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ビッグモーター社の謝罪会見、クライシスコミュニケーション3要素から失敗理由を考察

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
(写真:つのだよしお/アフロ)

7月25日、ビッグモーター社が保険金水増し不正請求問題について説明する記者会見を開きました。不祥事が発覚した際に行う記者会見は、信頼失墜を最小限にし(クライシスコミュニケーション)、信頼回復の第一歩に位置付ける(リカバリーコミュニケーション)発想から設計する必要があり、そのために考えなければいけないのがタイミング、記者会見の組み立て方、表現の3要素になります。この3要素をうまく構成できなかった理由とどうすればよかったのかを考察します。

ビッグモーター社の基本情報は次の通りです。

1976年兼重宏行氏によって「兼重オートセンター」として創業された会社で、1978年に株式会社化。1980年に株式会社ビッグモーターに改名。主に中古車の買取販売、車検・一般整備や板金塗装、損害保険代理店業務を行う。未上場ですが、社員数は約5,000名、店舗数約300、売上高約6,000億円規模の大企業。

この会社で一体何が起きたのか。特別調査委員会の調査報告書と記者会見での回答を突き合わせながら、危機発生後の対応についての注意点を明らかにしていきます。

■動画解説 リスクマネジメント・ジャーナル(日本リスクマネジャー&コンサルタント協会)

https://www.youtube.com/watch?v=S_P8HilHeD0&t=653s

昨年6月に会社として問題を把握していた

問題はいつ発覚し、経営陣がいつ把握したのか。ここを正確につかむことがもっとも重要です。2022年6月6日、ビッグモーター社は、損保ジャパン株式会社、三井住友海上火災保険株式会社、東京海上日動火災保険株式会社の損保3社から、連名による「自動車修理に関する実態確認のお願い」と題する文書を受け取りました。損保3社は損害保険防犯対策協議会から、損傷していない部分の修理や修理していないのに修理したように見せかけた偽装による不適切な保険請求が行われているとする情報提供を受けたことからのアクションでした。

これに対し、ビッグモーター社は「現場の経験不足」と釈明したものの、理解を得られなかったため、特別調査委員会が設置され、2023年1月30日から6月20日まで調査されることになりました。調査報告書の作成日は6月26日、会社が受領したのが7月5日、会社のホームページに記載されたのが7月18日、記者会見は7月25日。この間に告発が広がり、ダメージを広げたと言えます。

調査報告書で明らかになったのは、昨年6月6日の段階で会社として認識していたということです。そして、調査委員会による社長へのヒヤリングは、今年の5月15日に行われています。従って、記者会見で兼重社長が「報告書を受け取る6月26日まで知らなかった」とするのは明らかな嘘になってしまいます。そもそも特別調査委員会は1月30日から開始していますから、この時点で何の問題があるのか、社長は知りうる立場のはず。タイミングが遅れてしまった、知っていたけれど知っていたと言いにくい、嘘はつきたくない、といった状態に追い込まれた場合、ダメージを最小に留めるための言い方を選択すればよかったのです(ここでは具体的に書きません)。

「責任を痛感」と言いつつ、社員の責任にすり替える

特別調査委員会は、121人に対して125回のヒヤリング、自動車板金・塗装作業を行う390名へのアンケート(382名から回答)、一般社団法人全国技術アジャスター協会によるサンプルテスト等を行いました。

その結果、回答者382名中104名(27.2%)が不正に関与、68名(17.8%)が不正を見聞きしていたとの結果を得ました。不正の内容は、「実際には損傷がないのに損傷があるかのような写真を撮った」「明らかに不要な修理作業を行った」「見積書に記載された作業を実施していないのに作業したかのように装った」。不正をした理由は「上司からの指示」「営業所の売上向上」。原因として考えられることへの回答は「会社が売上向上を最優先としていたから(68.3%)」「上司からの不正な指示に逆らえない雰囲気があったから(43.7%)」。サンプルテストでは、検証対象の2,717件のうち1,198件(44%)が、不適切な行為の疑いがあった。(ビッグモーター社の特別調査委員会報告書から抜粋)

不正への関与と見聞きは、回答者の半数172名(45%)。不正が横行していたことになります。しかし、これらの不正について兼重社長から出てきた言葉は

「組織的ではない。工場長が指示してやったんじゃないか。ゴルフボールを靴下に入れて水増し請求する、本当に許せない。ゴルフを愛する人への冒涜。わかり次第刑事告訴を含め厳正に対処したい(刑事告訴は会見終了間際に撤回)」(7月25日の会見から抜粋)。

この発言には驚きを通り越して愕然としました。冒頭で社長は調査委員会が指摘した原因を列挙し、「トップとして責任を痛感している。反省している」と発言したのに、ここでは「社員の責任」にすり替えているからです。さらに、なぜか、ゴルフ愛好者を気の毒がる、といったとんでもなくズレた発言になっています。

一体なぜ、兼重社長はこのような他人事発言になってしまったのでしょうか。調査報告書の表現にも問題があったといえます。

まずは形式。この調査報告書の形式に大きな違和感があります。当委員会の独立性で「当委員会の委員及び補助者は、いずれも当社とは何らの利害関係も有していない」とし、「ビッグモーター社」を「当社」と表現しているため、読み手は社内報告書のように受け止めてしまいます。さらに、A社長、B副社長と経営者さえ匿名なので、経営者が自分のこととして責任を痛感しにくい。それが社長の他責発言を後押ししているように見えます。

特別調査委員会の原因分析では、5項目となっています。そのまま掲載すると、

1.不合理な目標設定

2.コーポレートガバナンス機能不全とコンプライアンス意識の鈍麻

3.経営者に盲従し忖度する歪な企業風土

4.現場の声を拾い上げようとする意識の欠如

5.人材の育成不足

不合理な目標設定とは、修理作業に関して1台14万円の儲けという目標設定がされていたこと。これが不正の温床となったといえます。これについて社長は「1台ではなく1日あたりの生産高。どうしてそう受け止めなのか。本部長が勘違いをした」と、ここでも社員に責任があるかのような表現を選択して説明。

また、調査報告書の文面は「当委員会からの説明によってA社長もB副社長も当該事実を初めて知るという顛末であった。これは重要事項の報告・伝達体制が十分に確立されていなかったことに加え、個々の担当者のリスク管理に対する意識が十分ではなかったことの証左といえる」。この書き方ではどこにどう責任があるのか不明瞭で、個人に責任があるかのような書き方になってしまっています。

比較のために掲載すると、2018年スルガ銀行の調査報告書は、下記のようになっています。

「取締役としては、そのリスクを詳細に調査、分析の上、リスクの回避、低減措置を講じる義務を善管注意義務の一環として負っていたと考えられるにも拘わらず、実際には、執行会議、経営会議、取締役会のいずれにも速やかに上程されることなく、立ち消えになってしまっている。米山社長としても、会社に著しい損害を与えるおそれがある重大な問題が発生していることを、遅くともこの時点で認知したのであるから、調査や対応策の策定を指示し、取締役会を開催して報告・附議し、監査役には直ちに伝達する必要があった(会社法357条)と考えられる。その点は、それをしなかったことについて、善管注意義務違反及び法令違反に該当するものと思料する。」(スルガ銀行 第三者委員会 調査報告書 2018年9月7日 P250)

このように、いつの時点で知りえた。その時こうするべきだった。しなかったから法令違反である、の方が格段に責任が明確です。

収束を急ぎすぎた登壇者の組み立て方

今回の記者会見の組み立て方で最初に絵づくりとして驚いたのは、新社長が一緒に登壇したことでした。謝罪を目的とする1回目の会見で新社長を登壇させてしまうとは。あまりやらない絵づくり。結果としては、謝罪が伝わりにくくなりました。広報の基本はワンメッセージ。謝罪なら謝罪に徹した方が伝わったはずです。ここで登壇させるなら、副社長。社長と副社長でしっかり謝罪し、新社長は再出発のイメージ作りで登壇してもらう。このように切り分けた方がわかりやすかったといえます。

今回は最初の会見なのだから、辞意表明だけで、「各方面にしっかりお詫びする」と、社長と副社長が謝罪行脚する方針を示し、しかるべきタイミングで新社長を決めて再起を図る、とした方がメッセージにメリハリが出ます。「明日辞任する」では、結局のところ「お詫び行脚は、社長も副社長もしないんだな」となります。会見中も兼重社長は何度も「あとは新社長の方で」とする発言をし、結果として社長の逃げ姿勢が目立ち、会見全体が他人事のような印象になってしまいました。収束を急ぎすぎた登壇者選定、イメージ作りがダメージをかえって深めてしまったと言えます。長期的な視点での広報戦略を担う人がいなかったからでしょう。

実際、ビッグモーター社に広報部門はなく、広報担当者もいない状況だと記者会見で明らかにしていました。この点について会社側は「調査報告書はサイトに掲載すればいいと思っていた。マスメディアの報道による影響がこれほどとは思っていなかった。売上が半減してしまった。新規出店も中止。これからは担当者を置く」と説明。

これだけの大企業にもかかわらず、広報担当者がいないことが、根本的な失敗原因になっているといえます。危機時だけ外部に頼っている体制ではリスクをコントロールできず、結果として継続的な事業の成長ができないでしょう。

また、ビッグモーターはCMを盛んに放映していたとのことです。CMを見た人からすれば何か問題があれば当然説明せよ、となります。100%イメージコントロールができるCMを打つ会社は広報部もセットで設置することが企業の評判を守るために必要なリスクマネジメントではないでしょうか。

<参考サイト>

ビッグモーター社 特別委員会調査報告書

https://www.bigmotor.co.jp/pdf/research-report.pdf

ビッグモーター社 記者会見ノーカット版(日テレ)

https://www.youtube.com/watch?v=TQsHxnYjfjE

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長。社会構想大学院大学教授

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