「言いにくいことが言いやすいくなった」週1回15分会議がもたらしたクリニックの組織変革とは
組織不祥事に関する調査報告書を読むと、原因には大抵経営者と現場の乖離が環境要因として記載され、「言えなかった」「言っても無駄」「報復人事が待っている」といった社員の言葉が出てきます。最後の提言には、「言える組織風土」づくりが提言として盛り込まれ、「言える関係作り」こそが不祥事や事件事故を防ぐリスクマネジメントだと記載されます。では、組織風土はではどのくらいの期間で変革できるのでしょうか。長い時間をかけて構築されてきた風土は何年もかかるのではないかと思いがちです。しかし、半年間で風土改革を成し遂げたクリニックがあります。どのように進めたのでしょうか。山梨県の医療法人甲府昭和腎クリニックの井上浩伸(いのうえ・ひろのぶ)理事長兼院長にお聞きしました(2024年10月)。
■インタビュー動画(提供:日本リスクマネジャー&コンサルタント協会「リスクマネジメント・ジャーナル」)
スタッフ目線が盲点だった
―井上院長が医療法人での風土改革に取り組んだのは今年の3月からと聞いています。最初に取組もうと決意をしたきっかけについて教えてください。
私は山梨医科大学卒業後、勤務医として東京や熊本の病院で約20年間働きました。その後、ご縁があって、2021年に現在の医療法人甲府昭和腎クリニックの前身である医療法人永生会まつした腎クリニックの副院長になり、勤務医から事業経営者目線を持つようになりました。しかし、当時のクリニックは私の理想とするイメージとは異なる姿でして、より良くするための提案をしても長年勤める人たちが反対してしまう状態でした。職場全体が建設的な意見を言えない雰囲気があったのです。
何とかしたい、と思いましたが、「やると大騒動になるから、無理せず何もしないで定年までいたらいいのでは」といったアドバイスをする方もいました。しかし、私はあきらめたくなかった。とても苦しい思いをしていた時に、医療関係者が集まるオンライン会議iCP(アイシーピー)カフェに参加し、健軍熊本泌尿器科がスタッフ目線で取り組んだ組織変革事例を聞き、スタッフ目線は盲点だったと感じました。この方法ならうちでもできるかもしれないと感じるようになりました。
その後、経営分離の話があり、2024年2月に理事長兼院長となりました。このタイミングでやるしかないと決意をして、3月から組織変革プロジェクトを開始する決意を固めました。
―開始に向けてどのような準備をしたのでしょうか。
健軍熊本泌尿器科の事務長をされている日野圭さんやiCPカフェメンバーの支援を受けながら2か月前から準備をしました。自分が理想とするクリニック像を明確にするためにミッション、ビジョン、バリューを作成しました。3月1日にスタッフの皆に伝えるキックオフにあたっては伝え方や雰囲気づくりも練りました。石川さんと最初にお会いしたのもその頃でしたね。
私が半年間で取り組む組織変革プロジェクトの発表をした時には、本当にそんなことができるのだろうか、と驚いていた人もいました。私自身も責任の重さに押しつぶされそうになった時期はありました。3,4月が一番きつかった。もちろん、一人でできないので、スタッフとの信頼関係、笑顔を絶やさないことを心掛け、役職者にあたるコアメンバーとは思いを共有しながら取り組みました。自分の信念だけではできないと思います。一緒に取組んでくれたコアメンバーには感謝しかないです。
週1回15分会議の肝はテーマ設定
―具体的にどのように進めたのでしょうか。
当クリニックは、勤務医を含めると全体で50名ですが、今回組織変革に取り組んだのは、常勤スタッフの30名。職種ごとにチームを作り、5~7人ずつになるよう、看護師チーム2、臨床工学技士チーム1、そして事務・栄養士らのアシスタントチーム2、合計5チームで取り組みました。
多忙な医療現場ではまとまった時間がなかなか取れませんから1週間に1回15分のミーティングをする、これが雰囲気づくり、組織変革の軸となりました。その他、1か月に1回1時間のミーティング、3か月目に中間報告会、6か月目に「お祝い会」と称する成果発表会でした。
最初に働きやすい環境になっているかを数字で自己評価、チーム評価しました。その結果、「フィードバック」「仕事をほめる」「意見の尊重」「職場での仲間づくり」が課題だとわかりました。
その後の週1回15分のミーティングでは、「仲間にフィードバックしているか、自分は必要とされているか」「仲間をほめているか、自分はほめられているか」「仲間の意見を尊重しているか、自分の意見は尊重されているか」「最高のチームができているか」を振り返り、課題が見つかればさらに工夫をしていきます。
15分間のミーティングのテーマ設定が大事なので、そこは経験者の日野圭さんらiCPメンバーがリーダー、サブリーダーに寄り添って伴走してくれました。たとえ15分であっても漫然と進めると何の成果も出ないでしょう。スタッフも最初はやらされ感があったでしょうから、どのようなミーティングをすればいいのか、信頼関係を高める客観的な支援は必要でした。
対話の質向上でインシデントが減った
―半年間での組織変革でどのようなクリニックになったのでしょうか。それは当初目指した姿だったのでしょうか。
最初に思い描いていた以上の組織ができた、仕事をしやすい環境ができたと思いました。10月9日の成果発表会では全スタッフが集まり各チームごとに発表しましたのでその時の言葉を紹介します。
「半年前は仕事に行きたくなかった。稼ぐために耐えて働いていた。今は職場の雰囲気がよくなり、働きがいを感じる」
「忙しそうな先輩に相談はできなかったが、15分会議で雑談できる関係になり、仕事も相談できるようになった」
「声をかけることが恐怖だったが、今は話しかけられる」
「以前は返事もろくろくできなかったが、今は朝から返事がきちんとできるし、笑う場面が増えた」
「月3回発生したインシデントが半年間ゼロになった」
「前はルーティーン業務をこなすだけ。今はリーダー役があり成長を感じる」
「保険請求業務出来る人が一人だったが今は3人ができるようになった」
こういった発表を見て胸が熱くなりました。私自身も発見がありました。これまでは患者目線しかなく、スタッフ目線がなかったのです。
1年前、iCPカフェでエンゲージメントやスタッフ目線を聞いた時に初めてその盲点に気づきました。こうして実際に自ら組織改革を進めてみると、スタッフが信頼し合い、働き甲斐のある職場になれば、コミュニケーションの質が高まり、結果として医療の質が上がる、これがエンゲージメントなんだと実感しています。
これまでも医療安全委員会はありましたが、本質にアプローチしていなかった。今はみんながコミュニケーションを高めたので結果としてミスが減るといった根本的改善につながっています。どういう使命でどういうビジョンを持ち、どんなクリニックにしたいのかをど真ん中に置いて15分間のミーティングを半年間続けたことがコミュニケーションの質向上につながったのだろうと思います。それが結果として、インシデントゼロになっています。
―今後は何を目指していきますか
多かれ少なかれ、どんなクリニックも問題を抱えていると思います。私たちが現在行っているエンゲージメントの取り組み、組織改革をしっかり分析して、他のクリニックとも共有したいですし、モデルケースにもなれればと思っています。これからの時代は、自己犠牲によって成り立つ医療といった考え方や使命感だけでは限界があると思います。スタッフを含めて幸せを追求していくことこそが持続可能な経営ではないでしょうか。これからもたゆまぬ努力を続けていきたいと思います。
インタビューを終えて
井上院長とリアルで初めてお会いしたのは今年の1月25日。1か月後の3月1日にキックオフミーティングで「自分が目指すクリニックの姿と方針」をスタッフに伝えるための事前準備の時でした。伝え方技術についてほんの少し筆者もアドバイスをしました。そんなご縁もあり、半年後に井上院長から、「ぜひ当クリニックの成果発表会にご参加ください」と声がかかり、10月9日にオブザーバ参加しました。14時15分から30分間立ったままの成果発表は、明るくやる気のエネルギーに満ちていました。発表後に数人に話を聞くと、仕事がしやすくなったきっかけは、どのスタッフも「1週間に1回実施している15分ミーティング」と回答。彼ら自身もコミュニケーション質向上がこれほどの雰囲気改善をもたらしたことに驚いていました。本質は常にシンプルなのです。
<参考サイト>
医療法人甲府昭和腎クリニック
https://www.kofushowa-jinc.jp/
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健軍熊本泌尿器科の組織改革
「なぜスタッフ間にもめ事が起こる?」根本原因を探求した医療法人の院長がやり遂げた風土改革とは(2023年12月25日 筆者記事)
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/ce5f6cf4252e181e93b8453fa59724ec7c442fdb