Yahoo!ニュース

なぜシャビ・アロンソは42歳で名将と言われるのか?「孤独への耐性」という監督の資質

小宮良之スポーツライター・小説家
シャビ・アロンソ(写真:ロイター/アフロ)

 今シーズン、レバークーゼンを率いるシャビ・アロンソ監督は、ブンデスリーガで前人未到の無敗優勝を成し遂げている。ポカール(国内カップ)も戴冠。ヨーロッパリーグでは決勝でアタランタに敗れ、シーズンで唯一の黒星となったが、たった一度しか負けていない。

 結果を叩き出しただけではなかった。画期的なプレーモデルで、スペクタクルなサッカーを実現。選手たちの能力を解放させるように引き出した。

 なぜアロンソは42歳で名将と言われるのか?

 かつて辿ったルーツを振り返る。

ピッチの監督だったアロンソ

 現役時代、アロンソはどの監督からも"ピッチの監督"という役割を命じられている。

 レアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)時代のジョン・トシャックを皮切りに、同じくレイノー・ドゥヌエ、リバプールのラファエル・ベニテス、レアル・マドリーのマヌエル・ペジェグリーニ、ジョゼ・モウリーニョ、カルロ・アンチェロッティ、バイエルンのジョゼップ・グアルディオラ、そしてスペイン代表のビセンテ・デルボスケといずれ劣らぬ名将たちに”指揮権“を託されてきた。

「シャビ(・アロンソ)はまるでメトロノームだね。チームにリズムを与え、プレースピードを調節できる。そして、チームを束ねられる器量がある」

 気難し屋のモウリーニョでさえ、そう言ってアロンソを手放しで褒め称え、自分の分身のように扱っていた。シャビ・アロンソがいなくなった直後のマドリードは、プリマドンナのいないバレエ団のようだった。

 なぜアロンソは監督たちに信用されたのか?

 まず、アロンソは派閥を作らない。特定の選手たちと親しくしたり、監督の腰巾着になったりすることもなく、永世中立を保つ。孤高の男である。

「チームが勝つことがすべて」

 彼にはその絶対的正義がある。勝利のために黙々とプレーをやりきる。このキャラクターは、いわゆるキャプテンシーとも微妙に違う。影の幹事役とでもいうのか。

 たとえばモウリーニョが独裁的采配で非難を受け、マドリードが空中分解しそうになったときだった。アロンソは「常勝クラブの選手としてやるべきこと」を選手と監督の間で調整していた。キャプテンもまとめられない状況で、混乱を収めたのである。

 アロンソは裏で徒党を組んで、自分に得があるように状況を動かすこともないだけに、言葉に重みがあった。

「アロンソが言うなら…」

 誰も異論を唱えなかった。性質として、独善的ではなく、無骨で実直だからこそ、人に信頼されるのだ。

徒党を組まない孤高

 もっとも、その直言が物議を醸すこともあった。

 たとえば、アロンソは「私が見てきた中で最高のGKはノイアー」と公言し、ざわつかせることがあった。彼は代表でもマドリードでもイケル・カシージャスとチームメイトだっただけに、あからさまな表現が亀裂や憶測を生んだのである。また、ブラジルW杯で惨敗後には、「選手の中には栄光に満たされてしまっていた者がいた」と言及。チーム批判とも受け取れるだけに反感も買った。

 アロンソは、“仲間とうまくやる”という妥協がない。仲間はともに勝利する戦友、に尽きる。そこに一切の噓がない。詭弁を用いないことから、集団に影響を与えられる。

 簡単のように思えるかもしれないが、アロンソのように一つのグループに属さず、独立した存在であり続けるには相当の実力と覚悟がいる。なぜなら、クラブ内にはさまざまな感情が渦巻いているからだ。

「孤絶するかも知れない」

 その怯えをはじき返せる気力、もしくは我が道を行く知性や泰然自若さが必要になる。それはリーダーシップに通じる能力だ。

 その点、孤独への耐性こそ、監督としての資質に結びつくのかもしれない。

 なぜなら、監督は孤独な職業である。たった一人で責任を背負うことができるか。その覚悟が求められる。決断は重く、すべてがのしかかってくる。そこで公然と選手を批判するなどもってのほかだし、愚痴を口にするだけで「惰弱」と非難される。必死に信頼を得ようと、誰彼となくべたべたと仲良くする姿はリーダーとしてあるまじきで、統率力を失う。監督失格だ。

 たった一人で集団を束ねる、その先にあるのは孤独なのである。

素質を研磨してきた人生

 アロンソは孤独への耐性があるのだろう。

 選手時代から、船が停泊するときの錨のような役を担っていた。集団の中での"重石"。浮つきそうなチームを安定させている。

 結果、彼が所属してきたチームはほとんど例外なく好成績を収めてきた。

 ラ・レアルは最終節までマドリードとリーグ優勝を争い、チャンピオンズリーグではベスト16に進出した。チーム規模を考えれば、望外の成績だった。リバプールは世紀の逆転劇のチャンピオンズリーグ(CL)優勝とFAカップ優勝。マドリードもラ・リーガ、CL、スペイン国王杯、スペインスーパー杯、欧州スーパー杯などタイトルを総なめ。バイエルンもブンデスリーガ3連覇を達成している。さらにスペイン代表も、EURO2008,EURO2012,南アフリカW杯を制覇した。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/5291a14ce820c56b18cc40b3d088ca40879fe0c0

 アロンソは、現役時代の”常勝の精神”を監督としても受け継いでいる。勝つための最善のアプローチを見つけ、それをトレーニングの中で落とし込み、選手を成長させ、勝利で自信を増幅させる。その確固たる自信が常勝の精神に昇華される。

 だからこそ、彼はいきなりレバークーゼンの監督を引き受けていない。マドリードのU―14を無敗優勝させ、ラ・レアルのセカンドチームを2年続けて昇格プレーオフに持ち込み、2部での指揮も経験。指揮官として仮説、実証を繰り返してきた。そこで一つの答えを得たのだ。

父の存在

 最後に付け加えるなら、アロンソの原点か。

「幼い頃から、家ではサッカーの話をずっとしていたし、父のプレーも観てきた」

 アロンソはそう語っていたことがある。

 父ペリコはラ・レアルの伝説的選手で、ラ・リーガ連覇に貢献し、FCバルセロナでもプレーしている。ただ、指導者としては2000-01シーズンにラ・レアルの監督を引き受けたが、10試合で1勝2分け7敗。屈辱的な批判に晒され、サッカー界から完全に姿を消した。

 息子は、父がプロという容赦ない荒野で生きた姿を目に焼き付けている。

「監督は結局、本人のパーソナリティだよ」

 アロンソは言う。

「どのように感じ、どのようなサッカーをしたいのか。監督はそれが自分のなかにないといけない。私は子どもの頃から、『もっとサッカーを理解するには?』って、いつも自分に問うてきた。90分プレーして、勝ち負けで終わり、なんてことはあり得ない。どこで何をすればもっと向上できるのか、そのためには何が必要なのか、ずっと考えてきた」

 彼は生まれ持った名将の素質を、人生を懸けて研磨してきたのだ。

 それが、42歳で名将と呼ばれる理由と言える。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事