、人様に迷惑をかけるな、人に後ろ指をさされることをするな、人と違うことをするなということになります。
また、周囲と自分がずれていることにとても違和感を覚える民族です。コロナ禍が5類認定になった今でも、マスクをなかなか外せないのも、周囲に合わせようとするからです。
つまり、今回のビッグモーターの問題も、周囲の空気を読み、組織的な圧力に反対意見を言えなかったということになります。わかりやすく言うと、高圧的なトップが会議の中心に鎮座していて、トップからの方針を発表する場があったとします。その場にいる多くの参加者はその方針が間違っていると感じても、その場の空気の圧力を押し返して「反対意見を述べる」のは難しいでしょう。これが、自分の意見よりも応分の場を優先する日本人の特徴です。
辞めた社員の痛々しいコメントがネットに溢れています。記者会見で兼重社長は工場長の暴走だと怒っていましたが、暴走しないようにするのも経営者の責任ではないでしょうか。
―意見に従わないと降格される人事や上司が部下への生殺与奪の権限を持つと明記される経営計画書が、それを後押ししています。そしてポジション次第で給料が大幅に変わる給与体系があります。これからの仕組みを駆使して、「刺激と反応」というマネジメントスタイルで企業風土を創っているので、工場長の暴走は止められなかったと思います。
さらに、内部告発をしても、上層部によって揉み消されるという状況なので、この会社の方針に従えない人は辞めるしかありません。そして、離職も多い会社です。だからこそ、辞めた後にSNSで告発をするというパターンしかなかったと思います。
兼重社長は、7月25日の会見で「全く知らなかった」と言ってしまいました。一番よく知っていた筈の宏一副社長は登壇していません。けじめがつけられていないと感じます。あくまでも息子をかばうようにも見えますが、これはオーナー企業にはありがちですか。
■7月25日ビッグモーターの記者会見解説記事
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/78891ee43ab7feb46b6d32968099d784ee5eb0b8
―今回の問題は兼重宏之前社長にすべての責任があると思います。まずは、兼重宏一前副社長(35歳)の後継者育成をしなかった(できなかった)ことが最大の要因だと思います。5年前に実質の経営権を委譲し、指揮権を渡しましたが、この5年間も最高経営責任者(CEO)としての立場がありました。その立場にありながら、一連の不祥事を「一切知らなかった」という見解を示す会見を行ったことは、職務怠慢です。
別の見方をすると、経営権を渡された当時の前副社長は30歳という若さで、カリスマ社長の後を率いるリーダーシップを発揮するのは中々厳しかったのではないかと思います。
創業社長がやり手だと二代目はとてもやりにくいですよね。二代目は自分の力というよりもすべてお膳立てされた中でやるわけですから。
―これは私見ですが、前社長は高卒で、息子の前副社長は早稲田大学商学部からアメリカのニューヨークあたりでMBAを取得しています。副社長に就任する際に、論文を書かせたそうで、非常によくできていると褒めていたそうです。親ばかも相まって、自分よりも高学歴の息子の能力を過剰に判断していたのだと思います。
また、兼重前社長はエゴイズムを満たすだけの経営をしていたと言わざるを得ません。社員のため、顧客のためという経営ではなく、自分の私欲を満たすために行ってきた経営だったと言わざるを得ません。彼の目標は業界最大手だったガリバーを超えることでした。その目標を達成したため、あとは息子がやってくれといったゴルフ三昧の5年間だったのではないでしょうか。
確かに、会見でそれは露呈していました。ゴルフボールで車体を傷つけることについて、「ゴルフを愛する人への冒涜」と発言していて、傷つけられた車の所有者は全く頭から抜けていました。経営者としての意識が全くないと見えました。
―息子のこれまでの振る舞いから読み取ると、背が小さく、口数が少ない内向的な性格だったようです。副社長に就任した後も、自分を支えるブレーンをつくれず、カリスマ社長の取り巻きは離れていき、社内でも浮いた存在になっていたようです。孤独感は否めなかったのではないでしょうか。
その上で、強力な権限を渡されていたため、ポジショニングパワーを使って従わせるという手段しか取れなかったのだと思います。徐々にそれがエスカレートして、このような問題に発展していったと考えられます。
つまり、この覇道経営思想の前社長のもとでは風土改革は難しく、暴走列車の成れの果てということかと思います。
さらに、元副社長はMBAホルダーと言われていますが、経営学修士を取得したけれども、経営学の本質を一切学べなかった人でもあると思います。顧客をだまして利益を上げる経営、極端な降格人事で社員のストレスを刺激するマネジメントをMBAで教えるわけはありません。社員のため、世間のため、という王道経営を学べなかった能力不足がこの結果を招いたと思います。
覇道経営ではなく王道経営に
社長が副社長の息子に実質経営権を委譲した5年前にリスクの芽があったということですね。責任をとって両者が辞任するのはどう見えますか。社員は歓迎なのでしょうか。辞めるにしてもまずは、一番辛いお詫び行脚を社長、副社長がしてからではないかとも思います。
―元社長は、それでも少しは力量もあり、人としての人望もあったらしいので、引退ではなく、再度、自ら指揮権を取って、きちんと世間に賠償して、一から立て直すという気概を示せば、再生の可能性もあったかと思います。
日本人は「自分は知らなかった」とか「雲隠れ」するような姿勢には、余計に反発するので、「潔さ」「責任」を取るという姿勢を示さなかった経営陣には怒りを覚え、落胆したと思います。つまり、まったく歓迎されない結末を迎えてしまったということだと思います。
保険会社、銀行団から見放されつつある状態ですが、組織変革はまだ可能でしょう。可能な場合、何から行ったらいいと思いますか。
―経営陣を社外から招聘するしかないと思います。新社長も、前社長の信奉者のようで、例えば、国土交通省の2時間のヒアリングを受けた後、記者団からのインタビューに対して、「一定の理解は得られたと思います」というようなその場を上手く取り繕うような発言をしてしまうような人物です。根本からの風土改革は難しいと思いますし、世間も納得しないと思います。
この機会に、中古車業界の闇を一掃し、業界一の清廉潔白な会社として再建する意志を持った経営者を迎えれば、今ある資産を活かして、再生が可能だと思いますし、それを期待したいと思います。
最後になりますが、再建に必要な風土改革のベースとなるのは「心理的安全性の高い組織作り」であり、個人が忖度なく自由に発言できて、その人らしくいられ、個人が尊重される組織風土を創るべきです。目的は社長のエゴイズムを満たすための覇道経営ではなく、社員と社会を幸せにする王道経営であるべきだと思います。