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映画は世界とつながることができる…吉田奈津美監督がトラン・アン・ユン監督の授業で受け取ったものとは?

壬生智裕映画ライター
『浮かぶ』は6月17日よりポレポレ東中野にてレイトショー(写真:配給提供)

今年2月にアップリンク吉祥寺で上映され、満席の回が続出。延長上映も盛況だった新鋭・吉田奈津美監督の長編デビュー作『浮かぶ』が6月17日よりポレポレ東中野にて再上映となる。

初監督作となる短編『ひとひら』で、The 5th Asia University Film Festival 審査員特別賞受賞、そのほか多数映画祭受賞の実績を残した吉田監督が、神秘的な林と、閉塞的な田舎の町で生きる二人の姉妹、そして二人を見守る少年。それぞれが抱えている葛藤や苦しみを、丁寧に見つめた作品となる。そこで今回は、『浮かぶ』が生み出された経緯、そして映画をつくり続ける理由、さらには今冬に撮影が予定されている新作『何をそんなに慎ましく』についても聞いた。

『浮かぶ』

監督:吉田奈津美

出演:田中なつ、芋生悠、諏訪珠理ほか

配給・宣伝:MOEWE

2023年6月17日(土)より ポレポレ東中野にて1週間レイトショー

■映画館で上映するのが使命だった

——2月に上映されて、満席の回が続出した『浮かぶ』が、6月17日からあらためて再上映となりました。やはり劇場公開にはこだわりがあったのでは?

吉田:この映画自体が、脚本的にも映像的にも、スクリーンで見てもらわないと成立しない映画なので。撮っている時は絶対スクリーンで見てもらうんだ、という前提で、撮影も、画作りも、脚本も全部行いました。なので、使命としてスクリーンで絶対に上映しないといけない、というのがあったんで、劇場の方にわたしたちの思いを伝えて、上映してもらえるように頑張りました。

——今年2月に劇場公開された際に、初日は満席スタートだったそうですね。

吉田:でも自主配給で、スタッフも少人数で宣伝をしていたので、やってもやっても追いつかないところがあって。もしかしてお客さんが来てくれないんじゃないかという恐怖がありました。でもふたを開けたら初日満席で。7日間中、5日間が満席になって。残り2日間も、ほぼ満席状態でした。それで劇場さんが2週目も延長上映で劇場を開けてくれることになったんですが、2週目もけっこうリピーターの方も観に来てくれました。「難しいから何回も見たい」という方もいらっしゃいましたね。

——やはり説明されないことも多い映画なので、何回か鑑賞したいという人の気持ちはよく分かります。

吉田:この映画は、(芋生悠演じる)妹の佳世が何を考えていたのか、というのが作品の軸になってるんですけど、そこはあえて分からないようにしているところがあって。なので、そこら辺は結構意図していた部分だったので、見せるだけじゃなく、上映後にゲストを招いたトークの場を設けて、このテーマについて語り合うというところまでを1セットと考えていました。トークのゲストが違うと、その分、佳世に対していろんな見方がある。そのことこそが作品の意義だと思って。だからわたしは「こういうテーマを思ってるんですよ」というのをやりたかったわけじゃなくて、「みんなで考えませんか」というのがこの映画のゴールだと。そこから話しをすることに重きを置いていました。

——たしかに人それぞれの見方ができそうな映画ですね。

吉田:やっぱり各回ごとにお招きしたゲストの方たちの見方がみんな違うんですよ。そこでいろんな『浮かぶ』があるんだなということを知ることができました。もともとそういう見方をしてほしいと思っていたんですが、いろんな『浮かぶ』が実際に生まれてくるのをキャスト、スタッフが目の当たりにして。その一つ一つの『浮かぶ』にすごい輝きを感じたというか。それを大切にしたいと思いました。

だから17日からポレポレ東中野で再上映が行われるんですが、そこでもいろんな人の、いろんな『浮かぶ』を増やしながら、作品を通して考えるきっかけをみんなに持ってほしいなと思って、2回目もチャレンジしたいと考えています。

■クラウドファンディングなら責任を負うことができる

——『浮かぶ』の制作時にはクラウドファンディングを行ったそうですが。

クラウドファンディングのコレクターになってくださった方からメッセージをもらえる機能があるんですが、そこで「待ってます」とか、「完成楽しみにしてます」というメッセージをいただいたんです。

『浮かぶ』の制作支援クラウドファンディングも最終的には70人の方が支援してくださったんですが、それはつまり70人の方が完成するのを待ってくれているということですよね。それがずっと心の支えになっていました。

『浮かぶ』を撮影したのは2019年だったんですけど、その直後にコロナの期間に入っちゃって。本当はもっと早く劇場公開をしたかったんですけど、公開は一回止まって。その期間に自粛期間に入ったので、その時から1年近く、空き時間を見つけて、再編集をしていました。

 ただその時でもコレクターの方たちは待っていてくださっているので。「今はどんな状況なのか」ということは伝えたいなと思っていて。「実はコロナで公開が止まっています」と伝えたり、「今、編集しています」と書いたりすると、「体を壊さないように」とか「無理し過ぎないように」とか言ってくださる方もいて。一緒に作っている感覚がすごくあったんですよね。だから、公開した時はみんなで公開したという感じがすごく強くて。それを経験したから、次の作品でもクラウドファンディングをしたいと思ったんです。

 どうしても自主制作というのは独りよがりになりがちですが、お客さんとつながりながら、いつか見てくれるお客さんのことを考えて作るというのが自分にとってはすごく合っていたなと思います。わたしたちも誰かに頼まれて作品を作ってるわけではないので、ほんとに自分たち次第。自分たちが諦めたらそこで終わってしまいます。でもクラウドファンディングをやると、いい意味で責任を負うことができる。そうしたいい緊張感の中で作れて良かったなと思います。

■映画の可能性に気づかされたことの数々

——吉田監督が「次も撮りたい」と思うモチベーションとは?

吉田:もともと大学時代に、早稲田大学の映画サークルに入っていて。そこで自分の作品を作っていました。でもそこから本格的に映画を作りたいと思って。是枝裕和監督らが指導している映像制作実習という授業に参加して、そこで『ひとひら』という作品を撮らせていただいたのですが、それも本当にしあわせな経験で。この短編には芋生悠さんという女優さんに主演で出ていただいたんですけど、彼女の感情がピークになったシーンで、 芋生さんがされてる表情や息遣いに、自然と私もリンクしていって。彼女が歯を食いしばる感じとか痛みがすごく伝わってきたんです。それは本当に強い経験で。こういう現場での瞬間的な強いつながりみたいなものを、これからも経験したいなと思ったんです。

『ひとひら』は若い世代の女の子が主人公で、思春期の性の話をテーマにしていたので、若い女性が共感しやすい物語になってるのかなと想像しながら作ってたんですが、その反面、もしかしたら観るターゲットが絞られてるのかなとも思っていて。

ただありがたいことに『ひとひら』は、日本だけでなく、中国やベトナムなどの海外でも上映していただいて。「こういう人にしか伝わらないのかな」と思い込んでいた人以外にも、本来伝えたかった人たちにも、作品の核のようなものをすごく強く感じていただくことができた。それは性別も世代も越えたし、ひいては海外の人たちにも感じてもらうことができた。その時に、映画ってこんなにも可能性をはらんでいるのかと。映画が人と人をここまでつなげてくれるんだなということを感じました。

 それは現場も現場後の経験もそう。そこで「映画の可能性ってすごい」と思えたからこそ、次も撮りたいと思った。次はどういうふうに自分と観客がつながることができるんだろう、次はどういうふうに自分と役者さんとスタッフがつながることができるんだろうと思って。その時点でこれを自分の人生をかけてやっていこうと思いましたね。

——海外で上映した時はどういう反響だったんですか?

吉田:実はファン・ダン・ジー監督というベトナムの監督がたまたま早稲田の授業にいらして。『ひとひら』を気に入ってくれて。トラン・アン・ユン監督とファン・ダン・ジー監督が開催する若手映画作家を育成するワークショップに招待していただいたんです。そこで大学4年生の秋にトラン・アン・ユン監督の授業を受けてきたんです。

■その時にトラン・アン・ユン監督が言ったこと

——そこはどういうクラスだったんですか?

吉田:その授業ではわたしがほぼ最年少くらいで、女の子が3人しかいなかった。そこは授業なので、映画を観た後にみんなで感想を言い合う環境だったんです。そこで『ひとひら』を見てもらったんですが、エンドロールが終わっても、参加者の半数が黙ったまま神妙な表情で何も言わなくて。あとの半数からは「めっちゃかわいい映画だった」「君が撮る映画はこういう感じなんだ。かわいいね」みたいに言われて。その時につい愛想笑いをしちゃったんですよ。言ってくれた人も悪く言っているわけではないし、確かにロードムービーで明るい雰囲気の映画だったから。

でもそこでトラン・アン・ユン監督から「そこで笑っちゃ駄目だよ」と言われたんです。「こんな悲しい話として、諦めの話として君はこの映画を撮っているのに、そこで笑っちゃ駄目だ。これからも笑うな」というようなことを言われて。でも、それが私的にすごくホッとしたんです。

きっとわたしは国が違うから、言語が違うから伝わらないんだろうなという前提で参加してたんだろうなと。だから「かわいい映画だね」と言った人に対して、「わたしはこれを“諦め”の映画として撮ってるんです」と言えるほどのコミュニケーションまでたどり着けるなんて、その時は思ってなかったんですけど、そこで言ってくださったことで「君はどういうつもりでこの映画を撮ったの?」ということになり。

だからわたしは「伝わらないかもしれないですけど」と言ってから、「時の流れにあらがえない2人の悲しい諦めの話として撮りました。でももちろん解釈は自由で。かわいいハッピーエンドの映画として捉えられてもいいんですが、というような話をして。海外の方とそこまでのコミュニケーションができるなんて思ってなかったから、それもすごい経験でしたね。たぶんそこまでやって映画なんだろうなと。

——そのワークショップでは得るものが多かった?

吉田:そのプログラムの最後にはピッチング大会みたいなのがあって。ワークショップの参加者の中で、新しい企画がある人が事前に企画を提出して。それで映画祭のプログラマーの方が審査員になって、みんなで1個の企画を選ぶ事になったんです。それで選ばれた企画には支援金が支払われるというものだったんですけど。

 でもわたしは英語があまりできないので、無理だなと思って出してなかったんですけど。先生から「やらないか」と言ってもらえて。「そんなにすぐ?」と思ったんですけど、とにかく頑張って。当時はまだ赤ちゃんみたいに小さかった『浮かぶ』のアイデアを企画書にまとめてプレゼンして。そのピッチングに出したのが『浮かぶ』の始まりでした。

■“無理だという思い込み”から解き放たれた瞬間

——懸念だった英語はどうだったんですか?

吉田:その時は、ピッチングのプレゼンに向けてスライドとプレゼン資料を英語でまとめなきゃいけなかったんですけど。わたし、ほんとに英語がしゃべれなかったんですよ。今はそれをきっかけに頑張って勉強したので、ある程度のコミュニケーションは取れるようになりましたけど。でもその時は本当に英語がしゃべれなくて、状況的にそんなわたしがプレゼンをするなんて絶対に無理だなと思っていたんです、でも、そんなわたしを当時参加してた他の国の監督たちが助けてくれて。

当時『浮かぶ』の企画内容はほとんどまとまっていたので、それをブラッシュアップさせて、見られること、選ばれることの意味を多面的に描いた作品にしたいということで、内容を中心に、発表の5時間前くらい前に完成させて、PDFで出したんです。

——本当に直前だった。

吉田:でもわたしの前にプレゼンをしていた人たちがかなり本格的で。資料も製本されていて。そんな人たちが「タイトルの付け方が良くない。そのタイトルの付け方に君の人間的な世界に対する見方が表れてる」みたいに審査員の人たちからフィードバックをもらっていて。前の人がそれを受けてすごく戸惑っているのを見ていたら、なぜかわたしも限界が来て耐えられなくなって。当時、慣れない環境の中で連日徹夜でプレゼンの準備をしていたからか、それをただ座って聞いている自分が泣いてしまったんです。だから舞台に上がった時はもうしゃべれなくなってしまって。その時は21か22歳くらいだったんですけど、そんな日本からきた若者がひとり、泣いてるような状況の時に「やる? やらない?」みたいな感じになって。

そしたら、そこで一緒にずっと準備してくれてたフィリピンの男の子が「僕が代わりにプレゼンします」って言って、代わりに全部プレゼンをしてくれたんです。他人の感覚の作品を、他の国の人が、しかも母国語が違う人がプレゼンしてるのってすごいことだなと思って。質疑応答も、企画のニュアンスや、やりたいことが分かってるから、その子が答えるんです。

 私はそこですごい経験をしちゃったなと思って。わたしもいつかは海外のスタッフと作りたいと思ってるんですけど、そういうことも、映画の可能性を感じさせる出来事でしたね。

——トラン・アン・ユン監督から影響を受けたことはあったんですか?

吉田:授業はかなりスパルタというか。毎日朝から参考作品を観て、それについて頭から演出からカットの構成についてまで細かく分解して考えるというものだったので、かなり密度の濃いものでした。それがすごく贅沢で面白くて。

丁寧に映画の見方を教えていただけたので、その後の映画づくりに対する考え方においても受け取ったものは大きいかと思います。

■『浮かぶ』は当時の自分たちにしか撮れなかった

———そこからわりと間を空けずに『浮かぶ』をつくったそうですね。

吉田:はい。この映画はスタッフやキャストの「今しかつくれないもの、今だからつくれるものをつくる」というのが集結してつくられた映画なんです。やはり主演の田中怜子さんがすごい魅力的なので、やっぱあの時の彼女で撮りたい、ということもあって。ただそのため、かけ足撮影に入ってしまったという背景もあり、簡単な言葉で言うと、急いで作ったことに対する罪悪感のような気持ちがすごくあって。その分、コロナ期間を全部編集にあてたんですが、それでもやっぱりなにか自分の中で整理がつかない時期があって。けれど、作品と向き合い続けるうちにやっぱりこの『浮かぶ』という作品は当時の自分たちにしか撮れなかった、唯一無二の作品だと。改めて気づくことができました。

それでこの作品を一緒につくってくれた人たちや、応援してくださった方たちに何かを返したいっていう気持ちが出てきて。少しずつ映画祭に出そうと思った時に、幸運にもTAMA NEW WAVEと田辺弁慶映画祭に選んでいただいて。それで映画を観た方から「これは劇場で公開したほうがいいよ」って言ってもらって。それでもう一回公開に向けて頑張ったということです。

———そしていよいよ現在、野内まるさん、山本奈衣瑠さん、須藤蓮さんが出演し、スチールに木村和平さんが参加する新作を準備しているそうですね。

吉田:はい。次の作品は『何をそんなに慎ましく』というタイトルなんですけど、今年の冬に撮影予定準備をしていて。そのための制作資金の支援をクラウドファンディングで募っているという状況なんですけど。『浮かぶ』から4年ぶりの新作になります。2本目の長編なんですが、『浮かぶ』を撮って公開して、という経験を経て、自分なりの成長を見せられたらいいなと思ってるし。『浮かぶ』とは全く違った内容となっていますが、かなりテーマ性の強い作品なので、映画の可能性を信じて。『浮かぶ』とは別の、また新たなテーマについて、またみんなで考えるきっかけになるような映画を作りたいなと思っています。

『何をそんなに慎ましく』のティザービジュアル。『愛がなんだ』『君は放課後インソムニア』などのポスター写真を担当したカメラマン木村和平氏のビジュアルが印象的(写真:配給提供)
『何をそんなに慎ましく』のティザービジュアル。『愛がなんだ』『君は放課後インソムニア』などのポスター写真を担当したカメラマン木村和平氏のビジュアルが印象的(写真:配給提供)

『何をそんなに慎ましく』

長編映画初主演・野内まる×『猫は逃げた』山本奈衣瑠×NHK「なつぞら」須藤蓮×新鋭・吉田奈津美が、前例のない“愛”をめぐるハッピーエンドを描く映画制作応援プロジェクト

監督:野内まる、山本奈衣瑠、須藤蓮ほか

出演:吉田奈津美

今秋クランクイン予定

詳細は以下より

https://motion-gallery.net/projects/sochan_film

今後の活躍が期待される吉田奈津美監督(写真:配給提供)
今後の活躍が期待される吉田奈津美監督(写真:配給提供)

吉田奈津美(よしだ なつみ)

1996年生まれ。千葉県出身。初監督作『ひとひら』でThe 5th Asia University Film Festival 審査員特別賞受賞/第22回 京都国際学生映画祭 審査員特別賞(鈴木卓爾賞)受賞ほか入選。長編デビュー作『浮かぶ』第15回田辺・弁慶映画祭コンペティション部門/第22回 TAMA NEW WAVE 「ある視点」部門選出。

映画ライター

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。コロナ前は年間数百本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、特に国内映画祭、映画館などに力を入れていた。2018年には、プロデューサーとして参加したドキュメンタリー映画『琉球シネマパラダイス』(長谷川亮監督)が第71回カンヌ国際映画祭をはじめ、国内外の映画祭で上映された。近年の仕事として、「第44回ぴあフィルムフェスティバル2022カタログ」『君は放課後インソムニア』『ハピネス』のパンフレットなど。

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