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追悼・松本零士さん アニメ産業発展と地方創生に果たしたその功績

河嶌太郎ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)
13日に85歳で亡くなった松本零士さん(写真:REX/アフロ)

 『宇宙戦艦ヤマト』『銀河鉄道999』などの作品で知られる漫画家の松本零士さんが、13日に85歳で亡くなられました。日本の漫画・アニメ業界に多大なる功績を残されており、本稿では特にアニメ産業と地方創生に関する功績について解説していきたいと思います。

初のアニメを軸にした多角的メディア展開

 松本零士さんは高校卒業まで北九州市の小倉で過ごし、高校在学中の1954年(昭和29年)に漫画家デビューします。その後は『男おいどん』といった人気作など、漫画家として大成します。

 そしてアニメ業界に加わるきっかけとなったのが、1974年秋から放送されたテレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』です。当初はメカニックデザイナーとしてだけ関わる予定でしたが、キャラクターやストーリー制作にも携わるようになり、最終的に監督としてデビューすることになります。

 『宇宙戦艦ヤマト』は初回の本放送時こそ視聴率は奮わなかったものの、再放送や、1977年(昭和52年)の劇場版アニメ作品が大ヒットとなり、社会現象を引き起こしました。この大ヒットを受けて、『銀河鉄道999』(1978年)や『宇宙海賊キャプテンハーロック』(1978年)などの松本零士原作作品のアニメが誕生しています。『宇宙戦艦ヤマト』を含め、アニメだけでなく主題歌や劇伴のサウンドトラックのLPレコードもヒットしました。

 これらの作品は世界観が共通する部分もあり、総称して「松本零士作品」とも呼ばれますが、特筆すべきは、アニメを軸にメディア展開されている点です。『宇宙戦艦ヤマト』は放送終了後に松本零士さんによって漫画化され、『銀河鉄道999』や『宇宙海賊キャプテンハーロック』は松本零士さんの漫画が原作ですが、当初からアニメ化を見据えて制作されている点でそれまでの漫画作品と異なります。

 この展開は「メディアミックス」とも呼ばれ、現代のアニメ製作では当たり前となっているやり方です。例えば2022年にヒットした新海誠監督のアニメ映画『すずめの戸締まり』でも、アニメ映画を軸にし、新海誠さんの書いた同名の小説や漫画、主題歌などの楽曲展開も行っています。また、海外への展開も積極的です。

 『宇宙戦艦ヤマト』はこうした商業展開の祖にもなっており、アニメを中心とした一大エンターテインメント産業を確立したと言っても過言ではないと思います。メディア産業史的にも多大な功績があるといえます。

JRならぬ国鉄とのコラボ事例

 アニメ作品などを用いた地方創生においても、松本零士さんの功績は多大です。例えば『銀河鉄道999』は、その題材から実在の鉄道各社と高い親和性があります。今でこそローカル線含めアニメ作品とのコラボは珍しくありませんが、その先駆け的な存在が松本零士さんでした。

 そのコラボは、JRならぬ国鉄とのものでした。「ミステリーツアー 銀河鉄道999ロマンの旅」と題した行き先不明の日帰りミステリーツアーで、1979年(昭和54年)7月22日(日)、23日(月)に実施されました。始発は上野駅13番ホームで、『999』の車両のごとく、機関車によって客車が牽引される列車が用いられました。

 国鉄のまとめによると、2日間の1664席に対して4万枚のチケット申し込みがあったほどの人気ぶりでした。ミステリー列車の行き先は「アンドロメダ・ステーション」とのみ告知されており、この「アンドロメダ・ステーション」はどこかと連日報道され、ミステリー列車の上空にはテレビ局の中継ヘリコプターが飛ぶほどの熱狂ぶりだったといいます。

 行き先は両日とも栃木県那須烏山市の烏山駅で、往復する形で運行されました。松本零士さんもこのイベントに参加しており、車掌姿で乗客の車内検札をするファンサービスもあったそうです。

 その後21世紀に入ってですが、『999』は複数の鉄道会社でラッピング車両が走っています。例えば西武鉄道では2回にわたって『999』のラッピング車両が走っています。初代は2009年5月から14年12月にかけて運行されており、2代目は16年10月から19年3月まで運行されました。

 また、松本零士さんの故郷である北九州市を走る北九州モノレールでも2010年3月から『999』のラッピング車両が走っています。他にも同じく九州の肥薩おれんじ鉄道でも、2010年7月から15年10月まで走っていました。

 今でこそ観光目的で、鉄道車両にキャラクターをラッピングして走ることは珍しくありませんが、2009年当時は広告以外の目的ではそれほど例がありませんでした。

「北九州市漫画ミュージアム」が入っているあるあるCity。日本を代表するグッズショップチェーンが集積している(筆者撮影)
「北九州市漫画ミュージアム」が入っているあるあるCity。日本を代表するグッズショップチェーンが集積している(筆者撮影)

地方創生にも貢献

 こうしたイベントをきっかけに別の地方創生へと発展していった例もあります。例えば埼玉県秩父市などが運営する「秩父アニメツーリズム実行委員会」は、秩父市が舞台となっているアニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。(あの花)』や『空の青さを知る人よ』などの作品を用いた秩父市でのイベントを主催していますが、元々は西武鉄道の『999』の鉄道スタンプラリーを実施するために設立された委員会でした。

 こうした繋がりから松本零士さんは埼玉県との関わりもあり、県などが主催するイベント「アニ玉祭」でも登壇しています。「アニ玉祭」は、『クレヨンしんちゃん』『らき☆すた』『あの花』『ヤマノススメ』などなど埼玉県が舞台になったご当地コンテンツが集結するイベントです。2014年10月に行われた第2回で松本零士さんは、『999』のメーテル役の声優・池田昌子さんとトークイベントをしています。

第2回「アニ玉祭」のトークイベントに登壇する松本零士さん(中央)と池田昌子さん(左)(筆者撮影)
第2回「アニ玉祭」のトークイベントに登壇する松本零士さん(中央)と池田昌子さん(左)(筆者撮影)

 故郷の北九州市では「北九州市漫画ミュージアム」が2012年8月に開館し、この設立にも松本零士さんは多く関わっています。この繋がりからオープンから21年6月末まで名誉館長を務めていました。同ミュージアムでは松本零士さんの生い立ちについても触れることができます。アニメツーリズム協会の「訪れてみたい日本のアニメ聖地88」でも選ばれています。

 「北九州市漫画ミュージアム」が入っている「あるあるCity」という建物には、他にも「アニメイト」「ゲーマーズ」「まんだらけ」「メロンブックス」「らしんばん」「駿河屋」など、日本を代表するグッズショップチェーンが集積しています。一つの建物にここまで揃っているのは他に例がなく、小倉を代表する商業・観光名所になっています。

第2回「アニ玉祭」時の集合写真。写真は「松本零士公式ファンクラブ」の皆さんと(柿崎俊道さん提供)
第2回「アニ玉祭」時の集合写真。写真は「松本零士公式ファンクラブ」の皆さんと(柿崎俊道さん提供)

 このように、松本零士さんはアニメを主軸とするエンターテイメント産業や、今では当たり前となったアニメ作品を用いた地方創生の醸成にも深く関わっています。その功績をたたえ、謹んで心からお悔やみを申し上げます。

アニ玉祭で「松本零士公式ファンクラブ」の出展ブースの説明を聞く松本零士さんと池田昌子さん(柿崎俊道さん提供)
アニ玉祭で「松本零士公式ファンクラブ」の出展ブースの説明を聞く松本零士さんと池田昌子さん(柿崎俊道さん提供)

ジャーナリスト(アニメ聖地巡礼・地方創生・エンタメ)

1984年生まれ。千葉県市川市出身。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。「聖地巡礼」と呼ばれる、アニメなどメディアコンテンツを用いた地域振興事例の研究に携わる。近年は「withnews」「AERA dot.」「週刊朝日」「ITmedia」「特選街Web」「乗りものニュース」「アニメ!アニメ!」などウェブ・雑誌で執筆。共著に「コンテンツツーリズム研究」(福村出版)など。コンテンツビジネスから地域振興、アニメ・ゲームなどのポップカルチャー、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。

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