Yahoo!ニュース

岸田首相の「新しい資本主義」も野党の批判も完全に的外れ。そもそも日本に新自由主義などなかった!

山田順作家、ジャーナリスト
本当になにをしたいのかわからない所信表明演説(写真:つのだよしお/アフロ)

■立憲民主党・西村智奈美氏の岸田首相批判

 一昨日(12月6日)の岸田文雄首相の所信表明演説に続いて、今日は、各党の代表質問が行われた。そのなかで、立憲民主党の幹事長・西村智奈美氏は、次のような趣旨のことを述べた。

「岸田首相が提唱された分配を重視するという『新しい資本主義』に期待していましたが、いまは絶望しています。首相は格差を広げた新自由主義から決別すると言ってらっしゃいましたが、そのような政策は見えてこないばかりか、逆行しているのではないですか。なぜ、新自由主義を進めた竹中平蔵氏が諮問会議のメンバーになっているのですか」

■いくら聞いてもイメージできない

 たしかに、岸田首相はこれまで「新自由主義から決別する」と言ってきた。アベノミクスとは違う「新しい資本主義」を提唱してきた。

 実際、所信表明演説でも何度も「新しい資本主義」を繰り返し、新自由主義が格差や貧困を拡大したとして、「新しい資本主義」を具体化することで「成長も分配も実現する」と述べた。そして、「(これは)数世代に1度の歴史的挑戦だ」と強調した。

 しかし、「新しい資本主義」の具体像はまったく見えてこない。「10万円給付」の争点になっている現金かクーポンかがまったくあいまいなように、新しい資本主義もあいまいのままだ。

 首相は、所信表明演説で、欧米の例を引き合いに出して、こうも言った。

「米国の『ビルド・バック・ベター』、欧州の『次世代EU』など、世界では、弊害を是正しながら、さらに力強く成長するための、新たな資本主義モデルの模索が始まっています。わが国としても、成長も、分配も実現する『新しい資本主義』を具体化します」

 これを聞いて、「新しい資本主義」をイメージできた人はほとんどいないだろう。

■格差と貧困を生み出した“元凶”?

「新しい資本主義」の質疑が噛み合わないのは、首相にしても西村氏にしても、論点の基盤となる新自由主義の認識が間違っているからだ。

 もし、「新自由主義からの決別」が「新しい資本主義」とするなら、これまでの日本は新自由主義で経済政策をやってきたことになる。とくに、アベノミクスは新自由主義だったということになる。

 しかし、この前提は本当だろうか?

 これまで日本では、新自由主義が格差と貧困を生み出した“元凶”として批判対象になってきた。左翼はもちろん、全野党、与党までがこれを批判してきた。そればかりか、多くのエコノミスト、学者も新自由主義を問題視してきた。 

 しかし、新自由主義とは、そこまで否定すべきものだろうか? また、日本経済が低迷し、格差と貧困を生み出したのが、歴代政権が新自由主義政策をとってきたからなのだろうか?

■規制の最小化と自由競争を重んじる

「新自由主義」(neoliberalism:ネオリベラリズム)とは、辞書的に言うと、次のような考え方、政策である。

「政府などによる規制の最小化と自由競争を重んじる考え方。規制や過度な社会保障・福祉・富の再配分は政府の肥大化をまねき、企業や個人の自由な経済活動を妨げると批判。市場での自由競争により、富が増大し、社会全体に行き渡るとする」(デジタル大辞泉)。

 つまり、新自由主義とは、別の言い方をすれば、政府は極力「小さな政府」でいいとする考え方だ。

 新自由主義といえば、マーガレット・サッチャー政権時のイギリスや、ロナルド・レーガン政権時のアメリカが代表例とされるが、いずれも「小さな政府」を指向していた。

 しかし、1990年のバブル経済崩壊以後の日本は違う。財政を借金(国債発行)によって拡大させ、無駄な公共投資を行って企業の力を衰退させ、「失われた30年」をまねいてきた。

■税金と規制の多さで「大きな政府」

 「小さな政府」では、税金も規制も少ない。

 そこで、所得に占める税金と社会保障費の比率を示す国民負担率の推移を見ると、1970年度には24.3%にすぎなかったのに、2020年度には44.6%と50年で約2倍に膨らんでいる。

 明らかにいまの日本は「重税国家」で、「大きな政府」である。そのため、国民は、重税と社会保障費の負担に苦しみ、これに少子高齢化による人口減が加わり、経済低迷から抜け出せない。

 経済協力開発機構(OECD)によると、規制の少なさで日本は46カ国中24位となっている。これは先進国(すでに先進国ではないという見方が優勢)として、規制が多い方である。

 日本より上位には、イギリス、デンマーク、スペイン、ドイツ、オランダ、スウェーデン、ノルウェー、フィンランドなどの欧州諸国が並んでいる。

 このうち北欧諸国は、税金が高く国民負担率が大きいので「大きな政府」と考えられているが、規制は日本よりはるかに少ない。つまり、自由な経済を持っていて、それは新自由主義とも言えるのだ。

■日本は「社会主義」「縁故資本主義」の国

 かつて日本は、「世界でもっとも成功した社会主義国」と皮肉られたことがある。これは、皮肉ではなく本当だ。

 日本企業は、欧米では見られない終身雇用、年功序列システムで運営されてきた。非正規雇用が4割に達したとはいえ、いまだに多くの企業がこれを守っている。

 そうして、社長から平社員までの給与格差は小さく、手厚い福利厚生、雇用保障がある。さらに、仕事の能力とは関係なく、家庭事情に基づいて支払われる各種手当まである。

 この日本型システムは、どう見ても社会主義、共産主義的であり、資本主義とは言い難い。この日本型システムの典型が官僚組織であり、彼らが経済に介入して経済政策を仕切っているので、日本は欧米型の自由な資本主義国とは違っている。

 どうしても資本主義と言いたいなら、中国型の「国家資本主義」(state capitalism)、あるいは「縁故資本主義」(crony capitalism)だろう。

 この「国家資本主義」「縁故資本主義」をこれまでずっと続けてきたのが、歴代の自民党政権だ。「金融ビッグバン」「小泉構造改革」などは表面だけで、新自由主義とは言い難い。

 アベノミクスも同じだ。3本の矢の3番目が「規制改革」だったが、それでできたのは加計学園の獣医学部ぐらいだ。しかし、これは規制改革ではなく、縁故資本主義の見本だろう。

■トリクルダウンが起きなかった本当の理由

 アベノミクスを新自由主義と言って、「トリクルダウンが起きなかった」「格差が拡大した」と批判する人々がいるのには、驚くしかない。

 トリクルダウンが起きず、格差が拡大したのは、アベノミクスが新自由主義ではなかったからだ。そもそもトリクルダウン理論そのものは不確かとされるが、それでもアベノミクスが新自由主義なら、政府と癒着した「中抜き」による「ピンハネ男爵」などは誕生しなかっただろう。

 中央銀行に大規模な金融緩和をさせ、財政出動を繰り返す政策は、新自由主義とは真反対の政策だ。借金による財政拡大で「大きな政府」をつくり、日銀に株を買わせて、市場を圧迫する。これは、明らかな左翼政策であり、保守政党がやることではない。こうしていまや、日本企業の多くが、“国有企業”となってしまった。

 縁故資本主義システムの下で、左翼政策を行えば、産業の競争力は失われる。まして、日本は人口減社会だから、どうやっても需要は減り続け、消費は減退していく。

■「賃上げ3%」「雇用調整金の継続」は無益

 経済政策に関する根本認識が間違っているため、岸田政権は、口ではどう言おうと、今後もいままでどおりの社会主義路線を歩むしかなくなっている。

 政府が経済に大きく介入し、無駄な財政出動を繰り返す。それが、「賃上げ3%」「雇用調整金の継続」などの政策に表れている。

 賃上げを政府が企業に要請する。しかも、賃上げの根拠はない。とすれば、これは政府が労働組合になったことと同じだから、資本主義ではない。

 雇用調整金の継続にしても同じことが言える。これは、雇用を維持しながら従業員に休業手当を支払う企業に対し、国が手当の一部を助成する制度。つまり、雇用を税金で人為的に維持するということだから、まったく資本主義ではない。雇用調整金はいずれ打ち切られる。そうしたら、不要な従業員は解雇され、失業者は一気に増えるだろう。

 資本主義なら、賃金も雇用も市場に任せなければならない。

■若者が当たり前の人生ができない国

 もし、日本が新自由主義経済をやっていたら、少なくとも、ここまで経済は停滞しなかっただろう。いくら人口減による人口オーナス期に入ったとはいえ、自由な市場があれば、人々は知恵をしぼり、才覚を磨き、経済を発展させたはずだ。日本人はヤワではない。

 ところが、政府は、経済政策を履き違え、社会主義国と同じような政策をとり続けてきた。そしていま、それをさらに「分配」と「バラマキ」で強化しようとしている。

 いまや、若い世代はいくら努力しても、所得を増やして豊かになることが不可能になっている。まず、給料が上がらない。なんとか貯金できてもゼロ金利で増えない。投資しても、日本の投資環境は圧倒的に悪い。そのうえに増税である。

 就職して働き、やがて結婚して家庭をつくり、子供を育てる。そういう当たり前の人生ができなくなっている。

■政府がやるべきは仕事とチャンスをつくること

 いま、政府がやるべきなのは、「新しい資本主義」などと言って国民をごまかすことではない。また、野党もなんの定見も持たず、新自由主義を批判しても意味がない。

 このままいくと、与野党馴れ合いの「分配」と「バラマキ」が拡大し、日本はどんどん貧しくなっていくだろう。

 困窮者に補助金、給付金という名目でおカネを配っても、それは一過性に過ぎず、それがなくなれば困窮者はまた困窮する。

 おカネを配るより、おカネを稼げるように、仕事をつくり、チャンスを与えることが、本来政府がやるべきことだ。「分配」と「バラマキ」では、分厚い中間層など絶対にできない。

 いま流行りの言葉に「SDGs」(持続可能な開発目標)がある。この言葉にある「持続性」は、「分配」や「バラマキ」では続かない。

 税金が高く、規制が多く、政府と一部の企業、資本家が結びついているほど国民は不自由を強いられ、経済は衰退していく。こうしたことは、途上国で見られることが多い。この点で、日本は先進国ではなくなってしまったのかもしれない。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

山田順の最近の記事