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20年愛され続けた人気店が ラーメンと屋号を「捨てた」深刻な理由とは?

山路力也フードジャーナリスト
ラーメン業界を取り巻く状況は厳しい。

ベテランラーメン職人が油そば専門店をオープン

2024年11月、船橋にオープンした油そば専門店『油カダブラ』。
2024年11月、船橋にオープンした油そば専門店『油カダブラ』。

 2024年11月、船橋駅南口の「仲通り商店街」の一角にラーメン店がオープンした。店の名前は『油カダブラ』(千葉県船橋市本町4-41-29)。濃厚な豚骨魚介スープに自家製の香味油と全粒粉配合の自家製太麺。従来の油そばとは違った力強い味わいで、早くもリピーターを呼ぶ人気ぶりだ。

 店主の荒木康勝さんはラーメン職人歴20年以上のベテラン。『麺屋武蔵』などで経験を積み、2001年、20代の時に『麺屋あらき』を千葉県習志野市で創業。2005年には、千葉県内でいち早く濃厚豚骨魚介ラーメンを提供する『麺屋あらき 竈の番人』を船橋市で開業。長年千葉のラーメンシーンで人気店を展開してきた人物だ。

『麺屋あらき 竈の番人』がラーメンと屋号を「捨てた」

千葉で長年ラーメン店を営んでいる『油カダブラ』店主の荒木康勝さん。
千葉で長年ラーメン店を営んでいる『油カダブラ』店主の荒木康勝さん。

 油そばが大好きだった荒木さんは、以前から既存の油そばに不満を感じていた。ラーメン店はスープを作るのに、なぜ油そば店はオリジナルの油を作らないのか。オリジナルの油で個性を出してこそ油そば専門店と言えるのではないか。その想いを形にしたのが、今回新たに立ち上げたブランド『油カダブラ』だ。

 今回のオープンにあたり、系列店の既存店舗をリブランディングしてブランドを整理。その結果、20年愛されてきた主力ブランドである『麺屋あらき 竈の番人』ブランドは完全に消滅。千葉で一時代を築いた濃厚豚骨魚介ラーメンは姿を消した。荒木さんはなぜ長年愛されてきたラーメンと店の屋号を「捨てた」のだろうか。

高騰する原価と上げられない売価

煮干や魚節の高騰はラーメンに大きな影響を与える。
煮干や魚節の高騰はラーメンに大きな影響を与える。

 「『竈の番人』のラーメンでは大量の煮干しや魚節を使っているのですが、コロナ禍から魚介の乾物系の値上がりが尋常ではないのです。しかし煮干しや魚節という、『竈の番人』のラーメンにとって重要な部分を減らすわけにもいかない。大きな軸の部分は変えずにレシピや製法の見直しを続けて来ましたが、いよいよ限界というところまで来てしまいました」(『油カダブラ』店主 荒木康勝さん)

 飲食業界において原材料費や人件費の高騰は大きなダメージとなる。ましてやラーメンのように薄利多売の商品だとそのインパクトは大きい。20年前に600円で出していた『竈の番人』のラーメンは、最後は900円という売価まで値上げしたがそれ以上は上げられなかった。

 「今から20年前と比べると原価が4倍以上に上がっているのですが、ラーメンの価格を4倍に出来るわけではありません。千葉という土地柄もありますが、僕自身もそこまでブランド力や付加価値をつけられなかった部分もあり、ラーメン一杯に1,000円以上という価格は厳しいだろうと。これまでのクオリティを維持出来ないのであれば、それは『竈の番人』とは言えないので閉めました」(荒木さん)

ラーメンのクオリティを維持した油そばへシフト

『油カダブラ』の「油そば」は豚骨魚介風味。
『油カダブラ』の「油そば」は豚骨魚介風味。

 『油カダブラ』の「油そば」は、一般的な油そばとは異なる豚骨魚介味。大量の煮干しや魚節をふんだんに使ったスープと、オマール海老とカメリアラードで作ったオリジナルの香味油が一体となり、全粒粉を配合した自家製太麺と絡み合う。他にも背脂バージョンや辛油、カレーなどのバリエーションも豊富だ。

 「『竈の番人』のクオリティを維持したまま価格も抑えるにはどうしたらいいかを考えた時、油そばであればスープを大量に使わなくても同じ味が表現出来るなと。スープはラーメンに比べて1/10程度しか使っていませんが、スープや香味油は『竈の番人』の時と同じものです」(荒木さん)

 一般的な油そばは油とタレで味付けをするが、『油カダブラ』の「油そば」は豚骨魚介スープがタレのように入っている。これによって今までの油そばにはないインパクトと、味の深みを出すことが可能となった。原価を抑えたいという理由から斬新な油そばが生まれたのだ。

油そば専門店ならオリジナルの油を作るべき

自分が美味しいと思う油そばを追求していきたいと語る荒木さん。
自分が美味しいと思う油そばを追求していきたいと語る荒木さん。

 「チェーン店が多いということもあるのでしょうが、油そばを看板に出している専門店でも、油は既存の油を使っている店がほとんどじゃないですか。この油そばの油はオマール海老を使っていますが、海老の香味油は『麺屋あらき』を創業した時から大切にしてきたオリジナル。油そば専門店と名乗るならば油も手を加えて、その店オリジナルのものにするべきだと思うんです」(荒木さん)

 千葉にいち早く濃厚豚骨魚介ラーメンを持ち込んだ荒木さん。20年が経った今、他にはないオリジナルの油そばで再び千葉のラーメンシーンに革命を起こす。

※写真は筆者によるものです。

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フードジャーナリスト

フードジャーナリスト/ラーメン評論家/かき氷評論家 著書『トーキョーノスタルジックラーメン』『ラーメンマップ千葉』他/連載『シティ情報Fukuoka』/テレビ『郷愁の街角ラーメン』(BS-TBS)『マツコ&有吉 かりそめ天国』(テレビ朝日)『ABEMA Prime』(ABEMA TV)他/オンラインサロン『山路力也の飲食店戦略ゼミ』(DMM.com)/音声メディア『美味しいラジオ』(Voicy)/ウェブ『トーキョーラーメン会議』『千葉拉麺通信』『福岡ラーメン通信』他/飲食店プロデュース・コンサルティング/「作り手の顔が見える料理」を愛し「その料理が美味しい理由」を考えながら様々な媒体で活動中。

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