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なぜ「この場所」で子どもが連れ去られたのか? 奈良女児誘拐殺害事件が起きた理由

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
(写真はイメージ:写真AC)

2004年に奈良市の小学生が誘拐・殺害された事件から今月17日で19年を迎える。この事件は、今も続く性的目的の誘拐殺害事件の原型と言っていい。もっとも、真の意味での原型は「宮﨑勤事件」だが、それは第一期の原型で、「奈良女児誘拐殺害事件」が第二期の原型と言える。

事件の連鎖はなぜ起こる?

なぜ、こんな言い方をするかというと、もし宮﨑勤事件の後に、効果的な対策が講じられていたら、奈良女児誘拐殺害事件は起きず、もし奈良女児誘拐殺害事件の後に、効果的な対策が講じられていたら、「千葉女児誘拐殺害事件」も「新潟女児誘拐殺害事件」も起きていないからだ。

では、効果的な対策とは何か。それは「犯罪機会論」である。

学校の防犯教育でも、地域の見守りでも、住民のパトロールでも、犯罪機会論に依拠しなければ、防犯効果を期待できない。

にもかかわらず、相変わらず、学校では防犯ブザーを渡し、「大声で助けを呼べ」「走って逃げろ」と指導している。しかし、これは犯罪が発生した後のことであり、襲われたらどうするかという「クライシス・マネジメント」である。

地域でも、「不審者に気をつけて」のメッセージが住民で共有され、「不審者」を探すパトロールが行われている。これは人に注目する「犯罪原因論」だが、危ないかどうかは、人の姿を見ただけで分かるはずがない。そのため対策は、どうしても、追い込まれた後の「クライシス・マネジメント」にならざるを得ない。

要するに、日本の防犯対策は「がんばれば何とかなる」という「精神論」なのだ。あちこちで「防犯意識が大事」と言われるのがその証拠だ。大事なのは「意識」ではなく「知識」である。知識は精神論からは生まれない。むしろ精神論は知識獲得の邪魔になる。

海外の対策は「最悪に備えよ」という「科学」に基づく。そのため、科学的な「知識」の普及が重視されている。この知識こそ「犯罪機会論」だ。犯罪機会論は「場所」だけに注目し、「人」には関心を持たない。その結果、海外では「不審者」という言葉も使われていない。日本だけが「不審者」という曖昧な言葉で、お茶を濁している。

グローバル・スタンダードの犯罪機会論は「科学」であって、雰囲気(空気感)が支配する根性論・精神論ではない。日本のように、雰囲気(空気感)に依存することに満足し、運が悪ければ「クライシス・マネジメント」で何とかなる、といった発想ではない。そのため、海外では、襲われないためにはどうするかという「リスク・マネジメント」が対策になる。

日本と異なり、海外では、犯罪機会論が、街のあちこちに盛り込まれている。例えば、公園やトイレで起きる犯罪は、ゾーニング(すみ分け)のデザインで防ごうとしている。これは、日本と決定的に異なる点だ。日本の公園やトイレのデザインは、犯罪の機会を生んでいると言わざるを得ない。

奈良女児誘拐殺害事件の発生メカニズム

冒頭で触れたように、宮﨑勤事件や奈良女児誘拐殺害事件から学ぼうとしなかったから、千葉女児誘拐殺害事件や新潟女児誘拐殺害事件は起きた。そこで以下では、犯罪機会論に基づき、奈良女児誘拐殺害事件から何を学ぶべきだったのかを論じたい。

長年に渡る犯罪機会論の研究によって、犯罪が起きやすい場所は「入りやすく見えにくい場所」であることが、すでに分かっている。奈良女児誘拐殺害事件でも、「入りやすく見えにくい場所」が連れ去り現場となった(写真)。

奈良女児誘拐殺害事件の連れ去り現場(筆者撮影)
奈良女児誘拐殺害事件の連れ去り現場(筆者撮影)

女児が連れ去られた場所は、幹線道路なので、自動車を使う犯罪者にとって使い勝手のよい「入りやすい場所」だ。犯人は、歩道の植え込みが途切れた場所で女児に声をかけた。植え込みの切れた道路は、歩行者が自動車に簡単に乗り込める「入りやすい場所」だ。しかも、道の両側に防護壁があり、歩道がよく見える一軒家もない。つまり、「見えにくい場所」でもある。

ちなみに、映画『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』では、ガードレールのある道が連れ去り現場になっていた。しかし、筆者が知る限り、誘拐事件の100%が、ガードレールのない道で起きている。そこが「入りやすい場所」だからだ。

被害女児は道路脇に止まっていた車の助手席に自分から乗り込んだ。つまり、だまされたわけだ。実は、子どもの連れ去り事件の8割は、だまされて自分からついていったケースである(警察庁「略取誘拐事案の概要」)。宮﨑勤事件もそうだった。

要するに、「防犯ブザーを鳴らせ」「大声で助けを呼べ」「走って逃げろ」といったクライシス・マネジメントでは、ほとんどの犯罪を防げない。「だまし」が入っているからだ。

犯罪の転移?

奈良女児誘拐殺害事件で注目すべきは、犯人が、犯罪機会論に基づく「地域安全マップづくり」を推進していた大阪府八尾市でターゲットを発見できなかったため、不審者という「人」に注目する安全マップを作製していた奈良市に移動し、犯罪に及んだことだ。

報道によると、事件当日、犯人は、まず八尾市に行って女児を物色したが、標的を見つけられなかったので奈良市に戻ったという。奈良市では、不審者マップや犯罪発生マップが大人によって作られていたと報じられている。

対照的に、八尾市では、「入りやすい場所」と「見えにくい場所」という犯罪機会論のキーワード(ものさし)を児童に教え、児童自身による地域安全マップが作製されていた。もちろん、地域安全マップづくりは、危険を事前に回避する「リスク・マネジメント」だ。

八尾市の地域安全マップづくりの成果は、総務省の『地域づくりキーワードBOOK―地域コミュニティ再生』にも紹介されている。

地域安全マップづくりと奈良女児誘拐殺害事件を結びつけるのは、短絡的すぎるかもしれない。しかし、象徴的ではある。筆者が言いたいのは、「犯罪原因論に基づくクライシス・マネジメント」を実践しているだけで、防犯活動をやっているつもりにならないでほしい、ということだ。

「人がトラブルに巻き込まれるのは知らないからではない。知っていると思い込んでいるからである」(マーク・トウェイン)。

なお、奈良女児誘拐殺害事件では「物理的に入りやすく見えにくい場所」が事件現場となったが、「心理的に入りやすく見えにくい場所」も犯罪が起きやすい場所だ。この点を強調するのが、有名な「割れ窓理論」である。これについては、下記の記事を参考にしていただきたい。

子どもの防犯と「割れ窓理論」

くどいようだが、真の防犯は「犯罪機会論に基づくリスク・マネジメント」である。この知識を活用し、子どもを守ってほしい。

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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