自分の成長が止まったら次へ。新たなステージを求めた料理人の「町の食堂」における挑戦
人口5,500人の小さな町で、平日も週末も多くの人で賑わう食堂があります。
それは、2017年3月に徳島県神山町にオープンした「かま屋」です。その1年前に東京から移住して店を立ち上げ、地域の畑で採れる食材を使った日替わりメニューを考え、スタッフを率いて腕を振るうのが、料理長の細井恵子さんです。
東京や京都のカフェやレストランで料理人としてのキャリアを重ねてきた細井さんが地方の田舎町にやってきた理由や、創造性を試される仕事の中身、やりがいについて聞きました。
地域の食材で、難しくはないけれど家では食べられない味の食事を出す
「かま屋」を運営するのは、株式会社フードハブ・プロジェクト。地域の農業と食文化を次世代につなぐことを目的に設立された会社で、「地産地食」を合言葉に「育てる部門」「食べる部門」「食育部門」の3部門が活動しています。
※フードハブ・プロジェクトについて、詳しくはこちらの記事を参照
昨今、「農業の6次産業化」といって、農産物を生産する1次産業だけでなく、食品加工(2次産業)、流通・販売(3次産業)まで一貫して取り組むことで農産物の付加価値を高め、農家や地域の収入や持続可能性を高めることが推奨されています。フードハブ・プロジェクトも6次産業化の一例ですが、特徴的なのは都会ではなく、地元で消費されるための食事や商品を提供しているという点です。
「かま屋」では昼と夜に定食を出しており、その内容は、ご飯と味噌汁、日替わりの主菜と副菜3品、週替りのサラダ、それに手作りのふりかけと佃煮なども付くという盛りだくさんなもの。店の営業日は週5日となっていますが、イベントなどで無休の月もあったりするので、細井さんは毎月200種類以上ものおかずの内容を考えています。それだけでも感心してしまいますが、地元の食材をいかに使うかが細井さんの腕の見せどころです。
「冬場は大根、白菜、じゃがいも、玉ねぎくらいしかない……みたいなときもあるんです。神山のものだけではどうしても足りないというときは、徳島県内の有機農家さんのものを使ったりはしますけど、『色味が足りないから他のところのトマトを使おう』みたいな妥協を始めると東京でやっているのと変わらなくなっちゃうから、自分としてもかなり追い込んで考えてきましたね。日本のお店で、ここまで突き詰めてやっているところは他にないんじゃないかと思うくらい。
でも、頭をひねってみればなんとかなるというか、『こんな食べ方もあるんだ』というのが自分でも勉強になるし、それが気に入って食べに来てくれる人もいるんですよ」
それにしても、限られた食材で毎日違うメニューを考えるというのは、本当に大変そうです。曜日ごとのメニューを考えて、毎週同じものを出すようなことは考えなかったんですか? と聞くと、「考えなかった。だって、飽きるでしょう?」という返事が。たまにしか来ないお客さんなら先週と同じメニューでも問題ないはずですが、目指しているのは「毎日来ても楽しめるような食堂」なのです。
「基本的には、(調理方法などで)そんなに難しいことはしてなくて。絶対的に大事なのは、必ず神山の食材を中心に使うことと、美味しいこと。家で食べるご飯と同じようなメニューなんだけど、家で食べられない味、そういうのを意識しています」
「うどんも出して」と言われても、決めたスタイルをつらぬいて見えてきたもの
「地域の食材で、家では食べられない美味しいものを」と頑張っていても、町の人の評価が最初から良かったわけではありませんでした。
「ここには、大阪や東京からわざわざ来てくださる方もいて、『こういうところってありそうでない』とか、『会社の近くにあったら毎日通う』とか、絶賛してくれることも多いんです。
でも神山の人は、『野菜ばっかりだね』とか『メニュー1種類だけ?』とか『うどんもないな』とか、そういう反応も最初は多くて。オープンした当初は、ちょっとくじけそうになるわけですよ。でも、みんなが言うことをやっていったら、結局他の店と変わらなくなっちゃう。最初は何をやったって賛否両論出るものだから、『うどん、うどん』と皆さんに言われても絶対やらないと決めて、このスタイルをしっかり根付かせることを目指しました」
日替わり定食を1種類というスタイルを貫いているうちに、1年経ったら「他のメニューも」と言われるようなことはほとんどなくなりました。
「かま屋に来たことがないのに、あの店はどうだ、とか言っていた人もいます。そういう人には他のお客さんが、『あんた、そんなこと言ってるけど、食べたことあるの? 1回でもいいから行ってみなさいよ』って言ってくださったようなこともあったんですよ」
今では地元のお客さんも応援してくれる「かま屋」ですが、細井さんはつい最近まで、自分たちのやっていることの意味を感じられる余裕もない状態だったようです。
「忙しすぎたこともあって、『私、何をやってるんだろう』と思うこともあったんです。だけどこの間初めて、すごく達成感を感じたんですよね。
私たちが作った日本酒の試飲会のイベントをやったときのことです。普段あまりお店に来ないような人たちも含めて老若男女、たくさん町の人が集まって、(日本酒という)ひとつのものにみんなの意識が向いて、笑顔でいられる場が作れた。フードハブ・プロジェクトに参加してからの一発目の集大成のように感じられて、すごく嬉しかったんです」
そんな経験があってあらためて感じる仕事の喜びを、細井さんは次のように語りました。
「別に手のこんだ料理を作っているわけではないけれど、私たちがやっていることってすごく贅沢だな、と感じています。畑で採ったばかりの野菜を使えるというのもそうだし、お肉もお魚も調味料も、作っている人の顔が見えるものを選んで、生産者の方たちと対話をしながら作れるというのは、なかなかないことなんです。そういうことを、お客さんにも話したり。なんだか人との距離が近くなった気がしますね」
一緒に働いてみたいと思う人がいたから、ここに来た
ここまでのお話を聞くと、「かま屋」が当初のコンセプトをきちんと具現化し、かつ人気を博しているのは細井さんあってのことだと感じます。そんな細井さんは、そもそもなぜ神山町にやってきたのでしょうか?
以前はカフェやレストランを運営する会社に所属し、パンやスイーツの商品開発をしたり、カフェやレストランのキッチンで仕事をしてきたという細井さん。フードハブ・プロジェクトの支配人(COO)の真鍋さんとは元同僚で、神山町の真鍋さん宅に友人が集まる機会に料理を作ったり、それが縁で「WEEK神山」という新しい宿泊施設ができるときに料理のディレクションを手伝ったりと、以前から神山町との関わりはあったそうです。
こちらに来る決断の決め手は? と聞くと「一緒に働いてみたいな、と思う人がいたからでしょうね」というのが細井さんの答えでした。
「『WEEK神山』の立ち上げのときに料理のディレクターをお願いできないか、と言ってくれたのが西村佳哲さん(※)だったんですけど、あの有名な西村さんが普通に自転車に乗ってる、そんな町が面白そうに見えたんですよね。
(※筆者注:西村さんは『自分のしごとをつくる』等のベストセラーの著述家であり、今は神山町に移住し、地方創生計画などに深く関わる町のキーパーソンのおひとりです)
真鍋も、同じ会社だったときにはあまり仕事の絡みはなかったんですけど、彼がやっていた食のイベントをお手伝いしたりすることがあって、関係性が続いていました。ちょうど前の会社を辞めようと考えていたとき、当時は他の会社さんからもお話をいただいていて、そちらに行こうかなと思っていたんですけど、真鍋から『フードハブ・プロジェクトを立ち上げるから、手伝ってほしい』と言われて、一緒にやってみるか、という感じで決めました」
自分が成長していない気がしてモヤモヤするようになったら環境を変えてみる
今回はたまたま転職しようとしていたときとフードハブ・プロジェクト立ち上げのタイミングが合ったということですが、細井さんが職場を変えようと思うのはどんなときなのでしょうか。
「同じ会社で働いている間にもお店を転々としていて、それはその時その時の流れで、あんまり深くは考えていないんですよ。ただ、ある程度同じところで長くやっていると、自分が成長していない気がして、なんだかモヤモヤするんですよね。その場ではモヤモヤをどうしようもなくなったときは、環境を変えるのが一番手っ取り早いから、上司に相談して他の店に行かせてもらったりしていました」
慣れた職場で苦もなく仕事を続けるよりも、常に新しい挑戦をし、変化し続けていたいというのが細井さんの原動力のようだ。
そんな細井さんだから、一緒に働くスタッフにも成長が求められる。
「今やっている仕事って、いつ自分がいなくなっても大丈夫なようにする、ということなんだと思います。私がやっている中でも根本的な部分は、誰かに引き継いでおきたい。それは自分が辞めるためというわけではなくて、例えば急に事故にあったりするかもしれないし、何があるか分からないから。
誰かがいなくなったら動けなくなるような会社よりも、ひとり欠けても『全然だいじょうぶ』みたいな会社の方が私は健全だと思っているんです」
食べることは生きること。食べる人が日常的に食について考えられる状況を
「かま屋」はまだまだ細井さんの力を必要としている段階のようですが、もし次に進む時期が来たら? 細井さんは「自然に任せる」と言いますが、「食」に対する思いには深いものがあります。
特に細井さんが気になっているのは、消費者側の食のリテラシーの問題です。
「食品に関係する事故があると、作っている側の責任にばかり目が向く状況があると感じています。食べることは生きることなのに、自分や子供が食べたり飲んだりするものを、みんなはどのくらい責任を持って選んでいるんだろう、と思うんですよ。
もちろん、忙しくて気にしていられないということもあるでしょう。でも、日本の自給率のことなんかも考えると、これは変えていかなければいけない。まずはこの神山だけでも、日常的に食べることについて考えられるような状態が生まれていくといいですよね」
さらに、「フレンチやイタリアンのような海外の食に目を向けがちだけれど、47都道府県それぞれにある郷土料理にもっと興味を持ってほしい」とも。
これからも、私たちが気づいていない「日本の食事」の魅力を、細井さんなりの方法で教えてもらえたら嬉しいな、と感じました。
(写真はすべて筆者撮影)