初めから終わりまで森喜朗の世界だった2020東京五輪
フーテン老人世直し録(596)
文月某日
2020東京五輪が開会した。23日午後8時から行われた開会式は、「無観客」ということもあるが、英語で言えばシャビ―な感じの式典だった。簡素と言うよりみすぼらしさを感じさせた。
そう思わせるのはフーテンに前回の東京五輪の記憶が残っているからだ。今回の五輪は前回とは正反対の日本の姿をフーテンに感じさせる。1964年の東京五輪は、太陽が水平線から立ち昇る「ライジング・サン」を思わせたが、今回は太陽が水平線に沈み込む直前に輝きを失う「トワイライト・サンセット」を見るようだ。
第二次大戦の敗戦から復興した日本の姿を見せようと前回の五輪は企画された。だからギリシアで採火された聖火は中東、アジア諸国を巡り、日本で唯一地上戦闘が行われた沖縄を経て鹿児島から日本全国にリレーされた。
最終走者は原爆投下の日に広島で生まれた19歳の無名の青年である。彼が国立競技場の聖火台までの長い階段を無事に登れるか、固唾をのんで見守ったことをフーテンはまだ忘れていない。開会式はシンプルでショー的要素はなく、しかし十分に感動的であった。
これがアジア初の五輪開催だった。日本はこれを機に新幹線や高速道路などのインフラ整備を行い、製造業を主力とする高度経済成長を成し遂げる。20年後の80年代半ばには世界一の金貸し国となって、世界一の借金国に転落した米国に脅威を与えた。
米国は日本に対する反撃として、1985年のプラザ合意、86年の日米半導体協定、87年のルーブル合意などで、為替、先端技術、金利の各方面で米国の優位を強制し、一方で中国を国際経済に招き入れて日本をけん制した。
その結果、90年代以降の日本経済は「失われた時代」を迎える。代わりに中国経済が安価な労働力を背景に躍進し、2010年に日本は世界第二位の経済大国の座を中国に明け渡す。その直前に開かれた2008年の北京五輪の開会式は絢爛豪華そのものだった。
映画監督のチャン・イーモウが演出したショーは、彼の映画同様に色鮮やかでパワフル、中国民族の歴史と文化芸術を3千人の演技者を使って表現した。その圧倒的な表現力にフーテンは感嘆すると同時に辟易するものも感じた。
今回の開会式に北京五輪を超えるものを期待した訳ではない。しかし決定的だったのは何のために開いた五輪なのかが最後まで分からなかったことだ。つまりそもそも「復興五輪」ではない。東北の被災地の子供たちが演者として駆り出されただけで、自然災害からの復興も、原発災害からの復興もテーマにならず、冒頭に行われた「黙祷」が東日本大震災の犠牲者を含むものかも分からなかった。
コロナと闘うアスリートを暗示する部分もあったが、それよりも日本らしさを出さなければならないと思ったのか、木遣りが流れて江戸火消しが現れたり、北野武監督の映画「座頭市」を思わせる和製タップダンスがあったり、歌舞伎とジャズピアノの競演があったりと、ごった煮の演出では意味が分からない。ジョン・レノンの「イマジン」を外国人歌手が歌うシーンだけが最もメッセージ性を感じさせた。
このショーから分かるのは、「失われた時代」を迎えてからの日本人は、結局何を追い求めて良いのかが分からないでいるということだ。なまじ「復興五輪」と、とってつけた意味づけをしたからなおおかしくなった。「復興」を隠れ蓑にした政治利権追求の五輪と考えれば辻褄は会う。開会式はそれを再確認させてくれた。
開会式が行われる数日前、テレビでは誰が聖火の最終走者になるかが話題になった。すると橋下徹元大阪市長が「感謝を忘れてはいけません。ここまで五輪を引っ張ってきたのは森さんだから、森さんが最もふさわしい」と発言した。森さんとは森喜朗前東京五輪組織委会長である。女性差別発言で今年2月に辞任したばかりだ。
これを聞いた瞬間「毒が回ったか?」と思った。「毒が回った」とは、本当はそう思っていないが、何らかの事情でそう言わされることを言う。何らかの事情とは、断れない誰かからそう言うように頼まれた。あるいは金で買収された。あるいはスキャンダルを種に脅されたなどいろいろある。
同じ時期に一斉に同じことを言わせて世論をその方向に向かわせるやり方は政治の世界で珍しくない。橋下氏が唐突に森喜朗氏の復権に言及した時、フーテンはまずそれを考えたが、翌日には組織委の中で森氏を名誉最高顧問に就任させる案が検討されているというニュースが流れた。なるほど橋下氏の発言はその前触れということか。
すると5月頃から森氏本人が橋本聖子組織委会長に名誉最高顧問就任を要求しているという情報も流れてきた。森氏はあの女性差別発言を少しも悪いとは思っていない。辞任後「俺に世話になっている政治家が誰も辞任を止めなかったのはおかしい」と発言しているからそれが分かる。世話になったとは金をもらったということだ。
その森氏はバッハIOC会長と昵懇の中のようだ。なぜこの2人の仲が良いのかを調べていくと、ロシアのプーチン大統領と、セネガル人で国際陸上連盟元会長のラミアン・ディアクという人物の名前が浮かび上がる。
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