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なぜ世界最高MFはスパイクを脱ぐのか?若き日に感じさせた「男の美学」

小宮良之スポーツライター・小説家
バイエルン・ミュンヘンで現役を退くシャビ・アロンソ(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

2017年5月20日、ドイツ王者バイエルン・ミュンヘン所属のMFシャビ・アロンソ(35才)は現役最後の試合を終えている。フライブルグ戦、81分までピッチに立った。そのプレーレベルは、今も世界最高レベルにある。無事是名馬で目立った故障もない。

「引退は早い。まだまだできるのでは?」

その決断を惜しむ声は多い。

なぜ、世界最高MFはスパイクを脱ぐのか?

バルサの選手だった父から受け継いだ血筋

シャビ・アロンソは、あまたのタイトルを手にしている。UEFAチャンピオンズリーグ、リーガエスパニョーラ、ブンデスリーガ、FAカップ、スペイン国王杯、DFBポカール、そして代表としてはEURO、ワールドカップ。これだけの勝者は、他に何人いるだろうか。彼がプレーしたチームは、悉く栄光に浴している。

では、シャビ・アロンソはチームの一員としてどんな役割を果たしてきたのか?

美しい軌道を描くロングパス、相手の攻撃を潰すハードなタックル。それらはMFとしての目に見える特質だろう。しかし、そんなものはほんの一部でしかない。彼が誰よりもチームを頂点に導いたという意味で、「世界最高のMF」である理由は、もっと本質的な点にあるのだ。

「男っぽい」

10年ほど前に筆者がインタビューした印象は、一言でそれだった。自分の仕事に対する集中力が高く、雑念がない。愚痴らないし、人のせいにしないし、正直だった。

父のペリコ・アロンソはスペイン代表で、バルサでもプレーしている。しかし、自己顕示欲は薄い人物だった。息子であるアロンソも、ほぼ無意識に自分を律することができたようだ。

「親父がサッカー選手だった影響かも知れないけど、子供の頃からごく自然にボールを蹴っていた」

シャビ・アロンソは自らの血筋と人生観について淡々と語っている。

「プロ選手も特別に意識したことはなく、なるものなんだ、と勝手に思っていたよ。自分のDNAについて意識したことはなかったけど、振り返ってみればそのおかげもあるのかな、とも思うね。でも、それはすべてではない。男の人生は常に闘争なんだよ。チームが勝つために自分が働けていれば、道は開ける。ことに及んだとき、自分がいかに行動するか、ですべては決するんだよ」

スペイン語で言う「Actitud」をシャビ・アロンソは重んじた。それは態度、姿勢を意味するが、「生き様」とも訳せる。これは彼にとって父の生まれ故郷であり、少年期を過ごしたバスク地方のサッカー選手の教えでもある。

「男として最後の最後まで戦い抜く。劣勢でも戦いを諦めるのは恥ずべきこと」

シャビ・アロンソは、バスクの薫陶の化身だったのである。

勝負に対するストイックさ

2005年のCL決勝、ACミランとの一戦で、シャビ・アロンソは0-3から逆転勝利する立役者になっている。3点目を決めたバスク人MFは、一度も勝負を諦めていない。実は、全治5ヶ月の左足骨折から復活して間もなかったわけだが、そんな素振りは少し見せなかった。ピッチに立つ限りは、言い訳を挟まずにすべてを賭けて戦う。まさにバスクの闘士である。

「シャビは、過去にプレーした選手の中でも、最高の選手の1人だよ。とても気が利くプレーができる。何より、ここぞという場面で最高の強さを見せた」

リバプール時代の戦友で、同チームの英雄であるスティーブン・ジェラードの証言は重みがある。

移籍したレアル・マドリーでも、アロンソは「孤高の戦闘者」だった。

ジョゼ・モウリーニョという統率力も個性も強い監督によって、チーム内に派閥が生まれてしまった。多くは、反モウリーニョに転じた。一部はモウリーニョと同調することになった。そうした集団で、孤高を気取るのは簡単ではない。それは孤立と隣り合わせで、怖いものだ。

しかし、シャビ・アロンソは頑としてどの派閥にも与さなかった。

「私はチームが勝利するために全力を尽くすのみ」

その一言で、不和で空中分解しそうなチームをまとめた。勝利するために邁進する集団に換えてしまった。それは泰然自若の生き方をする、アロンソのような男だからこそできた芸当だろう。

バイエルン・ミュンヘンの監督に就任したジョゼップ・グアルディオラが、真っ先に白羽の矢を立てたのが、シャビ・アロンソだった。男の生き様に惚れた。そう言い換えてもいいだろう。

集団が勝利するとき、どんな男が必要なのか。その条件を満たしたのが、シャビ・アロンソだった。

「不撓不屈の精神で戦える」

そう言われる男は、どんな局面でも言い訳を自身に許さず、最高のプレーを見せてきた。

逆説すれば、だからこそ彼は引退を決意したのかもしれない。

「散り際を知るべきだ。私はいつも、正しい瞬間に去らねばならない、と考えてきた。まだ人々が、自分を惜しんでいるときに、敬意の目を向けてくれているときに」

シャビ・アロンソは胸中を語っている。35歳で今もトップレベルにある男は、あと4,5年は同じようなプレーができるだろう。だましだましだったら、50歳近くまでもいけるかもしれない。それだけ図抜けたビジョンやフィジカルやスキルを持っている。

しかし自分に厳しい男だからこそ、退く意志を固めた。衰えてもプレーする。それは全身全霊で挑んできた闘士にとって、本意ではない。最高の舞台で、最高の戦いをできなくなったとき。あるいは男しての生き様を見せられないなら――。それは決別のときなのだろう。

「(2013-14シーズン、マドリーでのチャンピオンズリーグ優勝について聞かれて)記憶に残っているのは・・・。準々決勝でドルトムントを相手に2-0とリードされ(1レグは3-0で勝っていたが)、ムヒタリアンのシュートがポストに当たったときの音だ。今もそれは頭の中に鳴り響いている」

もしネットを揺らしていたら、マドリーは敗者だった。そこに勝負の機微がある。彼はそのディテールを突き詰めてきた。

引退は惜しまれるが、シャビ・アロンソは自身の生き様を最後まで裏切っていない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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