卓球女子シングルス金メダルの陳夢よりも中国人を喜ばせた? 日本では無名のテニス女子選手の快挙
8月3日、パリ五輪・卓球女子シングルス3位決定戦が行われ、日本の早田ひな選手が韓国のシン・ユビン選手に勝利した。
けがを負った早田選手が、日本の女子シングルス史上3人目の銅メダルに輝いたことで日本中が歓喜に沸いたが、同日夜、行われた同決勝戦は、中国の陳夢選手と孫穎莎選手が対決。陳選手が勝ち、前回の東京五輪に続き、2大会連続での金メダルを獲得した。
「金メダル確実」と目されていたエースで世界ランク1位の孫選手はまさかの敗退、銀メダルに終わった。
陳選手は「このメダルには本当に価値があると思う。東京五輪のあと、ケガなどに苦しんだが、本当によかった。このあとの団体戦でもいい試合をしたい」と語り、30歳でつかんだ勝利をかみしめた。
ベテランの陳選手の勝利は、SNSで「同世代の女性も励まされる。陳夢がまたひとつ、大きな夢をつかんだ」などと沸いた。
卓球が正式に五輪に採用された1988年のソウル五輪以後、中国は同種目で不動の10連覇。2連覇を果たしたのは陳夢選手を含めて3人目となる。中国の有名俳優で、陳夢選手の親戚にあたる黄暁明氏はSNSに「おめでとう。本当に感動した。紅包(ホンバオ=お祝い、お小遣い)を送ったよ」と書き込んで祝福した。
これに中国のウェイボーなどSNSが反応。ウェイボーの検索ランキングで、黄氏のコメントなどが上位にランクインし、多くの人々が陳選手と、惜しくも敗れた孫選手の健闘をたたえた。
だが、同日深夜(日本時間の8月4日)、テニス女子シングルスの結果が判明すると、話題は一気にそちらに移った。優勝したのは中国代表の鄭欽文選手だったからだ。
テニスの英才教育を受けた選手
日本ではほぼ無名の選手といえるが、中国では若手のホープとして注目されていた。鄭選手は内陸部の湖北省で2002年に生まれた21歳。
8歳のとき、練習のために省都の武漢市に移り、その後、さらに一流の指導が受けられる環境をもとめて北京へ。北京で練習を積み、19年、母親とともにスペイン・バルセロナに移住して、世界を目指した。
天性の才能や体格に加え、恵まれたテニス環境を与えられ、めきめきと頭角をあらわし、24年の全豪オープン女子シングルスでは準優勝を果たすなど、期待が高まっていた。中国のSNSでは、「まさか、卓球だけでなくテニスでも中国から金メダリストが出るとは。本当にすばらしい」などの声が上がっており、連続の快挙に沸いている。