ウィシュマさん監視カメラ映像の上映決まる 第5回口頭弁論では新たな争点も
名古屋出入国在留管理局(名古屋入管)で2021年3月、スリランカ人女性のウィシュマ・サンダマリさん=当時33歳=が収容中に死亡した事件を巡り、遺族が国を相手に損害賠償を求めて提訴した裁判の第5回口頭弁論が2月15日、名古屋地裁で開かれた。
焦点となっていた収容中のウィシュマさんの様子を記録した約5時間分の監視カメラ映像について、弁論後に非公開の進行協議が開かれ、今後の公開法廷で大型モニターなどを使って上映されることが決まった。ウィシュマさんの着替え部分など一部を除いて原則公開となり、日程を含めて来月にかけての進行協議で詳細が詰められる。
記者会見したウィシュマさんの妹のワヨミさんとポールニマさんは「やっと5時間の上映が決まってよかった」「関心を持ってくれた皆さんのおかげ」などと安堵した様子を見せた。一方で「残りの290時間分も上映されるように頑張りたい」と話し、真相解明のために全映像の開示を求める姿勢をあらためて示した。
「職員が暴行受ける」などの国側意見は一蹴
被告の国側はこの日の弁論に先立ち、2月13日付で裁判所に意見書を提出していた。
国側は「保安上の支障が生じる」などの理由で映像上映に抵抗。具体的には、収容された外国人が他の外国人との間でできる行動や、対応する入管職員の数や動きが分かってしまうといった例を挙げた。それによって被収容者の逃走や自殺、施設内での不正行為などに利用されると主張した。
また、今回の映像は職員の姿をマスキングしているが、音声が流れれば職員が特定される恐れもあるとし、職員が特定されれば「当該職員が身柄の拘束を受けたり、暴行を受けたりするなどの身体等の安全を脅かされる蓋然(がいぜん)性がある」という。
しかし、入管の収容施設内の様子はこれまでも断片的に公開されている。2014年に東日本入国管理センター(茨城県牛久市)で収容中のカメルーン人男性が死亡した事件では、収容中のビデオ映像が2019年の法廷で上映された。また、今回は法廷外でも名古屋地裁での閲覧手続きを経れば誰でも映像を視聴できる状態になっており、既に複数のメディアがその内容についてイラストなどを付けて報じている。
国側はさらに、ビデオの公開がウィシュマさんの「名誉・尊厳を侵害しかねない」とも主張する。ウィシュマさんが嘔吐や失禁をしたとうかがわれる場面や、死亡当日までの場面が記録されているからだという。しかし、ウィシュマさんをそうした状況下に置いた国側が名誉や尊厳を言い出すのは、違和感を覚えざるを得ないだろう。
遺族側の弁護団によれば、進行協議で裁判長は国側の意見書について「ぜんぜん気にかけず」にビデオ上映を決め、国側も反論や異議は出さずに従うことになった。
賠償額の算定、スリランカ基準は「差別」となるか
この日の法廷では、もう一つの「名誉や尊厳」に関わるようなテーマも争点になった。
国側は昨年7月の第2回弁論に合わせて提出した準備書面で、損害賠償として求められている逸失利益や慰謝料について、本来ならウィシュマさんは母国のスリランカに送還され、母国で就労するはずだったため「スリランカにおける賃金水準や物価水準に基づいて算定されるべき」だなどと主張した。
これに対して、遺族側は準備書面を用意して反論。憲法や国際条約に照らし、外国人であることや生活基盤、経済状況で金額に差異を設けてはならないとして、現状の日本基準での算定が妥当だとする。法廷の意見陳述では、ワヨミさんが「(国の主張は)大変な不正義だし、明らかな差別。人の苦しみや悲しみの深さは、金持ちと貧乏な人で違うのですか? 国籍によって、安い命と大切な命が分けられるのですか?」と訴えた。
ただし、原告弁護団も過去の判例は主に外国人の労災事故を扱ったもので、今回の国賠訴訟には当てはまらないとしながら、事実認定などの面で実際には外国人にとって「不利に働くことがあり得ても、有利に働くことは想定し難い」「加害者が支払うべき損害賠償額が安く抑えられてきた」ものだと認める。
また、前述のカメルーン人男性遺族の国賠訴訟では、昨年9月に国の責任を認める水戸地裁判決が出たものの、賠償額は遺族側が請求した1000万円に対し、判決では慰謝料の一部165万円にとどまっている。
今回、ウィシュマさんの遺族側が求める約1億5000万円という賠償額は、国側の抵抗の大きさも含めて極めて高いハードルになっているとは言えるだろう。
医療措置巡り国が新たな反論、原告側徹底抗戦へ
この日は国側が用意した新たな準備書面についても攻防が繰り広げられた。
国側は前回の弁論に合わせ、ウィシュマさんの死因に触れた病理鑑定書が信用性に欠けると指摘する第3準備書面を提出。その死因については本来、原告側が主張・立証すべきだとしつつ、国側はさらに「詳細な反論・反証をする予定」と記していた。
今回提出された第4準備書面はそれに連続するものと受け止められるが、全体的には当時のウィシュマさんの症状や各種検査結果に対して、入管の対応が間違っていなかったという従来の主張を繰り返している。
しかし、症状や検査結果が命にかかわる重大なものでなかったとする証拠として参照するのは、市販の医学書や学会のガイドラインなどばかりだ。
弁論で原告代理人の川口直也弁護士は「(もっと詳細に検証した)専門家の意見を出すのか。真相究明のために積極的に国の考えや証拠を出すつもりはあるのか」と投げ掛けたが、国側は「民事訴訟の主張・立証の手続きに応じて検討する」などとはぐらかした。
この第4準備書面については、原告側弁護団もこれから精査するというが、記者会見で駒井知会弁護士は「(尿検査で飢餓状態を示す数値が出ていたほどの)非常に深刻な状態であったウィシュマさんについて、『直ちに血液検査を実施したり、外部の施設において点滴を受けさせるように名古屋入管の職員に指示すべき場合であったとまでは認められない』などと書かれている、とんでもない内容。確実に私たちの反論で国の考え方は否定できると思っており、この点は強く戦いたい」と述べた。
次回の弁論は5月10日の予定。