廃止しても「奴隷制」は変わらない? 外国人「技能実習」はなぜ問題なのか
今週月曜日(10日)、「人身取引」が横行しているとの批判が根強い技能実習制度などの見直しを検討する有識者会議の中間報告書が発表された。この中間報告書で、技能実習制度の廃止とそれに代わる、「人材確保と人材育成」を目的とした新たな制度の創設という大きな方向性が示され、多くの報道機関で「技能実習制度の廃止」というフレーズが大きな見出しをとった。
参考:技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議「中間報告書 ( たたき 台 )」2023年4月10日
しかし、今回の中間報告書の内容を素直に評価することは難しい。目的と実態の乖離が大きく、人権侵害の温床となっている「技能実習制度の廃止」を示した点は評価できるが、それに代わる新しい制度の中身はまだ決まっていない。特に、様々な問題を生み出してきた「転職の禁止」については、新しい制度でも一定の制限を設けつつ残存することになっており、継続審議という結論で終わっている。
この点を踏まえると、今後、制度の名前が変わっただけで、今日の技能実習生が直面する状況と同様の問題が新しい制度でも生じる可能性も十分に考えられる。
今回は、中間報告書で示された新しい制度の方向性をみていき、新しい制度が今後どのようになっていくのか、どのようになっていくべきかという点を考えていきたい。
技能実習制度と特定技能制度について
中間報告書で示された新しい制度について、方向性が示された重要な点としては、①原則「転職禁止」の緩和が提案された点と、②在留資格「特定技能」とのより円滑な連結性が提案された点にある。
これらの点を考えるにあたり、簡単にではあるが、現行の技能実習制度と特定技能制度の概要と両制度の関係性についておさえてこう。
技能実習制度とは、1993年に途上国への技能移転による「国際貢献」を目的に創設され、現在は在留資格「技能実習」のもと最大で5年間日本で実習(就労)することができる。これまで幾度となく指摘されていることではあるが、「国際貢献」という目的は形式的なもので、実際には人手不足の産業が労働力を確保する手段として制度が活用されている。
特に、同制度の原則「転職禁止」というルールは、労働条件を改善しなくても労働力を確実に確保できる手段として機能しており、これが様々な人権侵害を生み出してきた。
参考:技能「実習」制度の見直し 「現代奴隷」「人身取引」は是正されるのか?
現在は、この制度で87の職種で受け入れ可能となっており、農業や漁業、建設、食品加工など、私たちの社会にとって必要不可欠な仕事を技能実習生たちが担っている。
近年は、メディアも技能実習生を取り巻く「奴隷的」な労働・生活環境を報道することが増えた結果、国内外から同制度への批判が高まった。これを受けて、日本政府は真正面から「単純」労働力を受け入れる新たな制度として、2019年に在留資格「特定技能」を創設している。
在留資格「特定技能」1号では、現在12の分野で受け入れが可能で最大5年就労することができ、「特定技能」2号では、「建設業」と「造船・船用工業」の2業種のみで、就労期間に期限はない。また、技能実習制度と異なり、転職は可能である。
「特定技能」の担い手は、技能実習修了生を想定されていた。実際に、2021年は、在留資格「特定技能」の全体の8割が技能実習から移行した労働者であった。そのため、特定技能制度は、技能実習を修了した実習生たちを、帰国させることなく引き続き日本で活用するための制度として機能している。
中間報告書のポイント① 在留資格「特定技能」との連結性について
新しい制度において、在留資格「特定技能」とのより円滑な連結性が提案されている。
この点の問題意識として、報告書では「外国人がキャリアアップしつつ我が国で修得した技能等を更にいかすことできる制度とする」とあるが、これは裏を返せば、受け入れ企業が技能実習生を中長期的に活用できる制度にするべきだという企業・産業界からの意見を反映したものとなっている。
実は技能実習制度に関しては、受け入れ企業からも労働力活用という観点から不満があった。具体的には、技能実習期間(最大5年)が修了すると帰国するという点で、言い換えれば、「ようやく戦力になったと思った外国人労働者を帰国させないといけない」という点だ。そのため、先ほど見たように、在留資格「特定技能」労働者として技能実習修了生が想定されたわけだ。
しかし、現行の技能実習制度と特定技能制度との間では、受け入れ可能な産業や具体的に担わすことができる職種の連結性が不十分であった。そこで、新しい制度では、特定技能への円滑な移行が行えるような方向性が示された。
具体的には、職種を「特定技能の分野にそろえる」との方針である。現在の特定技能の受け入れ分野は12と限定的なため、今後、特定技能の受け入れ分野の数を増やし、新しい制度の職種との連結性を高めることが考えられる。
中間報告書のポイント② 転職について
次に、「転職の制限」がなぜ重要な論点になっているのかを見ていこう。
技能実習制度と言えば、農業や縫製業などで時給300円で働かされる技能実習生の存在が報道されることもあり、労働力の安さが一番の魅力であると一般的には考えられている。
しかし、技能実習生を活用する受け入れ企業にとって、一番重要なのはその点ではない。むしろ、実習生を受け入れるための費用や毎月の監理費用などを含めると日本人労働者よりもコストが高くなることもある。
技能実習制度の一番の魅力・重要な点は、原則転職が禁止されているという点にある。移動が制限されているために、受け入れ企業としては、労働条件を改善することなく、「転職しない・辞めない」確実な労働力としての技能実習生を確保することができる。
そして、まさにこの「辞めれない」という点が深刻な人権侵害を生み出しており、数多くの技能実習生による「失踪」へと繋がっている。
有識者会議の中では、転職の禁止・制限を撤廃するべきとの意見も多数みられ、また、技能実習制度に関しては、以前から転職が認められている特定技能に一本化するべきという意見もあったが、そうならなかったのは、労働力確保としての「転職の禁止・制限」が大きな役割をはたしているからだと考えられる。
昨年行われた技能実習制度及び特定技能制度の利用者(受け入れ企業や監理団体など)を対象にしたアンケート調査では、特定技能制度の課題として、「転職が可能なので人材が定着しにくい」という意見が多く集まった。
具体的には「技能実習3年後に他社に転職する実習生の行先は給料の高い都市部が多い。3年間どれだけ良くしても、給料の高いところへ行くので特定技能人材は定着しないことを危惧する」という声があった。何よりも労働力確保にとって、「転職の禁止・制限」の果たす役割の大きさがうかがえる。
この点を踏まえると、制度の名前が変わったとしても、技能実習生を劣悪な労働環境に縛り付ける「転職禁止」を「原則可能」に変更しないのであれば、今日の技能実習生が直面する状況と同様の問題が新しい制度でも生じる可能性が高い。
しかし、この「転職禁止」こそが、活用する側にとって、「技能実習」の「最大のメリット」でもあるのだから、話は簡単にまとまりそうにない。
おわりに
今回の中間報告書で示された新しい制度は、技能実習制度の「人材育成」による国際貢献という側面を引き継ぎ、「人材確保」という新たな目的を追加する形になっている。
「人材育成」を残したのは、転職の制限を解禁したくないからだ。そのため、今回の提案では、技能実習制度の名前の廃止は主張されているが、実質的には技能実習制度の「完全廃止」ではなく、一部廃止であり、現行の技能実習制度を特定技能への円滑な移行を想定した、企業にとってより活用しやすい制度へと変更することが提案されたのだろう。
このように技能実習制度に代わる新しい制度でも、人材確保・活用という視点からの提案が色濃く、人権や労働者の権利の確保は焦点化されているとはいえない。
「人材確保」という「本音」を目的に正面から追加した点は良いのだが、労働力確保を目的に受け入れるのであるなら、他の在留資格の外国人労働者と同様に、転職の自由の権利は当然に認められるべきである。
今回の中間報告書は、大きな方向性が示されただけで、詳細はこれからになる。今年の秋に最終報告書が提出される予定だ。いずれにしても、当面は現在の技能実習生の人権擁護が重要な課題であることにかわりはない。
筆者が代表を務めるNPO法人POSSEには、最近も技能実習生からの労働相談が寄せられている。建設現場で働くベトナム人技能実習生は、現場での安全対策が不十分で作業中に上から木材が降ってきて骨折をした。また、板金工場で働くベトナム人技能実習生は安全装置がついていない機械での作業を命じられ左指4本が切断された。2件とも会社側は責任を認めず、彼らは放置されていた。
このような技能実習生からの労災相談が多いことを受け、同団体では今年のゴールデンウイークには、高校生や大学生などのボランティアを中心に相談会を開催する。現場で技能実習生など「外国人」労働者の相談対応やアウトリーチ活動、情報発信などを行っていく予定だ。
参考:5月6日&5月7日に川口で「なんでも相談ひろば」を実施します!
ご自身や周りの技能実習生の働き方について相談したいことがある方や、被害救済に取り組みたい方は、ぜひ下記の窓口も参考にしてもらいたい。
無料労働相談窓口
メール:supportcenter@npoposse.jp
※「外国人」労働者からの相談を、やさしい日本語、英語、中国語、タガログ語などで受け付けています。
ボランティア希望者連絡先 volunteer@npoposse.jp