『逃げ恥』は、ネットが視聴率をぐいぐい上げた初めてのドラマかもしれない
『逃げ恥』最終回のツイート推移を分析してみる
TBSの火曜ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』が最終回を迎え、関東圏の視聴率が20.8%に達したという。この記事では、そのヒットとネットの盛り上がりの関係を、twitter分析を軸に書いてみたい。データやグラフは、ソーシャルメディア分析で知られるデータセクション社から提供してもらった。
まず上のグラフを見てもらおう。最終回の放送中にどれだけツイートが盛り上がったかが視覚化してある。3万人以上が8万2千件のツイートをし、1分あたりでは983件だった。
とくに盛り上がったポイントをAからGで示している。それぞれのポイントで多かったキーワードを書き出してみる。「A=22:11/まさかの真田丸・責任者・共同経営」「B=22:26/夫婦・みくり・結婚」「C=22:52(乙葉登場)/奥さん・夫婦・リアル」「D=22:55/風見さん・百合ちゃん・おでこ」「E=23:02/応相談・挙式・パジェロ」「F=23:05/逃げ恥・火曜日・最後」「G=23:08/逃げ恥・最高・最後」ドラマを見た人なら、それぞれ「ああ、あそこかあ」とすぐにわかるだろう。放送終了後もツイートを拾っているので、終了直後に余韻に浸っているツイートの盛り上がりもデータに入っている。
こうしたツイートから、最終回をいかにたくさんの人が、心を揺らせたり躍らせたりしながら楽しんで見たことがわかる。
ところで、こうしたtwitterの盛り上がりは、これまでの他のドラマと比べるとどうだったのだろう。そこもデータをもらったので見てもらいたい。
通常のドラマのレベルを超えて盛り上がった『逃げ恥』
このグラフは11月21日時点、『逃げ恥』がいよいよ盛り上がってきたタイミングでのデータだ。通年でtwitterで盛り上がった『真田丸』のツイート数を緑、今年前半でもっとも盛り上がった『世界一難しい恋』をオレンジ、『逃げ恥』を青で示している。まとまった数を比較しやすいよう、週単位の集計グラフになっている。
ひと目でわかる通り『逃げ恥』は、他の2つのドラマのツイート数をはるかに超えた水準であることがわかる。もちろん、『世界一難しい恋』も『真田丸』も、twitterでかなり盛り上がったドラマだ。それを軽々と超えてしまっている。“異常“と言っていい数値だ。ちなみにこのデータは”10%抽出データ“なので、実際のツイート数は10倍すればほぼ実数と考えていい。すると『逃げ恥』は11月中旬時点で80,000件×10=一週間に80万件ツイートされるようになったということだ。これは放送中の盛り上がりに加えて、放送していない時間もものすごい数のツイートがあったということだ。
恋ダンスがtwitterを盛上げ視聴率につながった可能性
次に、『逃げ恥』に絞って、10月から昨日までのツイート数をグラフで見てみたい。このグラフは、一日あたりの集計値だ。こちらも10%抽出データなので、10倍が実数と言える。
番組名とともに、「恋ダンス」ツイートも集計してみている。このグラフをみると、ツイートの盛り上がりが3段階あったことがわかる。10月11日のスタートから約1カ月の助走期間、11月中旬から放送4回分に当たる離陸期間、そして最後の2回の急上昇期間だ。
このグラフには、ネット上の記事から視聴率のデータも拾って緑色のマーカーで示している。大まかにツイートの盛り上がりと視聴率が相関しているのが感じとれるだろう。
恋ダンスについてのツイートも全体に増えているが、11月後半に異様に高い山ができている。11月28日なのだが調べてみると、このツイートがこの日だった。
そしてその翌日に放送された第8話では、視聴率の水準がワンステップ上がっている。ここに相関性があるかどうかは何とも言えないが、彼らフィギュア界のスターたちの”恋ダンス”が視聴率に貢献したかもしれないと考えたら楽しい。羽生結弦くんは、視聴率を握るF3層の人気が高いので、その可能性は十分あると思う。
テレビ視聴にネットが明らかに作用しはじめた
私はこれまで、テレビとネットの相関性についていろいろ分析をしようと試みてきた。2011年に『天空の城ラピュタ』の放送時に“バルス現象”が起こって以来、twitterでの盛り上がりが視聴率につながるのではと様々な機会に数字を照らし合わせてみるのだが、むしろテレビの視聴率を動かすにはあまりにも大きな人数に影響する必要があることを思い知らされたものだ。唯一、2013年に『半沢直樹』が史上まれにみる高視聴率になった時は、twitterの影響が少なからずあったようだった。ただあの時は、ネットだけでなくマスメディアの側もこぞってドラマの行く末を盛り上げたので、twitterはその潤滑油のような役割だったととらえている。
だが『逃げ恥』で起こった現象は、状況証拠に過ぎないが、ネットの盛り上がりが視聴率を押し上げたと言えるのではないかと感じている。それは、ソーシャルメディアだけの力ではなく、様々な要素が相乗的に働いたのだろう。以下の図のようにまとめてみた。
恋ダンスは、『逃げ恥』にとって強力な武器となった。ポイントは、予告編ではなく、単独でも楽しめるコンテンツだったことだ。“コンテンツマーケティング“という概念があるが、まさにその好例だと言える。ドラマが見たいかどうかの前に、「恋ダンス楽しいよ!」と拡散された。拡散はソーシャルメディアを通じてなのだが、恋ダンスを記事としてとりあげたメディアの作用も大きい。ここ2〜3年で、ネット上には多様なメディアが乱立し、競い合ってネタを探しては記事にしている。「恋ダンス」はエンタメメディアにとって格好のネタになった。
TVerをはじめ見逃し視聴サービスができていたことも大きくプラスに働いただろう。伝えられた通り、各見逃しサービスで『逃げ恥』の過去話が再生され、TVerのダウンロード数は500万に急増した。
録画機の普及も、リアルタイム視聴を押し上げた大きな要素だと思う。録画していたけど見てなかった人びとが、恋ダンスの盛り上がりで視聴したのではないか。また終盤で視聴率を押し上げ、最終回で20%に達したのも、録画層がリアルタイムで視聴したことによるのではないか。
いずれにせよ、こうしたネット上の情報流通、テレビ視聴への誘導路が整ってきたことが、視聴率を押し上げたのだと推測している。
恋ダンスの仕掛けには、番組制作の大きなヒントがある
最後に、ドラマ初回で恋ダンスがいかに視聴者をヒートさせたか、放送中のツイート推移を見てみよう。
前半の『情熱大陸』のパロディ部分でも盛り上がってはいるが、エンディングのダンスで圧倒的に大きな山ができている。その上で、恋ダンスだけを単独の動画として切り出し、ネット上に置いたのだ。どう見ても、恋ダンスをバズらせることを狙っている。実際、プロデューサーの峠田浩氏はそれを狙っていたとの噂も聞いた。なんとしたたかな仕掛け人だろうと感心してしまう。
そしてここには、番組制作の大きなヒントがある。ネットをうまく活用することが視聴率につながる可能性がある。ヒントは、単独でも楽しめるコンテンツをネットに置くことだ。ネットメディアが記事にすることも重要だろう。
ただもちろん、何もかも計算してできるかと言えば、ちがうのだろう。むしろ、計算が透けて見えると逆効果かもしれない。いちばん大事なのは、何かを伝えたい思いのようなものだ。結局は、作り手の意志だとしか言えないのだとも思う。