猛暑は終わらない!世界で始まった温暖化回避の「気候移住」と不動産市場の変化とは?
■パリ協定の目標「1.5度以内」は不可能
世界中で、「猛暑」が続いている。
日本では梅雨が消滅し、7月から「猛暑日」とされる35度超えで大騒ぎとなっているが、世界はそんなものではない。サウジアラビアでは51.8度を記録し、メッカへの巡礼中のイスラム教徒が1300人以上も熱中症で死亡した。インドのニューデリーでは52.9度、アメリカのデスバレーでは53.3度を記録。40度以上となるともうザラで、たとえばギリシアでは44.5度が記録され、観光名所コス島では大火災が発生した。
驚くのは、カリブ海で発生した超大型ハリケーン「ベリル(Beryl)」。史上最速でカテゴリー5となり、風速70メートルでカリブ海の島々、メキシコのユカタン半島を直撃し、その後、テキサスに上陸して猛威をふるった。
こうした気候変動の原因は、言うまでもなく地球温暖化。ここ数年の状況を見れば、もうパリ協定が目指す目標「1.5度以内」は不可能としか思えない。実際、気温上昇はすでに1.3度に達したという報告も出ている。
■人々はいまいる場所では生きていけない
パリ協定の「1.5度以内」というのはあくまで目安であり、この範囲に気温上昇を抑え込めたとしても、その後、世界の気温が元に戻るわけではない。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次報告書(AR6)によると、気温上昇の想定シナリオには何通りかあり、このままではそのうちの「最悪シナリオ」になるのは確実だ。
その最悪シナリオだと、2100年の世界気温は2.8~4.6度の上昇となっている。しかし、4.6度以内に収まる可能性は少ない。なぜなら、世界各国は「カーボンニュートラル」宣言をしているとはいえ、それを本気で実行しているのは欧州の数カ国にすぎないからだ。日本にいたっては、2周も3周も遅れている。
4.6度というのは、すごい数字である。さまざまなシミュレーションがあるが、豪雨の雨量は約30%増加し、海面は少なくとも1メートル、最大で3メートルは上昇する。つまり、本当にこんなことが起これば、人々はいまいる場所では生きてはいけなくなる。
■「気候オアシス」を求めて都市を脱出
このような状況から、すでに人々の移動、移住は始まっている。国連によれば、アフリカの熱帯地域では、すでに大量の「環境難民」が発生している。たとえば、ケニアでは首都ナイロビに地方から大量の難民が流れ込み、スラムが拡大している。
こうした熱帯地域の環境難民とは別に、欧米の先進国で始まっているのが、「環境移住」だ。富裕層の一部は、温暖化による気候変動を避けるために、居住地から別荘、資産までを移してしまおうと、世界中で最適地を探している。
一部の富裕層だけではない、目覚めた中間層も同じような行動を取っている。
たとえば、北米では、「気候オアシス」を求めて、都市を脱出する人々が増えた。この傾向に拍車をかけたのが、2020年から3年続いたコロナ禍だ。テレワークが普及したことで、なにも居住環境が悪い都市に住む必要がなくなった人々にとって、環境移住が一つのトレンドになった。
その結果、不動産市場が大きく変化し始めた。
■トレンドは「ハイランド」と「ニューノース」
アメリカのネット不動産大手「レッドフィン(Redfin)」が、住宅の購入と売却を計画中の人々をアンケート調査したところ、約10%が気候変動リスクを購入と売却の最大の理由だと答えている。
環境移住というトレンドを象徴する言葉が、「ハイランド」(highland:高地、高原)と「ニューノース」(new north:新しい北部)である。たとえば、マーク・ザッカーバーグはハワイのカウアイ島の高地に土地を買い、ビル・ゲイツは日本の軽井沢に邸宅を建てた。
アメリカでニューノースとして人気の都市は、ダルース(ミネソタ州)、ジャクソンホール(ワイオミング州)、アスペン(コロラド州)、クリーブランド(オハイオ州)など。カナダではトロント、バンクーバー、ヨーロッパでは北欧のコペンハーゲン、オスロ、ヘルシンキ、ストックホルムなどだ。いずれの都市も豊かで、温暖化が進んだため冬の寒さは和らいでいる。
最近はアジアでも、富裕層は同じような行動をし始めている。香港のあるミリオネアは、日本の箱根と八ケ岳清里高原に物件を購入した。
驚くのは、なんとグリーンランドのヌークという港湾都市に目を付け、ここに不動産を購入したアメリカ人富豪がいることだ。
10世紀から14世紀にかけて、世界的に気温が高かった「中世温暖期」という時代があった。この時代に、グリーンランドにやって来たバイキングたちは、牧畜生活をしていたという記録が残っている。グリーンランドの氷河はすでに溶け出している。
■海岸沿いの物件より海岸から離れた物件
アメリカでは、取引物件の調査から、都市の海岸沿いの物件が、海岸から距離のある物件より10%ほど安く販売されていることがわかっている。ニューヨーク、ボストン、マイアミ、ニューオーリンズなど海沿いの都市なら、ほぼどこでも同じような傾向になっている。
これは、温暖化による「水没リスク」が考慮され始めたからである。
かつては海岸沿いの物件のほうが人気があったが、いまでは海岸から離れた高台にあって海が望める物件のほうが人気だ。したがって、価格も高い。
ニューヨークでは、ハドソン川やイーストリバー沿いの地域で、10年以内に海面が1フィート(約30センチ)以上上昇する可能性があることが、州環境保全局(DEC)の報告書で判明した。そのため、マンハッタンでは防潮堤工事が始まったが、ウオーターフロントの物件の価格は低迷している。
■水没都市ランキングで最上位はジャカルタ
現在、世界の多くの海岸沿いの都市が、温暖化による水没リスクにさらされている。各種調査から「水没都市ランキング」までつくられている。
それらを見ると、上位に来る主要都市は決まっている。
日本では、東京、大阪、名古屋など。アジア・オセアニアでは、香港、ジャカルタ、ホーチミン、ヤンゴン、マニラ、バンコク、シンガポール、コルカタ、ムンバイ、シドニーなど。欧州では、アムステルダム、ベネツィア、ナポリ、リスボンなど。アメリカでは、ニューヨーク、マイアミ、ニューオーリンズ、ヒューストン、チャールストンなど。南米では、レシフェ、ポルト・アレグレなど。アフリカではラゴス、アレクサンドリアなどが挙がっている。
このなかで、最上位に来るのは、「世界一早く水没する都市」と言われたジャカルタだ。ジャカルタはこれまで何度も洪水に見舞われ、2021年12月の大洪水では、一部市街地がなんと2.7メートルも水中に沈んだ。そのため、インドネシア政府は首都移転を決め、現在、ボルネオのジャングルのなかに新首都ヌサンタラを建設中だ。
バンコクもたびたび洪水に見舞われ、年間2〜3センチのペースで海面上昇が進んでいる。そのため、スワンナプーム国際空港が2030年までに水没するのではないかと言われている。
アメリカでは、マイアミの海面上昇が最速で進んでいる。そのため、全米でいちばん早く消滅する都市とされている。しかも、フロリダ周辺の海水温度は38.4度を記録したことがあり、まるでお湯である。この海水温だと、サンゴは白化して死んでしまうという。
■香港、シンガポールでは水没リスクで不動産が下落
アジアでアメリカの水没都市と同じようなことが起こっているのが、香港とシンガポールである。
香港では、ここ数年、不動産価格がピークから下落を続けている。これは、中国の不動産バブルの崩壊が大きく影響しているが、2019年の民主化デモの鎮圧、温暖化進行リスクも影響している。
シンガポールは、コロナ禍で不動産価格が下落したが、ここのところ持ち直している。しかし、販売は低迷中だ。
島国のシンガポールは、国土のほとんどが海面から15メートルしかない低地で、約30%は海抜がわずか5メートルしかない。そのため、海面上昇の影響は大きいとされ、水害のリスクも懸念されている。
シンガポール政府は、新築物件を海抜3メートル以上のところに建てることを義務付けてきたが、3メートルでも危ないという見方が出て、防潮堤の建設に乗り出している。
こうした点から、個人の住居物件は、海沿いより、郊外のほうが人気だ。
■不動産価格が下落し保険料が急騰したオーストラリア
不動産価格の変動と同じように、温暖化の影響を受け始めたのが保険である。海面上昇や熱波によるリスクが高まるにつれて、その影響を受ける可能性がある不動産に対する保険料が上昇している。
たとえば、オーストラリアは近年、豪雨による洪水がたびたび発生した。2年前の2022年3月、南部のニューサウスウェールズで発生した大洪水は100年に1度と言われ、最大の被害地リズモアは街全体が水没してしまった。
リズモアはサーフィンやヨガで有名なバイロンベイの約50キロ内陸にある、人口約4万人の美しい街。歴史的な劇場やギャラリーがあり、川べりの熱帯雨林の美しさから人気の住宅地である。ところが、洪水後に不動産価格は3割以上下落し、災害保険料が大幅に上昇した。そのため、被害地域の住宅や企業は保険に加入することが困難になったという。
オーストラリアでは、洪水のほか、森林火災も大規模に起こっている。オーストラリアの不動産サイト「ドメイン(domain)」によると、森林火災の危険度ランクが1段階上がるごとに住宅の価値は2%下がり、水位50センチの洪水の可能性が1%上がるごとに0.8%下落するという。
■移住の参考になる「世界住みやすい都市ランキング」
環境移住を考えるとき、ある程度参考になるのは、各種の「都市ランキング」調査である。そのなかでも英「エコノミスト」誌が調査・公表している「世界住みやすい都市ランキング」(The Global Liveability Index)は、不動産業者がもっとも注目しているランキングの一つだ。
2024年版のトップ10は次のようになっている。
1位 ウィーン(オーストリア)
2位 コペンハーゲン(デンマーク)
3位 メルボルン(オーストラリア)
4位 シドニー(オーストラリア)
5位 バンクーバー(カナダ)
6位 チューリヒ(スイス)
7位 カルガリー(カナダ)
7位 ジュネーブ(スイス)
9位 トロント(カナダ)
10位 大阪(日本)
10位 オークランド(ニュージーランド)
ただし、このランキングは、インフラ、医療、犯罪発生率、教育システム、政治・社会の安定性、文化・環境などの項目を指数化して順位をつけたもので、気候変動リスクは考慮されていない。
■環境移住の「適地」とされる美しい3つの島
環境移住の適地は、人的交流をベースとしたビジネス、仕事を考えないなら、都市よりリゾート地とされる。また、高原リゾートよりアイランドリゾートのほうが、富裕層には人気がある。そこで、最近、移住先として人気が上昇している3カ所を最後に挙げておきたい。
[プリンスエドワード(カナダ)]
プリンスエドワード島(PEI)は、カナダの東海岸、セントローレンス湾に浮かぶ島でカナダの州の1つ。といっても広さは愛媛県とほぼ同じ。世界的に愛されている物語「赤毛のアン」のふるさと。中心都市シャーロットタウンはインフラが整備され、スタートアップがカナダのなかでも盛んな都市の一つ。
気候移住が増え、いまやカナダ一の人口増加州となっている。移住者の中心は移民だが、それは移民プログラムが充実しているから。移民移住と並行して富裕層の移住も増え、不動産価格はここ10年、上昇を続けている。
[ゴットランド(スウェーデン)]
ストックホルムから南へ200キロ。バルト海に浮かぶ楽園の島。「魔女の宅急便」の主人公キキがたどり着いた街コリコのモデルとなったという世界遺産の街ヴィスビーがある。5月から11月の観光シーズンはもちろん、秋冬の暮らしも快適。秋には森のトリュフ、冬には雪とウインタースポーツ、クリスマスマーケット。オーロラが見えるときもある。
北の島なのにワイナリーがあり、独特のスウェーデンワインを生産している。ぶどう栽培の北限は、温暖化で北に移動中。温暖化した北国の気候、食とワインを求めて移住してくる富裕層、環境移住者が増え、物件価格も上昇中。
[ワイヘキ(ニュージーランド)]
ニュージーランドは環境移住先としても、富裕層の移住先としても人気だが、とくに人気なのがワイヘキ島。オークランドからフェリーで約40分。“オークランドの宝石”と呼ばれる美しい島で、多くのワイナリーがある。
アメリカ人の富裕層は、ニュージーランドを地球になにかが起こったときの避難先、最終シェルターと考えていて、ワイヘキに豪邸を建てている。そのため、高級住宅地は“ハンプトンズ”とも呼ばれている。