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ジル・バイデンは東京五輪開会式に本当に出席するのか

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(595)

文月某日

 首都東京と神奈川、千葉、埼玉の3県では、7月19日から東京五輪開催に伴い大規模な交通規制が始まった。大会関係者や選手をスムーズに移動させるためで、競技場周辺の道路には大会関係車両しか通行できない「専用レーン」と、大会関係車両に道を譲らなければならない「優先レーン」が設けられた。

 一般の車両がこれに違反すると普通車で減点1点と6千円の反則金が科される。また高速道路では大会期間中入り口の一部が閉鎖される他、自家用車やオートバイの高速料金を午前6時から午後10時まで千円上乗せして交通量を抑制する措置が取られる。

 そのため一般道路が渋滞し、荷物の配送に遅れの出ることが予想される。またバスの運行も運行区間の変更や停留所の休止によって庶民の日常の足に影響を与える。五輪開催が歓迎一色であったなら、国民も仕方がないと思うだろうが、昨今の状況ではこれがまた国民の怒りに火をつけかねない。

 そして交通規制が始まる前日の18日、海外から来日し五輪選手村に滞在する選手2人が新型コロナウイルスの検査で陽性反応が出たと大会組織委は発表した。選手村に滞在する選手が陽性反応を示したのはこれが初めてである。

 この他に選手村に入っていない海外からの選手で1人が陽性反応を示しており、選手以外の大会関係者で海外からと国内在住を合わせると19日昼の時点で58人が新型コロナの陽性反応を示したと大会組織委は発表した。

 選手村には大会期間を通じ1万8千人が滞在する予定だが、毎日の検査によってどれほど陽性者が出ることになるかは予想もつかない。感染拡大に拍車がかからぬよう祈るばかりだ。

 さらにこの日、共同通信は米国のワシントン・ポスト紙が「東京五輪は完全な失敗に見える」と報じたと伝えた。その記事によると、1964年の東京五輪は日本が第二次大戦の敗戦から立ち直ったことを象徴し、大規模なインフラ整備も進んだが、今回の五輪は首都圏での無観客開催が決まったことで経済効果も期待できず、日本に誇りを取り戻すことはできない。当初の五輪への熱気は敵意にすら変わっていると報じている。

 同じ日にフーテンが見た米CNNテレビは、選手村で初めて選手の感染者が出たニュースと共に、日の丸の鉢巻きを締めた日本人の男が4万ドル分のチケットを買ったのに無駄になったと憤懣をぶちまけるインタビューを放送した。つまり米国メディアは2020東京五輪が惨憺たる五輪になると発信しているのである。

 またフーテンはこの日に、台湾のオードリー・タン氏が台湾代表として東京五輪開会式に出席する予定を断念したことも知った。オードリー・タン氏は台湾のデジタル担当大臣として、コロナ対策にその才能と手腕を発揮し、世界的に有名になった人物である。

 コロナ禍での五輪開会式に出席する人物としてフーテンは意味があると考えていたが、IOC(国際五輪委員会)から出席を断られたのだという。台湾行政院によると、IOCは新型コロナ対策のため、開会式への参加は選手以外に各国の元首や政府のトップに限ると各国に通知を出した。それによってオードリー・タン氏は出席を断念した。

 「コロナとの闘い」で名をはせた人物を参加させない五輪開会式の目的とは何なのか。コロナ禍であるにもかかわらず、「コロナとの闘い」など眼中にない「五輪貴族」の愚劣な「お遊び」としか思えない。

 開催国の元首として天皇は7月23日の開会式で開会宣言を読み上げる。そのことへの「心の痛み」を天皇は表明され、最終的にはたった一人で出席することになった。前例のない出席のされ方である。これまで東京、札幌、長野五輪では天皇は必ず皇后と共に出席し、皇族方も出席されたが、今回は異例のたった一人を決断された。

 雅子皇后は元外交官として皇室外交に並々ならぬ熱意を抱いておられるとフーテンは考える。世界からVIPが訪れる東京五輪には格別の期待があったと思う。しかしコロナ禍に見舞われて苦しむ国民がいることを思えば、その期待と熱意を封印せざるを得ないと心に決めたのだろう。

 フーテンは以前のブログで「願わくは、天皇の心の痛みが各国元首に伝わり、開会式への参加を見合わせる動きが出て、日本国内のスポンサーもそれに倣って参加を自粛し、観客がいない中での開会式が実現すれば、それはコロナ禍での五輪開催を象徴する」と書いた。

 19日に大会スポンサーの中でも最高位の「ワールドワイドパートナー」を務めるトヨタ自動車は、日本国内では東京五輪に関するテレビCMを放送しないことを決めた。また豊田章男社長以下トヨタ関係者の開会式への出席も見合わせることにした。国民感情に配慮した結果だと思う。

 これを聞いてフーテンは、米国大統領夫人ジル・バイデンは本当に開会式に出席するのかと一瞬思った。すでに大統領府が発表していることだから、ジル・バイデンの出席は動かないとは思いつつも、米国メディアの東京五輪に対する厳しい反応や、天皇の「心の痛み」などを考慮すれば、喜んで参加する気にはなれないだろうと思ったからだ。

 そして米中対立の中で、台湾の存在を大きくクローズアップさせているバイデン政権にとって、オードリー・タン氏の「コロナ対策」は評価すべきものに違いない。そのオードリー・タン氏が出席を断念したというのだから、考えを変えることにはならないのだろうか。

 しかしジル・バイデンが来日しなければ菅総理に対する打撃は計り知れない。「開催への努力を支持する」と言ってきた米国が「努力を認めない」ことになるからだ。米国に「ノー」と言われて存続する日本の政権などありえないのが日米関係だ。それでなくとも内閣支持率が低下している菅政権に対し、追い打ちをかけることは米国にとって得策とは言えない。

 ただコロナ禍を理由にみんなが出席を見合わせるとなれば話は別だ。セレモニーは極力なくして選手の競技だけに専念する五輪は、それはそれでコロナ禍の五輪を象徴する。それを最も理解していないのがIOCをはじめとする五輪関係者だ。旧来の特権的感覚から脱し切れていない。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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