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映像配信サービスはもうVODではおさまらない

境治コピーライター/メディアコンサルタント
画像は筆者作成

※本記事は10月19日(木)開催のSSKセミナー在京キー局のメディア戦略2023

」(リンクは告知サイト)に向け、そのテーマについて論じたものだ

米国ではSVODからFASTに注目が移っている

映像配信ビジネスで常に世界に先行する米国。この十数年はSVODがその中心だった。Netflixがオリジナルコンテンツを製作するようになり、米国だけでなく世界中で会員数を急増させてきた。AmazonはプライムビデオでNetflixを追い上げ、ディズニープラスやHBO MAX、パラマウントプラスなど、既存のメディア企業がこぞって映像配信に参入した。基本的にはどのサービスも有料型のSVODとしてスタートしていった。

そんな中、新しい潮流を起こしているのが新興のFASTサービスだ。日本で言えばスカパーやケーブルテレビで提供しているような多チャンネルサービスを、ネットを通じて無料で視聴できるタイプの配信形態。何百ものチャンネルを広告付きで運営しあらゆるジャンルの番組を配信している。PlutoTVや tubi などが代表的な事業者で、2014年前後に登場し徐々に成長していた。それらはやがてNBCユニバーサルやFOXテレビなど大手メディアグループに買収されていった。広告市場のニーズを呑み込んで急激に成長していたからだ。

既存のテレビ局は放送による広告収入が下がっていたが、そのマイナスを補いテレビ広告市場全体を引き上げた。いつの間にかメディア業界の救世主のような存在に育っていった。

有料と無料が混在する分類不能の映像配信業界へ

一方、SVOD市場は単純な成長基調でもなくなってきた。Netflixは2022年に初めて会員数が下がった。ディズニープラスは赤字になりグループ全体の足を引っ張ったため、一度退任したCEOボブ・アイガー氏が戻って立て直しに追われている。

そして両者とも広告プランを取り入れた。ユーザーは広告が入らないプレミアムプランか、広告が入る低額のプランかを選べるようになった。Amazonプライムビデオも、来年から米国など4カ国で広告を表示するようになるという。

一方、FASTサービスの中にも有料プランを取り入れる事業者が現れた。新しいFASTとして登場したはずのPeacockは有料プランのみに変化してしまった。

もはや、どのサービスが広告型でどのサービスが有料なのか、明確な分類ができなくなった。映像配信事業は基本的にVODと呼ばれ、有料定額のSVOD、無料広告型のAVODなどと分類されていたが、同じサービスの中に両方が存在するのが当たり前になってきた。そもそもFASTはOn Demand型ではなくチャンネルを選ぶだけで勝手に番組が流れてくるのでVODとさえ呼べない。

米国の映像配信サービスはそんなカオスな状況にすっかりなってしまった。いま、それが欧州にも波及し、FASTサービスが登場するなど影響を受けている。

日本はどう変化するか、あるいは変化しないのか?

ひるがえって日本では、これまで無料と有料は棲み分けされていた。無料型ではキー局が力を入れるTVerがかなりの勢いで普及し、今年8月には月間UB数が3000万を超えている。若い世代のテレビ離れの受け皿として定着し、特にドラマは放送よりTVerで見るのが当たり前という人も多い。

一方SVOD市場ではNetflixがコロナ禍を経て最も人気のサービスとして君臨。ユーザー数は正式に発表しないので不明ながら500万とも600万とも言われる。もっともユーザー数ではAmazonプライムビデオが、通販事業のプライム会員なら無料で視聴できるため圧倒的なトップに立っている。

国内事業者では映画やドラマ好きのニーズにていねいに応えてきたU-NEXTが伸びていたが、今年になってTBS、WOWOW、日本経済新聞グループの事業だったParaviの吸収を発表し、7月には統合が完了した。ちょうどこの時期にヒットしたTBSドラマ「VIVANT」が初回から見られると統合は好評だった。結果、ユーザー数は380万人を超えて国内事業者としては最大になった。

日本テレビが持つHulu、フジテレビのFOD、テレビ朝日のTELASAと、キー局はそれぞれ独自のSVODサービスを展開しているが、U-NEXTの後塵を拝する形になっている。

これが日本の映像配信業界の概観だが、今後はどうなるか。無料型と有料型が綺麗に棲み分けされている状況が、米国のカオスな状態を見ると、日本も変化に見舞われる可能性は高いだろう。まだFASTがやって来ていないが、2015年にNetflixが上陸して一気にSVOD市場に火がついたように、米国からFASTがやって来て変化が起こる可能性はある。ただFASTを展開するには日本の著作権処理の難しさをクリアする必要があり、そう簡単に参入できそうでもない。

10月19日のセミナーでは、キー局のキーマンたちにこのあたりを聞いてみたい。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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