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音楽の都が実は「北朝鮮の密輸・スパイ拠点」という不似合いな組み合わせ

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
ウィーンの北朝鮮大使館(白い壁、黄色の窓枠の建物)=筆者撮影

 米ブルームバーグ通信が今月5日、オーストリアの首都ウィーンが、北朝鮮の密輸とスパイ活動の「核心ルート」であると報じた。北朝鮮は国連制裁によって武器やぜいたく品などの輸入を禁じられているため、ウィーンを拠点にした水面下の活動によって、こうした物資を調達しているという指摘だ。

◇金正恩氏乗車のケーブルカーも密輸

 ブルームバーグ通信は、北朝鮮のスパイ活動を熟知しているという欧米情報当局者の話として伝えた。

 それによると、欧州では北朝鮮の国家保衛省(秘密警察・情報機関)の要員が最低でも10人は派遣され、うち少なくとも1人がウィーン郊外で定期的に活動しているという。国家保衛省の要員は一般に、欧州各地にある北朝鮮大使館や館員の動きを監視する役目とみられる。

 同通信によると、国家保衛省の要員は、北朝鮮で必要とされる物資を調達する役割も担っているとしている。特に、拳銃などの武器やぜいたく品の密輸も保衛省の要員がウィーンを通じて北朝鮮に持ち込んでいるというのだ。

 具体的には、3回目の南北首脳会談(2018年9月)の際、金正恩朝鮮労働党委員長と文在寅・韓国大統領らが白頭山の天池(頂上のカルデラ湖)に移動する際に使ったケーブルカーも、こうした密輸によって北朝鮮に持ち込まれたとされる。

◇大使館で再梱包

 ウィーンを舞台にした北朝鮮外交官らによる密輸は、過去にも繰り返し指摘されてきた。古くは、金日成国家主席と金正日総書記の時代に計20年間、秘密活動に従事した朝鮮人民軍の元大佐、金正律氏の証言が有名だ。

 金正律氏は1970~90年代、外交旅券で何度も欧州に出張し、スパイ道具や武器、小型航空機、高級車などを調達していた。「銀行の秘匿性が高く、貿易規制や空港管理が比較的緩い」との判断から、ウィーンを拠点にしたという。

 オーストリアやスイス、ドイツ、フランスなどの中小企業との取引を通じて必要な物資を調達し、ウィーンの北朝鮮大使館で梱包し直したあと偽造した書類をつけ、あらかじめ買収しておいた現地の税関職員らの協力を受けて北朝鮮に送っていたそうだ。

 金正律氏は1994年に北朝鮮との関係を断ってオーストリアでの潜伏生活を始め、2010年になってようやく物資調達などについて証言するようになった。

 こうした制裁逃れは最近も摘発され、オーストリア当局が北朝鮮大使館関連のコンテナから医薬品やワインなどの酒類を押収している。ブルームバーグ通信は「北朝鮮では今年、新型コロナウイルスや自然災害によって経済状況が悪化したため、密輸への依存度がさらに高まっている」と分析している。

◇欧州工作の経済的拠点

 在オーストリア北朝鮮大使館はウィーンの名所、シェーンブルン宮殿に近い閑静な住宅街にある。付近にはチェコやアルメニアの大使館もある。

 大使館の建物には朝鮮語で「朝鮮民主主義人民共和国」の表記があり、正門近くには金委員長の公開活動を撮った写真などが展示されている。敷地は在中国北朝鮮大使館の10分の1程度。

 オーストリアは第2次世界大戦の末期にナチス・ドイツの支配から解放され、戦後は米英仏ソの連合国4カ国によって分割統治された。このころからウィーンで世界各国がスパイ活動をするようになったそうだ。1955年に分割統治が終わり、オーストリアが永世中立国を宣言したあとは、各国がオーストリアで活動しやすい状態となった。地理的にも東欧と西欧の接点だったということもあり、ウィーンにスパイが送られるようになった。オーストリア政府も、自国の国益を損なわない限り、外国スパイの活動を禁止してこなかったという経緯がある。

 北朝鮮の駐オーストリア大使には、金王朝の親族でありながらも疎外されてきた金光燮氏が27年間務めてきたが、今年3月に帰還となった。後任には北朝鮮屈指の「米国通」で外務省北米局副局長だった崔強一氏が着任している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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