都民ファーストは「小池効果」で惨敗を免れ、自民党は「安倍効果」で躍進を逃す
フーテン老人世直し録(592)
文月某日
秋に行われる衆議院選挙の前哨戦と位置づけられた東京都議会議員選挙は大方の予想を裏切る結果になった。大躍進が予想された自民党は第一党にはなったものの、過去2番目に少ない33議席に終わり、大惨敗が予想されていた都民ファーストの会は、自民党より2議席少ないだけの31議席で第二党の立場を確保した。
都民ファーストの会の健闘は、小池百合子東京都知事の「マジック」に有権者が乗せられた結果である。彼女はテレビキャスターの経験から視聴率を獲得する「極意」を身に着けている。それが今回も見事にツボに嵌った。
彼女がテレビキャスターを務めたのは1979年から92年までの13年間で、最初は日本テレビ『竹村健一の世相講談』でアシスタントキャスターを、88年からはテレビ東京の『ワールド・ビジネス・サテライト』でメインキャスターを務めた。
その頃、フーテンも視聴率競争の現場にいた。1980年に始まるTBS『報道特集』のディレクターを4年間務め、ゴールデンアワーの時間帯で報道番組を作る苦労を経験した。当時の『報道特集』は土曜夜10時という家族団らんの時間帯で、他局はそこに映画「ジョーズ」や「フーテンの寅さん」をぶつけてくる。
こちらはポーランド民主化のきっかけとなったワレサ委員長率いる「連帯」が、ストライキで社会主義の政府に勝利した記録映画を極秘に入手、世界で初めて公開したが、視聴率はわずか1%だった。営業が飛んできて「こんな番組は2度とやるな」と大目玉を食った。テレビ視聴率1%は100万人に相当するが、それではダメなのがテレビの世界である。
逆に24%という超高視聴率を取ったこともある。「三越の女帝」と呼ばれたデザイナー竹久みちがいかにして三越内部で権力を獲得していったかを追求した番組だ。いろいろやってみて分かったのは、美しく一見か弱い女性が果敢に戦う姿を見せるのが一番で、そこに教養の香りと少しスキャンダルを絡ませるのが視聴率のコツだと思うようになった。
おそらく小池氏も、大衆を引き付けるには一見か弱い女性が果敢に戦う姿を見せることがコツだと思っている。女性がただやみくもに戦うのではなく、一見か弱く逆境にあることが必要なのだ。2016年、安倍前総理から冷遇されていた小池氏は自民党を飛び出し、自民党を相手に果敢に戦う姿を見せて東京都知事選挙に勝利した。
これはブームを巻き起こし、翌年の都議会議員選挙には都民ファーストの会を立ち上げ、自民党を大惨敗させた。ここまでは良かったが、彼女は頂点を極めるとその先が続かない。国政を狙うと見せて安倍前総理を青ざめさせたが、「希望の党」結成に躓き、あとは鳴かず飛ばずになった。
東京五輪開催を巡っては森喜朗東京五輪組織委前会長に戦いを挑み、また築地移転問題でも豊洲移転を決めた石原慎太郎元都知事に戦いを挑んだが、それらはすべて空振りに終わる。都民ファーストの会からも脱退する議員が相次ぎ、小池ブームも終わりと思われた。
2020年東京五輪開催の年、新型コロナの世界的流行が起きた。五輪開催直前に都知事選を迎える小池氏は、直ちに天敵だった安倍前総理と手を組む。五輪が中止されれば安倍氏も小池氏も共に窮地に陥るからだ。2人は手を携えて「1年延期」を決めた。
そのため2020年の都知事選に自民党は候補者を立てなかった。その結果、小池氏は都知事選史上2番目となる366万票を獲得して圧勝する。その選挙での小池氏は、ただの一度もたすきをかけず、ハチマキも巻かず、つまり選挙の格好をせず防災服姿で押し通す。
選挙よりコロナと戦っている姿だけを都民に見せつけた。こうなると選挙戦を戦っている他の候補者が馬鹿に見えてくる。昔、タレントの青島幸男が一切選挙活動をしない選挙で人気を集め、都知事になったのと同じで、小池氏は再浮上のきっかけを掴んだ。
今回の選挙はその延長線上にある。収束しないコロナの感染状況と東京五輪開催への疑問、そして惨敗が予想される都民ファーストを抱えた都議会議員選挙、窮地に立たされたはずの小池氏は突然入院した。過度の疲労と言われれば誰も非難できない。フーテンには見事な逃避術に見えた。
小池氏はいったん渦の中から抜け出て、外から自分の置かれた状況を眺め、自分の先行きを考えているのだろうとフーテンは想像した。すると自公過半数が確定的で、都民ファーストは1桁に激減との予測が変わってくる。大衆の中に同情が湧き、それが支持に変わるのである。その変化を彼女はじっと見ていたと思う。
そこで病院を退院し、弱弱しい姿を見せれば同情と支持はさらに高まる。そして選挙の最終日、選挙応援はしないが候補者のところを回る姿を見せれば、都民ファーストへの投票は確実に増える。そしてその程度の応援なら自民党との関係を壊さないという計算だ。
これが視聴率を取るコツとぴたりと重なる。一見か弱い女性が逆境の中から立ち上がり戦う姿勢を見せれば、大衆はいやでも引き付けられる。こうして自民党は議席を伸ばせず、都民ファーストの会は惨敗を免れた。
自民党が議席を伸ばせなかったもう一つの理由は「安倍効果」である。いま国民の頭を悩ませる東京五輪開催で、「1年延期」を決めたのは安倍前総理である。ところが本人は、その後始末を菅総理に負わせ、自分はキングメーカーを気取って、ひときわ目立つ形で選挙応援に駆け回る。これが自民党の足を引っ張る。
安倍政権時代に起きた政治の不祥事は「モリカケ桜」に代表されるように、ほとんど安倍前総理個人とその周辺にまつわるスキャンダルである。森友問題では真面目な官僚が自死に追いやられ、しかも公文書改ざんという国家としてあってはならない犯罪まで生んだ。
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