基礎からよくわかる「病理医」になるには~令和元年版
問い合わせが増えた
この記事を書いている榎木英介は、「病理医」だ。
なんでカッコをつけて「病理医」と書いているかというと、「病理医」になる方法について分かりやすく詳しく解説したいと思っているからだ。
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先日、日本中の「病理医」があつまる会(日本病理学会の総会)に参加した。多くの「病理医」たちと交流したが、そのなかで「病理医」のことを知っている人たちが増えていることを感じるという声を聴いた。
小中学校に行って出前授業をしたり、市民向けイベントで子どもたちや一般の人たちと交流したときに、「病理医」って知ってる?と質問すると、知っているよ!という返事が返ってくることが多くなったというのだ。
知名度アップの最大の理由は、「病理医」を主人公とするマンガ「フラジャイル」だ。2016年(平成28年)にはテレビドラマ化もされ、たくさんの人たちが「病理医」という職業があることを知った。
また、Twitterで10万人をこえるフォロアーを持つ現役病理医ヤンデルさんの超アクティブな活動や、HANSHIN健康メッセのような病理医と直接交流できるイベントも影響を与えているだろう。
「病理医」である私も、自分の職業が知られるのはうれしい。
学会には「病理医」になるにはどうすればいいのですか?という問い合わせも来ているというが、その内容をきいてハッとさせられた。
私たちが当たり前だと思って説明してこなかったところを質問する方が多いという。
確かにGoogleで「病理医になるには」という言葉で検索すると、日本病理学会が医学部の学生に向けて作ったパンフレットがトップに出てくるが、一般の人たちが読んで分かりやすいものではない。
私も「病理医」の記事を何度も書いているが、ある程度分かっているという前提で記事を書いてきた。大いに反省した。
そこで、この記事では、「病理医」になる方法を基礎から解説したい。
#ただ、以下の記載は日本国内で「病理医」になる方法を解説している。外国で「病理医」になりたい場合は、各国の制度に従おう。
「病理医」は医者です
まず大前提だが、「病理医」は医師国家試験に合格し、医師免許を持った医者(医師)だ。「病理医」という特別な資格はない。
病理標本を顕微鏡で見て、これはがんです、などと報告書を書くことは、一般的な医者のイメージからかなり離れているが、医者でないとできないことなのだ。
医学部に入りましょう
というわけで、「病理医」になる第一歩は医学部に入ることだ。
医学部にもいろいろ学科があるが、医者になり医師国家試験を受ける資格を得ることができる医学部医学科に入らないといけない。
医学部医学科の定員は各大学100名強。総合大学では、ほかの学部、学科に入るよりかなり難しいことが多い。近年受験者が多く、かなり難しくなっている。だから頑張って勉強して医学部医学科に入ってほしい。
ただ、全国に医学部医学科のある大学は82あるが、どの大学に入ってもいい。さらに言えば、外国の大学に入ってもいい。卒業後日本の医師国家試験を受験する資格を得られる大学ならOKだ。
さすがに言うまでもないことだが、大学に入るには高校を卒業するか、高等学校卒業程度認定試験(高認)に合格しなければならない。
医学部では全部学びます
努力の甲斐あり医学部に入ったとしよう。いくら病理医になりたくても、医学部では、病理学とともに内科、外科、小児科、産婦人科など、医学に関するあらゆる科の勉強をする。医師免許は一種類しかなく、「病理医」専用の医師免許はないのだ。
当然医師国家試験もあらゆる科から出題される。
医学部医学科の修業年限は6年だ。大学のほかの学部は4年のところが多いので、2年長い。
ほかの学部を一度出た人ならば、5年程度で卒業できる学士編入学という仕組みもあるが、定員は5名程度のところが多く、かなり難関だ。
研修2年は必須です
医師国家試験に合格し、医師免許を取得した。さあ、病理医になれるぞ!…というわけにはいかない。初期臨床研修をどこかの病院で2年間受けなければならない。
時々制度が変わるのだが、基本的に内科や外科など複数の科を、数か月単位でローテーションする。必修の診療科が決まっており、そのなかに病理診断科はない。選択科目として病理診断科を選べる病院があるが、常勤の病理医がいなければ選べない。
どの病院で研修をするかは選ぶことができる。自分の出身大学の附属病院でなくてもよく、最近では一般の総合病院で研修を受ける医師のほうが多い。ただ、希望がすべて叶うわけではない。研修病院は医学部6年生のとき、マッチングという仕組みによって決まる。
医学部卒業後3年目から病理研修を開始します
初期臨床研修の2年間を修了することができたら、ようやく病理医になるための研修がスタートする。
研修はどこかの病院で行わなければならないが、卒業大学の附属病院や初期臨床研修を行った病院でなくてもよい。病理専門研修プログラムから選ぶことになる。
この研修プログラムに沿って、病理診断のトレーニングを受け、条件を満たせば病理専門医試験を受けることができる。専門医試験は知識を問うペーパーテスト、標本を顕微鏡で見る実地試験、面接からなる。試験に合格したら病理専門医となることができる。
ただ、専門医は医師免許と違って国家資格ではない。
だから病理専門医を持っていなくても、医師免許を持っている医者ならば病理診断はできる。
あえて病理専門医を取得しないというポリシーの病理医がいるくらいだ。また逆に、病理専門医になったからと言って、すぐに信頼される病理医になるわけではない。いわばスタートラインに立ったに過ぎない。
専門医があろうがなかろうが、生涯学び続けなければならない。どんな職業でもそうだと思うが、学ばない人は時代についていけなくなるのだ。
ここまでをまとめよう。
病理医になるには、大学医学部医学科で6年間学び、2年間初期臨床研修をし、3~4年病理医専門研修をし、病理専門医試験に受かってようやく病理専門医としてスタートを切れる。18歳で高校を卒業し、順調にいったとしても30歳の手前でようやく病理専門医になれる、果てしない道だ。
ただ、人生100年時代、すべてをストレートでいく必要はない。社会人を経て中年になってから医学部に入り病理医になった人もいるし、外科などほかの科を何年もやってから病理医になる人もいる。病理医研修は初期臨床研修を修了してさえいればいつ始めてもよい。かくいう私も病理専門医になったのは39歳。遠回り組の一人だ。
お金はそれなりにかかり、収入は医師の平均程度です
ここで、あまり語られてこなかったお金の話をしよう。
病理医になることを病理専門医試験に合格すること、ととらえると、お金はそれなりにかかる。医学部6年間の学費は、私立大学の一部では3000万円以上もかかる。
ただ、奨学金や卒業後の職場が限定される地域枠など、ある程度お金を節約できる方法はある。
そして参考書や医師国家試験の受験料、学会の年会費、参加費など、何かとお金がかかるのは事実だ。また「病理医」の数は全国に2000人程度と少ないため、病理診断に関する本がベストセラーになることはない。売れないので一冊の値段が高い。
病理医になったら、どれくらいの収入を得ることができるのだろう。
「病理医は残業や当直、手術がなく、基本給に上乗せされる手当が少ないため、仕事の重要さの割に年収が平均的、もしくは若干低い傾向」という指摘もあるが、病院によっては残業があるところもあるし、解剖などでの呼び出しもある。医師の平均といったところだろう。
また、製薬メーカーからの資金の提供も少なめだ。主要20学会中、日本病理学会の理事が受け取る製薬メーカーからの資金は16位と下位だ(マネーデータベース『製薬会社と医師』~あなたの医者をみつけよう)。だから病理医は、副収入まで含めると、多少ほかの医師より年収は低い可能性があるが、その分クリーンだと言えるだろう。
病理医にならなくても病理学には関われます
ここで注意しなければならないのは、今まで述べてきたのは、一般の病院や大学病院で病理診断を行う病理医になる方法だ。
病気のことを研究する病理学の研究なら、病理医でなくてもできる。さらに言ってしまえば、医師でなくても研究はできるのだ。
一般向けの病理学の本で異例のベストセラーになった「怖いもの知らずの病理学講義」の作者でもある仲野徹さんは、大阪大学医学部で病理学を教えているが、病理専門医ではない。
私が所属していた近畿大学医学部病理学教室にも、様々な大学の医学部以外の学部を卒業した研究者が多くいた。
また、病理組織標本を作る仕事は臨床検査技師が行っているし、細胞診という、細胞の形をみて診断する仕事は、臨床検査技師のなかで試験に合格した細胞検査士という人たちが行っている。
病理学を広い視野でみれば、医学部医学科に入れなかったら終わり、というわけではないのだ。
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「病理医」になるには、最低30歳手前まで基礎的なトレーニングをし、その後も学び続ける長い道のりが必要だ。決して簡単ではない。
それでも、この仕事には魅力があるし、とても重要だ。たとえAI(人工知能)が病理診断の現場に入ってきても、仕事の内容が変化するだけで、なくなることはそう簡単にはないだろう。
「病理医」になりたいと思う人は、臆することなくぜひチャレンジしてほしい。
参考になるウェブサイト