子どもが変われば社会も変わる。地域の農業と食文化を伝える食育の仕事
最近、「◯育」という言葉が増えていると感じます。
木育、火育、花育、色育、服育……と、様々なものを目にしますが、「◯育」ブームのきっかけとなったのは、2005年成立の「食育基本法」でしょう。
私は「食育」について、「教育や子育て業界のトレンド」、「子供に健康的な食習慣や、食文化などを教えること」――、そんなイメージしか持ちあわせていませんでした。しかし食育基本法に当たってみると次のような文言があり、教育現場に限らず大人も対象であることが分かります。
全国民が対象とは言え、身についた食習慣を大人になってから変えるのは難しいし、健康状態が悪化してからでは手遅れです。それ故、この法律の中でも幼児期からの食育が重要視されています。
この食育を職業とし、地域の子供たちに何をどう伝えるかを模索している人がいます。2016年春に神奈川県の小学校教員を辞めて徳島県にUターンし、同県の神山町で働く樋口明日香さんです。
食育の実践内容、学校の先生という経験が役立っていること、仕事を通じて得られる喜びなどについて聞きました。
保育園や学校での活動で「地産地食」を根付かせていく仕事
前回の記事で、神山町で農業に取り組む白桃さんと松本さんを紹介しました。樋口さんは彼らと同じフードハブ・プロジェクトで、「食育部門」を担当しています。
【参考】
地域の農業と食文化を次世代につなぐことを目的に設立され、「地産地食」を合言葉に「育てる部門」「食べる部門」「食育部門」の3つの取り組みをする株式会社フードハブ・プロジェクト。詳細はこちらの記事をご覧ください。
神山町の保育園や学校の先生たちと相談をしながら「食育」のプログラムを作り、その実施をサポートし、「地産地食」(※)を地域に根付かせていくことが樋口さんの仕事です。
(※「地産地食」は地域で育てたものを、地域で一緒に食べるという、フードハブ・プロジェクトの軸となる考え方)
今年で3年目を迎え、さまざまな実践例が積み上がってきていますが、「この学年はこれをやる」と固定化するのではなく、その年の担任の先生の意向を踏まえて柔軟に、というのが樋口さんの考えです(こちらのブログに、各学年での活動内容が詳しく紹介されています→畑や田んぼが「みんなの居場所」になるまで)。
小学生と高校生が一緒に給食作り
これまでの活動の中には、小学生と高校生が学校の枠を超えて一緒に取り組むものもありました。それは、小学3、4年生と徳島県立城西高等学校神山分校 生活科の3年生による「神山給食プロジェクト」です。
ミッションは、2017年11月に高校を会場に行われたイベントの昼食として「神山らしい給食」を作ること。
まず小学生が、色々な人へのインタビューを踏まえて献立のアイデアを出し、地域の給食センターの管理栄養士の方に食材のバランスや組み合わせなどのアドバイスをもらって1食分のメニューを決定しました。
レシピを作成したのは、フードハブ・プロジェクトの食堂「かま屋」の細井料理長です。それを元に高校生が試作、小学生と試食した上で、イベント当日、高校の調理室で町内外からの参加者も一緒に調理して食べるという活動が行われました。
先生の「やりたいけど無理」を、外から手を貸すことでできるように
学校という枠を超えて小学生と高校生がひとつのことに取り組むなんて、なんとも素敵なプロジェクトですが、調整ごとも多くて大変だったはず。
「大変だったけれど、このプロジェクトは特に高校生にとって、とても良かった」と樋口さん。
「高校生は普段、年下の子に『お姉さん』と呼ばれて嬉しい、楽しい、という経験があまりないんですよ。だから小学生と一緒に、ということで一気にやる気になって、『(小学生が一生懸命考えた献立だから)本気でやらなあかん!』と目の色が変わりました。そんな瞬間を見られるのは、とても嬉しいことですね」
他にも大掛かりな活動として、小学校5年生のもち米作りがあります。これは、フードハブ・プロジェクトの農業指導長である白桃茂さんが20年来続けてきたもち米づくりの授業がベースになっています。今は田植えだけでなく種まきから行い、収穫後はその種を下級生に引き継ぐというところまでやるようになりました。また、稲わらや“ぬか”は2年生の野菜作りにも利用しています。
種を下級生に引き継いでいくという緊張感とともに米の成長を見守る――。その活動は、子どもたちの関心や真剣味を大いに引き出すでしょう。でも、ただでさえ忙しい先生たちがその準備をし、限られた授業時間の中に取り込んでいくのはなかなか大変です。かつて小学校の先生をしていた樋口さんには、その大変さがよくわかります。だからこそ、学校外から関わる意味があるのだと言います。
「私自身を振り返っても、先生って『子どもたちのためにやりたいけど、ちょっと1人じゃ無理』みたいな活動がたくさんあって、色々な制限の中で泣く泣く諦めることが多いんですよ。だから、先生たちが『こんなことやりたい』と考えた時に、ちょっと手を貸せるような身近な存在になりたいんです」
実際、食育を始めてから3年目になる今では、先生方から色々な希望が出てくるようになってきたそうです。
食の大切さ、楽しさに目ざめ、学校を離れることを決意
樋口さんの話を聞いていると、今の仕事は正に適材適所という印象を受けますが、最初からそのつもりで徳島にUターンしたのではなかったそう。
教員の仕事が好きで14年続けたにもかかわらず、それを辞めて故郷に戻って来たのは、食の大切さや楽しさを共有できる場所を作りたいという思いが募った結果でした。
「10年ほど前、同僚の影響で食事と健康に興味がわいて、色々調べるようになったんです。私は肉が苦手で全然食べられない時期もあったので、野菜中心で美味しいものを作る料理教室を探し、出会ったのが『白崎茶会』という教室でした。なぜこの食材を使うのか、なぜそれを食べるのか、白崎先生が話してくれることがすごく面白くて衝撃を受け、すっかりハマってしまったんです」
白崎裕子さんの「『日々の選択』が家庭を変え、地域を変え、社会を変えていく」という教えを受け、学校でも実践できないかと考えた樋口さんは、地域の給食の担当者が集まる会に参加してみて、無力感を感じたといいます。
「給食の献立って、パンとスパゲティミートソースと缶詰のフルーツポンチと牛乳、みたいな感じなんですよね。パン食が中心だと外国産小麦のポストハーベストの問題も気になるし、『ご飯食と味噌汁のようなメニューに変えられないんですか?』と聞いたら、栄養士さんが『子どもたちは頑張って学校に来ているんだから、たまにはご褒美的なメニューにしてあげた方がいい。その方が食べてくれる』と。子どもが喜ぶメニュー、食べやすいメニューにすればいい、ってプロが言うことなのかな……、とその時はショックを受けました。でも、保護者も『子どもが食べやすいものがいい』という考えの人が多いんです」
学校の食のあり方を変えていくのは難しいと感じた樋口さんは、思いの通じる人と食の楽しさをシェアするような活動をしたいと考えるようになりました。そして、白崎茶会のパンのレシピを教えることのできる「パン先生」に認定されたのを機に、教員を辞めて故郷に帰ったのです。
「自宅でパン教室をしながら、どこかで週4日くらい働けたら」と考えていた樋口さんが最初に見つけたのは、神山町にある宿泊施設の求人でした。
「それまで神山町には来たことがなくて、すごく田舎というイメージでした。ただ、移住者があちこちでお店を立ち上げているということは聞いていました。『オーガニックの町を目指す』みたいな言葉もあって、ちょうどオーガニックのパン教室をやりたいと考えていたから、勉強になるし人ともつながれそうでいいな、と思って応募したんです。ところが、もう他の人が決まっていて、『フードハブっていうのがあるんだけど』と紹介してもらったのが、フードハブ・プロジェクトと関わるようになったきっかけです」
そうやって、立ち上がったばかりのフードハブ・プロジェクトに出会った樋口さんは、そのコンセプトに共感し、やがてその一員として働くようになったのでした。
目の前の子どもたちのことに力を注ぐ。子どもたちが変化すれば、周りの大人や社会が変わる可能性も
今、樋口さんが一番苦心しているのは、高校のカリキュラムづくりの仕事です。先程出てきた高校(神山分校)が2019年に城西高校神山校と名前を変え、現在の造園土木科と生活科から「地域創生類」の中に「環境デザインコース」と「食農プロデュースコース」を設置する学科改編を行うのです。
食農プロデュースコースの説明には「食と農業を次世代につなぐ知識や技能の習得を目指す」とあります。同様のコンセプトを持つフードハブ・プロジェクトと一緒に何かやれそうだと、樋口さんがガッツリと入り込んでカリキュラムの検討をしているところなのです。
学校の中で働いていた時は、文部科学省の決めたカリキュラムという大きな枠組みがあると同時にクラスの中では自分の裁量もあって、そのバランスが樋口さんにはとてもやりやすかったそうです。しかし、フードハブ・プロジェクトの食育にはガイドラインも決められた目標もなく、何をやるか自分で発案して動き出さない限り何も始まりません。そんな働き方や組織文化の違いに戸惑いつつも、樋口さんの日々はとても充実しているようです。
「最近本当に思うんですけど、私、子どもたちのリアルな反応を見るのが一番面白いんですよ。一瞬でも子どもたちが喜んでくれるなら、2〜3日なにかを考え尽くすようなことは全然苦になりません。まあ、そんなに上手くいかないことの方が多いですけど(笑)」
フードハブ・プロジェクトが抱える大きな理念に共感しつつも、自分自身が直接社会を変えよう、という思いは強くないという樋口さん。でも、子どもとの関わりが周りの大人や社会にもきっと良い影響を与えるという確信もあります。
「やっぱり私が頑張れるのは、子どものキラキラしている瞬間に立ち会える喜びがあるからなんです。子どもが変わると、周りにいる人たちも嬉しくて頑張ろうって思うし、先生やお家の人も私たちのやっていることに興味を持ったり、他の場所でもこういうことをやってみようと思ってくれるかもしれません。そうすると、学校や町も変わっていく可能性がありますよね。だから、私はあくまで目の前の子どもたちのことに力を注ぎたい。それが結果として社会を変えることになるんなら、それもいいと思っています」
樋口さんのケースからは、学校の先生という経験を持った人が学校の外でも大いに力を発揮する可能性があること、フードハブ・プロジェクトの食育の取り組みが、神山町だけでなく様々な地域でもヒントになりそうだということを感じました。