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旧統一教会との断絶を宣言した岸田総理はそれを選挙で公約にせよ

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(668)

長月某日

 政治の世界では負けていると思わせて、それを梃子に勝つということがある。例えば小泉総理は郵政民営化法案の成立を最重要課題としたが、しかし自民党内にも反対派が多数いて成立は極めて困難だった。

 自民党の反対派は野党と一緒になって法案の廃案を目指す。法案は衆議院をわずか5票差で通過したが、参議院では否決された。参議院で否決されれば法案は廃案になる。これで小泉政権は万事休すと思われた。

 この窮地を脱するには解散を打つしかないが、解散すれば自民党は分裂する。まさかそこまではやれないだろうと反対派は高をくくっていた。ところが小泉総理が狙っていたのはそのまさかの自民党分裂だった。

 小泉総理の念頭にあったのは、1952年にサンフランシスコ講和条約で日本が独立を果たした直後に吉田茂が断行した「抜き打ち解散」である。

 まだ自民党の前身の自由党の時代の話だが、自由党の中には、防衛を米国に委ねて自前の軍隊を持たない考えの吉田グループと、日本は再軍備して自立すべきと考える鳩山一郎のグループが存在して対立していた。

 その対立に決着をつけるべく、吉田は突然衆議院を解散し、同じ自由党から異なる主張の候補者が出馬する分裂選挙を仕掛けた。結果は吉田グループが多数を制し、それによって日本は、米国から自立するのではなく、従属して経済に力を入れる吉田の路線が基本になった。

 鳩山は岸信介らと自由党を離脱して日本民主党を結成し、それが1955年に再び自由党と合流して自由民主党が誕生する。小泉総理は半世紀以上を経てこの分裂選挙を真似した。国会で否決されるのは承知のうえで、それを利用して分裂選挙を仕掛けたのである。

 「国会では否決されたが国民に聞いてみたい」と小泉総理は言い、成立に政治生命をかける覚悟を国民に示し、次に郵政民営化反対派の自民党議員を公認せず、「刺客」を送って落選させる「劇場型選挙」に打って出た。

 国民は郵政民営化法案の中身など関係なく、背水の陣を敷いた小泉総理を応援する気持ちにさせられた。結果は各政党がみな議席を減らしたのに対し、自民党は84議席も増やす大勝利となった。

 野党第一党の民主党の岡田克也代表は選挙前に「自民党が分裂選挙になれば我々は漁夫の利を得る」と楽観的見通しを語ったが、64議席も減らす大惨敗となり、代表を辞任する羽目になった。

 フーテンは郵政民営化に賛成しているわけではない。むしろ反対だ。ただ政治とはどういうものかを理解してもらうために紹介した。なぜかと言えば、岸田政権が安倍元総理の国葬問題と旧統一教会と自民党との癒着問題で支持率を急落させ、窮地に陥っている。

 特に9月17,18日に行われた毎日新聞の調査では、支持率が30%を割り込み「危険水域」と報道された。岸田総理はこの窮地をどうやって脱するか、解散に打って出ることがあるのか、それを考えてみたいと思った。

 9月27日の国葬が終わると、10月3日から臨時国会が始まる。野党はここで旧統一教会と自民党の癒着問題を徹底的に追及することになる。この問題は1988年に発覚した「リクルート事件」と類似性が指摘されている。

 「リクルート事件」とは、新興企業のリクルート社が、自民党の政治家を中心に幅広く未公開株を譲渡していた問題で、その株が値上がり確実であったことから、「濡れ手で粟」と批判された。

 譲渡された政治家の名前が、国会で消費税法案が審議されているのと並行して次々に出てきた。野党にとっては格好の攻撃材料である。ついには東京地検特捜部が捜査に乗り出す一大疑獄事件に発展した。

 旧統一教会と自民党との癒着が疑獄事件になるという訳ではない。しかし旧統一教会の影響力が自民党内に幅広く浸透しているところがリクルート事件と似ている。従って癒着の実態が次々に出てくると、岸田政権の支持率は今後も下がり続けることになる。

 リクルート事件では、竹下政権の支持率が「消費税率並み」の3.9%にまで落ち込んだ。盤石な体制だった竹下政権は翌89年に退陣に追い込まれた。従って岸田総理はそうなる前に解散・総選挙に打って出て、状況をリセットした方が良いというのが一つの意見である。

 選挙で自民党は数を減らすだろうが、野党は選挙の準備がないから政権交代にはならない。しかもこの臨時国会では、1票の格差を是正する「10増10減」の公職選挙法改正をやらなければならない。対象となる議員の抵抗で難航が予想される。それより前に解散すれば、従来の区割りのままで選挙が出来るのでその方が良いという意見だ。

 その選挙を経れば自民党は禊を済ませたことになり、岸田総理は腰を落ち着けて政権運営に当たることができる。そして選挙は、旧統一教会と関係ある議員の多い安倍派に不利になり、自民党内の派閥力学が変化して、現在第4派閥の岸田派にとっては有利になる可能性がある。

 これに対してそんなことはやる必要がないという意見もある。まず岸田総理はどれほど支持率を下げても、3年間は国政選挙がない。党内で総理を引きずり降ろす動きが出るのは、「この総理では次の選挙に勝てない」と思われるからだ。選挙がなければ引きずり降ろす必要もない。

 来年春には統一地方選挙があるが、国政に影響する東京都知事選挙や都議選はない。だからここはじっと耐えて国民が旧統一教会問題を忘れてもらうのを待つ。しかしいつまでも低支持率でいる訳にもいかない。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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