「働き方改革」の攻防は第一安倍政権を失墜させた「消えた年金」を思わせる
フーテン老人世直し録(356)
如月某日
国会は予算案の年度内成立を巡り与野党の攻防が激しさを増している。野党は裁量労働制を巡る厚労省のデータに問題があることから、安倍政権が今国会の最重要法案と位置付ける「働き方改革」関連法案の撤回を予算案採決の条件としているが、与党は予算案を今月中に衆議院を通過させ年度内成立を確実にしようとしている。
攻防を見ていると11年前に厚労省の杜撰なデータ管理が明るみに出て第一次安倍政権を失墜させた「年金記録問題」を思い出す。あの時は厚労省の外局だった社会保険庁が国民の年金記録を統合しオンライン化する中で誤りや不備を犯し、年金記録5千万件が「消えていた」ことが2月の通常国会で明るみに出た。
問題の発端は当時の野党民主党が年金記録に問題があるとして衆議院に調査を要求し、2月14日に衆議院調査局が厚生労働委員長に報告を行った。当時の安倍政権は小泉政権の方針を引き継ぎ社会保険庁を解体して非公務員型の「日本年金機構」を新設しようとしていたが、民主党は国税庁と社会保険庁の一部を統合し、税と社会保険料の徴収を一体化して行政の効率化を図る「歳入庁」の設立を提案していた。
結局、社会保険庁は解体され6月末には自公の賛成で特殊法人「日本年金機構」が設立されることになるが、そうした中で「消えた年金記録」は国民に衝撃を与え、7月の参議院選挙で自民党は惨敗、安倍総理はいったん続投を表明したが9月に臨時国会の冒頭でぶざまな退陣劇を演じた。「消えた年金」はその年の流行語大賞に選ばれ、民主党への政権交代の引き金となる。
「日本年金機構」の創設には国家公務員の労働組合も反対しており、与党の中には「社会保険庁が改革に抵抗するため自爆テロを行った」と指摘する声もあった。社会保険庁内部からの情報リークが意図的に行われたというのである。
いずれにしても第一次安倍政権が短命に終わったのは、厚労省外局の杜撰なデータ管理が明るみに出たこと、小泉政権が「構造改革なくして景気回復なし」を掲げ規制緩和を進めた結果、一時的に景気は回復したが格差も拡大して国民に景気回復の実感がなかったこと、そして「お友達内閣」の閣僚のスキャンダルや失言が相次いだことによる。
今回の問題はそれと同じではないが、しかし似た雰囲気を感ずる。第一にぶざまに退陣した安倍総理が華々しく返り咲くことが出来たのは「アベノミクス」による異次元の金融緩和で円安と株高を演出し、国民に景気回復の期待感を抱かせたことにある。
しかし恩恵は一部の富裕層と企業に限られ、一般の国民には期待感だけで景気回復の実感がない。景気の「気」は気持ちの「気」だから国民の気持ちが期待から不安に変われば「アベノミクス」は失敗する。
国民の気持ちを変えさせないため安倍総理は次々にアドバルーンを打ち上げなければならない。そのため「一億総活躍」とか「働き方改革」とか「人づくり革命」とか、やたらと威勢の良い「標語」のアドバルーンを打ち上げる。
しかしどんなに「改革」や「革命」を叫んでも日本経済の最大問題は実質賃金が上がらないことである。過去最高の利益を得た企業がなぜ賃金を上げないのか。人口減少が確実だから物が売れなくなるという将来不安、一方でリーマン・ショックの再来を恐れる心理が消えていない。国民が将来に備えて貯蓄するように企業も将来不安から内部資金を貯め込む。
しかし企業が賃金を上げなければ消費は増えず、消費が増えなければ企業は賃金を上げられない。そこで安倍政権は企業が要求する裁量労働制の拡大や高度プロフェショナル制の導入で企業の要求に応え、見返りに賃金を上げさせようと考えた。
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