Yahoo!ニュース

黄砂の飛来は中国の里山が破壊されたから。植林も砂漠化の一因だった!

田中淳夫森林ジャーナリスト
中国の黄土高原の破壊が黄砂を激化させている(写真:ロイター/アフロ)

 花粉症の季節だが、同時期に発生する黄砂。こちらも曲者だ。

 黄砂は中国大陸奥地から飛んでくる細かな砂の粒子だが、主に3月~5月に日本に飛んでくる。これはスギとヒノキの花粉症の時期ともろにかぶる。一般には洗濯物や車を汚すことを頭に浮かべるが、日本に届く粒子は花粉より小さくて(3~4μm)肺の奥にまで入りやすい。

 黄砂自体がアレルギー症状を引き起こすと言われるほか、花粉症などを悪化させる可能性がある。もし鼻水や目のかゆみが酷いとき、あるいは喘息などが起きたときは、花粉症だけでなく、黄砂の影響も疑っていいだろう。花粉症では喘息や咳は起きないからだ。

年間500万トンの黄砂が日本に

 舞い上がった黄砂は、季節風に乗って日本に飛来する。その量は年間で500万トンにも達し、その3分の1から2分の1が降下しているという。大雑把に言って、200万トン前後の砂が毎年日本に降り注いでいることになる。凄まじい量だ。

 その主成分は石英や長石などの造岩鉱物や、雲母、カオリナイト、緑泥石などの粘土鉱物などだ。これらはアレルゲンではないが、日本に飛んでくる途中で、大気中のPM2.5のような排気ガス成分やカビ、細菌などを付着させる。こちらが危険なのだ。

 黄砂が飛ぶ原因は、あまり知られていない。

 従来「春がすみ」として表現される春先に遠方が見えなくなる空気の濁りは、黄砂が原因とされている。だから昔からある自然現象であると思われてきた。

 しかし近年、その発生頻度と規模は拡大し、大規模な環境問題となっている。もちろん日本だけでなく、足元の中国の被害は年間7000億円に達するとされ、朝鮮半島にも甚大な影響を出している。農作物被害、健康被害に加えて視界を奪い、エンジンに吸い込まれることで交通障害にもなるからだ。

 中国の環境問題を研究してきた大阪大学大学院の深尾葉子准教授によると、飛んでくるのは従来言われてきたタクラマカン砂漠ではなく、より日本に近い黄土高原や内モンゴル、華北地方からだという。具体的にはモンゴルや内モンゴル、新疆ウイグル自治区で、砂漠よりその周辺の農地やオアシス、道路だった。こうした地域は、いわば人が手を加えた二次的な自然である里山である。そこから激しい黄砂が舞い上がっていたのだ。砂漠の砂は粒子が大きくて、さほど遠くに飛ばないらしい。

経済成長が破壊した中国の里山

 かつては春の風物詩になる程度だった黄砂が、近年はなぜひどくなったのか。単なる自然現象というよりも、人が起こす表土の攪乱が強まったからである。攪乱とは、過度な耕作であり、大規模な土木工事であろう。

 乾燥地であるこの地域の農地は、従来はそんなにひどく土壌が剥き出しではなかった。ところが経済成長下で草原の耕地化、放牧頭数の増加、地下資源(金や石炭)の採掘など過剰な開発が急速に進められるようになった。

 具体例として深尾准教授が挙げるのは、内モンゴルの草原に生える「髪菜」の採取である。この髪菜が、薬膳料理の素材として非常に高価な食材になるのだ。見た目は黒いモズクかヒジキのような形状だが、その正体は原始的な生物であり光合成をする藍藻の一種のシアノバクテリアだった。

 これが内モンゴルの草原を覆っていて、表土の飛散を防いでいたのだが、高値で売れると過剰採取されるようになったのだ。長い年月の末に形成された大地の被覆だけに、一度採取されると回復しない。土が剥き出しになり水分も奪われやすくなる。そのため草原の砂漠化を進めたという。

 ほかにも漢方薬の材料となる「甘草」も根こそぎ採取されている。根や根茎を使うからだ。また採取者は、ヤナギなど在来植物を掘り取って燃料にするため植生を破壊しがちだ。

 経済成長すれはするほど、こうした高級食材や薬材の需要は増え、また乾燥地なのに無理に耕作する。さらに収入を上げるために放牧頭数を増やす。これらが中国の里山を破壊してきた。

 なお黄砂からはアンモニウムイオン、硫酸イオン、硝酸イオンなども検出されている。飛散途中で人為的な大気汚染物質を吸着しているからと言われるが、耕地に散布された化学肥料由来の可能性もある。いずれにしろ、人為的要素が高い。そして、それらが健康被害をもたらしている。

逆効果の植林や放牧禁止策

 中国政府は、これを止めようと耕地に植林して森にもどす「退耕還林」政策や、放牧禁止を打ち出している。だが、これも逆効果だという。

 もともと乾燥地に木を植えたら、樹木は水を吸い上げて余計に乾燥を進めてしまう。従来の乾燥地に生える低木ではなく、ポプラなど生長が早い木ばかりを植えるとそうなる。植えた木も水やりを止めたら枯れる。

 日本からも中国の砂漠化を止めようと、多くの人が植林ツアーに参加している。金を払って木を植えに行くボランティア活動と美しく語られがちだが、実はこれも乾燥を進めて黄砂を拡大する危険な行為だ。そもそも砂漠は水が少ないから植物が生えられずに砂漠になったのであって、そこに人為的に木を植えても自然状態では生きていけない。考え直すべきだろう。

 また草原での放牧を禁止されることで遊牧民は、許された狭い範囲に多くのウシやウマを放すことで植生を破壊してしまう。あるいは餌としてトウモロコシなどを栽培せざるを得なくなり、草原を耕地にしてしまうのだそうだ。

 何より黄砂は人為的な環境破壊のもたらした問題だと捉えるべきであり、対策を誤ればより被害を拡大させることを肝に銘じるべきだ。

(参考文献・『黄砂の越境マネジメント』深尾葉子著 大阪大学出版会)

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

田中淳夫の最近の記事