基本常識として押さえておきたい3人の美食ホテル新料理長は誰か?
レストランの節目
レストランにおける大きな節目とは何でしょうか。
それは、料理長(シェフ)が新しくなる時です。
レストランのメニューやレシピを考えるのは基本的に料理長なので、料理長がかわると料理が刷新されたり、レシピがかわったりします。
もちろん、メートル・ドテルがかわればサービスや雰囲気が変化するでしょうし、シェフソムリエがかわれば合わせられるワインの方向性もシフトするでしょう。
ただ、多くのゲストは料理を食べるためにレストランに訪れているので、サービスやワインの変化よりも、料理の変化の方が大きなインパクトを及ぼします。
ミシュランガイドでも、料理長が新しくなった時が大きな分水嶺となっており、星を落とすこともあれば、落としていた星を再び取り戻したり、星を増やしたりすることも少なくありません。
美食ホテルで新しい料理長が就任
料理長が新しくなった時に、そのホテルやレストランのファンは当然のことながら、ミシュランガイドのようなレストランガイドブックや各メディア、食通や美食家、フーディーも注目します。
レストランにとって料理長の就任は一大事となりますが、ここ最近いくつかの美食ホテルで、新料理長が誕生しました。
新しい料理長が就任したことによって、そのホテルやレストランで何を注目すればよいのかを紹介していきましょう。
帝国ホテル 東京
帝国ホテルといえば、1890年に開業した伝統と格式のあるホテルです。
そのフラッグシップである帝国ホテル 東京において、1980年生まれの杉本雄(すぎもとゆう)氏が2019年4月1日から帝国ホテル 東京料理長に就任しました。誕生日を迎える前なので、驚くことに38歳という若さになります。
東京料理長とは、帝国ホテル 東京に在籍する約400名にもなる優秀な料理人たちを率いるトップの料理人です。
就任直後に詳しい記事を書きましたが、改めて紹介しましょう。
料理長について
東京料理長に就任した杉本氏の経歴は以下の通りです。
杉本雄氏のプロフィール
- 1980年11月7日 出生
- 1999年3月 学校法人後藤学園 武蔵野調理専門学校卒業
- 1999年5月 株式会社帝国ホテル 入社
- 2000年4月 調理部レストラン調理課 レ セゾン
- 2004年4月 退職し渡仏
- 2004年 ホテル・レクラン(Hotel L’Ecrin)
- 2006年 ホテル・ドゥ・キャランテック(Hotel de Carantec)
- 2006年 ホテル・ル・ムーリス(Hotel Le Meurice)
※ ヤニック・アレノ、アラン・デュカスのもとシェフを務める
※ 同ホテルのレストラン(3つ星)にて責任者の役割を担う
- 2014年 レストランレスペランス(2つ星) 総料理長
- 2016年 レストランスクエア(ロンドン)総料理長
- 2017年 4月 株式会社帝国ホテル 再入社
調理部宴会調理課支配人
- 2019年4月 東京総料理長就任
帝国ホテルに入社してフランス料理を学んでから渡仏し、フランスの名だたるレストランで今を代表する料理人のもとで研鑽を積んできました。
特筆するべきは、アラン・デュカス氏とヤニック・アレノ氏という、2人の稀代なる天才のもとで、その哲学や調理技術を直に学んだことでしょう。
アラン・デュカス氏は史上最年少でミシュランガイド3つ星を獲得した、いわずと知れたフランス料理界の至宝であり、ヤニック・アレノ氏はフランス国内で唯一ミシュランガイド3つ星レストランを2つも有し、現在最も注目されている料理人のうちの1人です。
両巨匠の右腕となり、それぞれのガストロノミーを継承した料理人は、杉本氏を除いては他にいないのではないでしょうか。
注目どころ
杉本氏が東京料理長に就任したことによって、最も注目したいのは、伝統ある帝国ホテルにおいて何を革新していくかです。
杉本雄氏の実績
- 2012年2月
「プロスペール・モンタニエ料理コンクール」優勝(日本人初)
- 2012年9月
「ル・テタンジェ・国際料理コンクール」フランス大会 優勝
- 2012年11月
「ル・テタンジェ・国際料理コンクール」インターナショナル 2位
名店で修行したことに加えて、フランスでも歴史の長い料理コンクール「プロスペール・モンタニエ料理コンクール」や日本でも知名度の高い「ル・テタンジェ・国際料理コンクール」において輝かしい実績を残してきました。
杉本氏は時代を開拓していくモダンフレンチ、ガストロノミーを追求してきましたが、帝国ホテル 東京では、全て新しいことをしていればよいというわけではありません。
日本を代表するホテルには、国内外を問わず、要人やセレブリティが訪れ、様々な考え方や嗜好、感性や経験を持ち合わせたゲストが足を運びます。
こういった帝国ホテルを昔から贔屓にし、思い出の場所と記憶している人々は、料理の味付けやスタイルが変わると敏感に反応するものです。それだけに、しっかりと守っていかなければならない伝統が何であるかを見極めていかなければなりません。
杉本氏はまだ非常に若いだけに、どのようにして帝国ホテルの味や文化を継承しながら、その溢れ出す才能をもって新しいものを取り入れていくのか、10年、20年のスパンで注目していきたいと思います。
ロイヤルパークホテル
今年始めに話題になったホテルといえば、ロイヤルパークホテルではないでしょうか。
直木賞作家である東野圭吾氏の「マスカレード・ホテル」が原作となり、木村拓哉氏と長澤まさみ氏が出演した同名の映画作品が大ヒットしました。
「マスカレード・ホテル」の舞台となっているのはホテル・コルテシア東京ですが、実際には存在しません。
しかし、原作の小説「マスカレード・ホテル」および次作「マスカレード・イブ」、最新の「マスカレード・ナイト」では、取材協力としてロイヤルパークホテルがクレジットされています。
先に挙げた関連記事でも記載したように、原作を細部にわたって検証してみると、まさにロイヤルパークホテルがモデルとなっていることが判明するのです。
ロイヤルパークホテルには和洋中のレストランが揃っており、地下1階の隠れ家的な場所から、20階という高層階フロアまで、様々なロケーションに料飲施設があります。
直営で9つの業態を運営しているのはホテルの中でも多い方なので、ロイヤルパークホテルが食に力を入れていることが分かるでしょう。
そして、この食に注力するロイヤルパークホテルで、2019年4月1日に松山昌樹氏が総料理長に就任したのです。
料理長について
松山氏の経歴は以下の通りです。
松山昌樹氏のプロフィール
- 1988年
ロイヤルパークホテル入社
- 1998年
社団法人 全日本司厨士協会主催「カナダ食材を使用したコンテスト」優勝
カナダ政府農務大臣表彰 受賞
- 2001年
ACADEMIE CULINAIRE DE FRANCE(フランス料理アカデミー)主催世界大会 Le Trophee International de Cuisine et Patisserie 2001 総合優勝
- 2002年
在米国日本大使公邸料理長 就任
- 2008年
三菱開東閣 料理長 就任
優秀公邸料理人 外務大臣表彰 受賞
- 2011年
優良調理師東京都知事表彰 受賞
- 2014年
ロイヤルパークホテル 調理部長就任
- 2017年
調理師関係功労者に対する厚生労働大臣表彰 受賞
- 2019年4月
ロイヤルパークホテル 総料理長就任
ロイヤルパークホテルで献身的に働き、在米国日本大使公邸料理長に就任したり、コンクールで優勝したり、多くの表彰を受けたりしました。
次のように、ロイヤルパークホテル以外でも大きな役割を担っています。
松山昌樹氏の所属業界団体
- フランス料理アカデミー日本支部 理事
- 公益社団法人全日本司厨士協会東京地方本部 常務理事
大きなホテルの総料理長ともなれば、個性豊かな料理人たちをまとめ上げる力が必要となるだけに、社内外で組織をリードしてきた経験が必須となるでしょう。
ロイヤルパークホテルズの旗艦ホテルであるロイヤルパークホテルには、レストラン、ラウンジ、バー、 ショップ、宴会、婚礼、部門と様々な食のシーンがあるので、松山氏の豊かな経験が生きてくるはずです。
注目どころ
松山氏が総料理長に就任するにあたり、2019年6月6日から8日にかけて「Menu Inspiration 2019~アンスピラシオン2019~」というガラディナーが、レストラン&バンケット「パラッツオ」で開催されました。
フランス語のアンスピラシオンは英語のインスピレーションのことであり、メニューには食材しか記載されておらず、そこから松山氏が得たインスピレーションによって料理が組み立てられたのです。
町場のモダンフレンチではこういった組み立て方をすることは決して少なくありませんが、大きな日本系ホテルでこのような試みを行うことは革新的であるといってよいでしょう。
ホテルの総料理長ともなると自身で腕をふるう機会も少なくなり、料飲部全体のマネージメントや中長期的な若手の育成はもちろんのこと、経営的な観点による売上と利益の向上や他部門との調整、さらにはホテルの顔としてメディア対応が求められます。
そういった状況にありながらも、今後も松山氏の感性とアイデアが発露されたガラディナーが行われるのでしょうか。
もしも行われるのであれば、ロイヤルパークホテルの料理人たちにとっても素晴らしいインスピレーションとなり、そして、かつてはフレンチレストランであった「パラッツオ」のゲストも大いに喜ぶのではないでしょうか。
マンダリン オリエンタル 東京
マンダリン オリエンタル 東京は、日本においてミシュランガイドで最も多くの星を獲得している美食ホテルです。
広東料理「センス」、「タパス モラキュラーバー」、フレンチファインダイニング「シグネチャー」がミシュランガイド1つ星に輝いており、「ザ ピッツァバー on 38th」がビブグルマンとなっています。
2015年には「世界のベストレストラン50」で4度の1位に輝いたデンマークの「ノーマ」、2018年には「アジアのベストレストラン50」で4年連続トップとなったタイの「ガガン」など、世界的な名店がポップアップレストランを出店したことからも、美食に強いこだわりと矜持をもったホテルであることが分かるでしょう。
ちなみに、2019年7月12日から15日にかけては「アジアのベストレストラン50」で2年連続4位となったバンコクの「ズーリン」がオープンするということで、大きな話題となっています。
マンダリン オリエンタル 東京が擁する星付きレストランの中でも特に言及しておきたいのは、12年連続1つ星に輝く「シグネチャー」です。モダンなエッセンスを軽やかに散りばめながらも、王道のフレンチであらゆるシーンで利用するゲストを満足させてきました。
そして、2019年5月29日にホテルから、「シグネチャー」に新しい料理長が就任したことがアナウンスされたのです。
料理長について
新料理長を務めることになったのは、オーストラリア出身のルーク アームストロング氏。
オーストラリアで料理人の道を歩み始めた後、オランダのミシュランガイド3つ星「スロイス」、ロンドンのミシュランガイド2つ星「レッドベリー」とミシュランガイド1つ星「ピエ ア テール」で、10年以上に渡って研鑽を積んできました。
料理長として腕をふるったシンガポールの「バッカナリア」では半年後の2017年に最年少でミシュランガイド1つ星を獲得するなど、活躍が目覚ましい料理人です。
季節のうつろいを繊細に料理へと映し、春には新鮮なアスパラガスやモリーユ、夏には様々なキノコ、秋には滋味溢れるジビエ、そして冬には黒トリュフや日本の柑橘系のフルーツなど、旬を迎える食材を用いて自然と調和するメニューを創り出しています。
オーストラリア出身ということで、日本でも人気が高くなっているオーストラリアワインも合わせられたりするので、新しい料理のニュアンスも生まれるでしょう。
注目どころ
色々と注目するべきところはありますが、中でも注目したいのは、ドライエージングを駆使して、素材のポテンシャルを十二分に引き出していることです。牛肉やジビエだけではなく、天然魚もドライエージングしており、味わいを深めています。
簡易的に行えるウェットエージングとは異なり、ドライエージングは設備が必要で手間もかかる上に歩留まりもよくないので、そう気軽に行えるものではありません。
しかし、新しいコンテンポラリーフレンチを標榜していることからも分かるように、これまで以上の美食、より新しいガストロノミーを追求していくためには、ドライエージングのような新たなアプローチも必要になってくるでしょう。
マンダリン オリエンタル 東京は、同ブランド日本初のホテルとして、2005年12月2日に開業し、グループの理念は「センス・オブ・プレイス」=「立地する土地柄と文化に敬意を表するホテルづくり」となっています。
日本の食材も上手に使いながら、ドライエージングも新たに加えられた「シグネチャー」の料理が、これからどのように日本橋という土地で進化を遂げていくのか期待したいです。
美食都市 東京の新料理長
ここまで、3ホテルの新しい料理長たちを紹介してきました。
帝国ホテル 東京料理長の杉本氏は突出する才能とフランスでの圧倒的な経歴をもちながらも愛する帝国ホテル 東京に出戻りした異才です。
ロイヤルパークホテル総料理長の松山氏はホテル全体における食の重責を担いながらも自身の感性を研ぎ澄ませたフランス料理を提供しています。
マンダリン オリエンタル 東京「シグネチャー」料理長のアームストロング氏は日本で最もミシュランガイドの星を獲得するホテルのメインダイニングでドライエージングを取り入れるエスプリと革新性を持ち合わせているのです。
訪日外国人にとってもホテルの食は注目
美食として世界でも名高い東京において、ホテルやレストランで料理長を務めることは非常に名誉なことですが、世界から3000万人を超える訪日外国人がホテルの食を体験する機会も多いだけに、プレッシャーも少なくないでしょう。
国内外からの重圧をはねのけ、ますます東京のガストロノミーを牽引する3人の料理長に、引き続き注目し、応援していきたいです。