CM前後の煽り、振り返り、過剰なテロップもない 『芸人キャノンボール』に見る視聴者第一主義
2015-2016年の年末年始は、TBSのバラエティ番組が“攻めた”編成をしていた。
たとえば12月29日には『時間がある人しか出れないTV』、30日に『クイズ☆正解は一年後』、1月4日に『えっ!松本今田東野が深夜にカバーネタ祭り』、6日には『さまぁ~ずの芸人100人が答えました』とお笑い濃度の高い番組が相次いだ。
極めつけは元日のゴールデンタイムに放送された『芸人キャノンボール』だ。
『芸人キャノンボール』は1997年から始まったカンパニー松尾によるAV作品『テレクラキャノンボール』が下敷きになっている。2014年には『劇場版テレクラキャノンボール2013』として劇場公開もされた作品だ。『キャノンボール』シリーズはアイドルグループ・BiSを題材にした『劇場版BiSキャノンボール2014』にも発展した。プロレス団体・DDTではマッスル坂井によってスカパー・サムライTVでオマージュ作品『プロレスキャノンボール2009』を制作。その後、2015年には劇場版『劇場版プロレスキャノンボール2014』が改めて制作され公開。大きな反響を呼んだ。(参考:映画の“バラエティ化”の果てに生まれた『プロレスキャノンボール』という青春映画) また、テレビでは『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ)がパロディ企画「モテないNo.1決定戦」を放送している。
そうした「キャノンボール」シリーズの本活的な芸人版として企画されたのが『芸人キャノンボール』だ。企画・演出したのは藤井健太郎。『クイズ☆タレント名鑑』や『水曜日のダウンタウン』などを制作する現在のテレビ界随一の攻めた作り手だ。
と、藤井本人が語るように、もともとはAVの企画で、お笑い濃度の高い企画を、お正月の、しかもゴールデンに放送すると決めたTBSの編成はかなり攻めている。
思えば、昨年もTBSはレギュラー化する前の『クレイジージャーニー』を元日に放送し視聴者を驚かせた。4月にはそれがレギュラー化され、深夜24時台のTBSの躍進につながったのだ。
■千秋の視聴者目線
『芸人キャノンボール』は4チームに分かれた芸人たちに4つのステージごとに「お題」が与えられる壮大な“借り物レース”。制限時間内に「お題」に合致する人をチェックポイントまで連れて行き、その人が各チームの代表としてお題に沿った対戦をする。ポイントは到着した順番で与えられるポイントと、対戦したうえでの結果の順位に応じて与えられるポイントがあり、さらに「『紅白』出場者」「社長」「100キロ超え」などの特定の特長がある人を連れて行けばボーナスポイントが与えられる。
そんな中でこの番組を象徴する活躍を見せたのが千秋だ。
「とにかく歌が上手い人」を連れていくという第2ステージ。そこでロンドンブーツ1号2号チームが真っ先に電話をかけたのは、『紅白』歌手でもある千秋だった。
最初こそ突然の電話に「マネージャーに確認しないと」と一度は躊躇するが、旧知の仲である出川哲朗やウド鈴木の説得に「行ったほうが面白いんでしょ? 行ったらオイシイんでしょ? じゃあ行くー!」と快諾したのだ。
だが、これが思わぬ展開を見せる。
ロンブーチームが待ち合わせの場所に到着してしばらく待っていると千秋から電話がかかってくる。なんと、別の仕事で行けなくなったというのだ。もちろんロンブーチームは大混乱。なんとか時間ギリギリで別の人物を連れてチェックポイントの会場に到着した。
すると、なんとおぎやはぎチームの代表として千秋が登場したのだ!
じつはロンブーチームからの電話の後、おぎやはぎチームのバカリズムからも連絡が入った千秋。先に約束した上、長い付き合いのウドや出川を裏切れないというがバカリズムはそのほうがオイシイと説得。果たして、彼女は面白い方を選択したのだ。歌った曲の選択もそうだった。点数にこだわるのなら別の曲を歌ったほうが良かった。だが、ウドもいる会場で千秋が選んだのは持ち歌であるポケットビスケッツの曲。ウドも千秋の横で踊り、不完全な形であるがポケットビスケッツが“復活”したのだ。
すべては視聴者が面白いと喜んでくれるほうを。たとえ自分が“悪者”に映ったとしても視聴者を第一に考えた選択をしたのだ。
■視聴者目線の演出
こうした視聴者第一主義は出演者の言動だけではなかった。
『芸人キャノンボール』はとても“静か”な番組だった。
現在のバラエティ番組では当たり前の過剰なテロップも、無駄なナレーションも、繰り返されるBGMもない。ましてや、「この後、まさかの…!」などというCM前の煽りも、CMの後の同じ場面の繰り返しもない。もちろん、ワイプだってない。
テロップやナレーション、BGMは最小限に抑えられ効果的に使われていた。
視聴者にとって邪魔になるような演出が排除されていたのだ。
思えばTBS編成部長の菊野浩樹氏は以前このように語っている。
もちろん『芸人キャノンボール』の演出はこの発言を受けて、というよりも『テレクラキャノンボール』の演出を踏襲した部分のほうが大きいだろう。だが、それが許される状況だったのは間違いない。
そもそもCM前の煽りやCM後の振り返り、過剰なテロップなどは、視聴率を少しでも高めようとして始められたものだろう。途中から見始めた人にも分かるようにだとかザッピングした人の目を引くためだったり、“ながら見”でも大丈夫にするためだ。けれど、それらはちゃんと見ようとしている視聴者には邪魔なだけだ。
いわば視聴“率”第一主義だ。そこからTBSは脱却し、視聴“者”第一主義に移行しようとしている。
演出以外の面で言えば、番組の開始を数分だけズラすのも、前後の番組を無理やりくっつけて大型特番にしてしまうのも視聴率目線で作られたものだろう。
視聴者からすると録画などに極めて不便だ。リアルタイム視聴にこだわるのはあくまで局側の都合であり、顧客目線に立っていない。
視聴率を少しでも取ろうとするあまり、ちゃんと見ようとする視聴者に不便や不快感を強いることで、結果テレビ離れが起こってしまい、ますます視聴率が下がってしまうという悪循環が起きている。
テレビはつまらないのではない。不便なだけだ。
しかしながら、『芸人キャノンボール』は、「見終わり感」が最高だったにも関わらず、やはり低視聴率に終わってしまったようだ。
だが、そもそも視聴率というのはスポンサーに買ってもらうための指標だ。何がいちばん重要かといえばスポンサーがつくか否かだ。たとえ低視聴率でもスポンサーがつけば問題ない。ならば、テレビ局がまずしなければならないのは、面白い番組を作り続けることと同時に、スポンサーを納得させるような視聴率とは別の指標を作ることではないだろうか。