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芦田愛菜さんがあこがれる病理医とは?~女性にも女優にも向いた職業です

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
中学生になった女優芦田愛菜さんが将来就きたい職業は病理医だという(写真:アフロ)

テレビドラマで知って…

来週27日から始まる第106回日本病理学会総会の準備に追われている全国の病理医に、疲れを吹っ飛ばす超ド級のニュースが飛び込んできた。

芦田は19日放送の日本テレビ系「スッキリ!!」にVTR出演し、この春から始まった中学生活について語った。また、将来は「医学系の道に進みたい」という芦田だが、その中でも「病理医」になりたいと考えているという。「(病理医のことは)ドラマで知ったんですけど、ほかにも知らない職業がいっぱいあればいいなと思っています、今は」と語った。

出典:芦田愛菜、将来の夢は「病理医」に加藤浩次ら驚き

なんと、複数の一流中学に合格し、才女ぶりをいかんなく発揮した女優の芦田愛菜さんが、具体的に病理医になりたいと考えているという。日本人のなかで知っている人だって1%以下と言われているくらいの病理医を目指してくださる!!

そりゃ加藤浩次さんならずとも、病理医の私だって驚く。

そのきっかけはドラマだったという。病理医ドラマと言えばもう一つしかない。2016年の1月から3月まで放送されていた「フラジャイル」(長瀬智也主演)だ。

放送当時は私も病理医を取り上げてくれたことがうれしくて、このYahoo!ニュース個人にも記事を書いた。

ドラマの影響力の大きさに期待していたが、それが芦田さんに届いたわけだ。もちろん、そこには、受け取る側の芦田さんが医療に関心があるという素地があったからこそだろう。

病理医って何?

芦田さんがなりたいという病理医とはどんな職業だろう、と関心を持った人は多いだろう。

番組の説明によれば、病理医とは「人の細胞や組織を顕微鏡などで観察して病気の診断をする医師」だという。

出典:芦田愛菜、将来の夢は「病理医」に加藤浩次ら驚き

簡潔かつ正確に述べてくださっている。ありがたい。ただ、それだけではもちろん足りないので、もうちょっと詳しく説明してみたい。

私自身がハフィントンポストに書いた記事「忘れられた医師不足~病理医不足」にだいたい病理医の仕事のことは書いたが、中高生にも分かるようにもう少しかみ砕いて書いてみたい(私の記事にはあまり若い読者がいないのだけれど)。

病理医の仕事、病理診断とは、主に顕微鏡を用いることによって、患者さんから採取した臓器、臓器を構成している組織、そして一個一個の細胞の標本を観察し、病気があるのか、ないのか、あるとしたらどんな病気か、そして、もし可能ならどこまで広がっているのかを調べ、そのことをレポートに書くことだ。

様々な科から標本は提出される。だから全身の臓器、組織、細胞のことを知らないといけない。私たち病理医が書いたレポートが、患者さんの治療方針を決める根拠になるので、間違えたら大変だ。

標本になるのは3種類手術材料(臓器そのものや臓器の一部)、生検検体(病気のある部分からひとつまみ組織を取る)、細胞(たん、尿、おなかや胸のなかにたまった水のなかに含まれる細胞を取ったり、あるいは臓器の表面から細胞をこすり取ってきたりする。細胞一個一個がバラバラなことも多い)の3つだ。手術材料と生検検体からつくられる標本は病理組織標本と呼ばれ、細胞から作られた標本を細胞診標本という。

これらをプレパラートと呼ばれるガラス板の上に付着し、色を付け(組織や細胞はそのままでは透明でよく観察できないから)、カバーガラスをかけて顕微鏡で観察する。標本を作製するのは臨床検査技師で、なくてはならない我々病理医の大切なパートナーだ。

通常、標本が作られるまでには数日かかる。

手術の最中に、切り取る予定の臓器の切れ端に病気が残っていないか、がんなどではリンパ節に転移がないか、あるいは、病気の種類そのものを早く知りたいという目的で、組織を凍らせて、10~20分以内に標本を作製し診断する術中迅速診断も行われる。早くできるが、急速冷凍の影響で標本の質が悪いという欠点がある。術中迅速細胞診という方法もあり、プレパラートに付着した細胞を、すぐに細胞に色を付けることができる方法(通常細胞診では使わない病理組織標本用のヘマトキシリン・エオシン染色法)で色を付け、採取後すぐに診断する。

こうした仕事が日々の大半を占めるが、忘れてはいけない仕事がある。病理解剖(剖検)だ。

病気で亡くなった患者さんの胸、おなか、ときに頭蓋骨を切って中の臓器を取り出し、観察し、標本をつくって、患者さんがどうして亡くなったのか、病気はどこまで広がっていたのかなどを調べる。患者さんは決して生き返ることはないが、解剖することによって明らかになった事実が、治療にあたった担当医の反省を促し、ご遺族の疑問にこたえ、次の患者さんの治療をより良いものにすることができる。

死因を特定することは決して簡単なことではなく、病理医、そして担当医の知識、経験を総動員する大変な仕事だ。だが、わずかな組織の異常から、死に至る過程を解き明かすことができたときには、解剖に同意してくださったご遺族、患者さんの思いに報いることができたという大きな満足感を得ることができる。

このような仕事が、私たち病理医の仕事だ。

普段は患者さんに接することがないから(一部病理外来をやっている病院は例外だが)、一般の人には知られていないし、医師の間でも、このような業務内容があまり理解されていないように感じることも多い。

その代表が、病理医=研究医というものだ。

確かに病理医のなかには研究を中心に医療に貢献する優れた人たちがいる。そういった人たちの研究が、医療を発展させている。しかし、ここで述べた診断の仕事も大切なものであり、病理医の多くは一般の病院で、日々患者さんの標本と向き合っている。近年研究も診断も片手間ではとてもできなくなってきていて、研究する病理医と診断する病理医の分業化が進んでいる。

ただ、どちらが上下というわけではないことだけははっきり述べておきたい。

女性(もちろん男性も)、女優、高齢者に優しい仕事

病理医って結構大変な仕事なんだ…と思った人がいるだろう。実際日々診断、勉強で、多忙ではある。人手不足も深刻で、多忙に拍車をかけている。人手不足ということは、需要が供給を上回っているということであり、将来性があるということかもしれないが、現場は将来より今なんとかならないかと願っているほど忙しい。

とはいえ、ほかの科の医師と比べると、比較的時間に融通がきくといえる。

というのも、術中迅速診断や病理解剖を除くと、時間で拘束されることが少ないからだ。明後日までに診断しなければならない、という標本があったとすると、今日の朝やっても、昼やっても、夜やっても間に合うわけだ。朝は子どもが熱を突然出したので遅れます、とか、夜は子供を保育所へ迎えに行きますとか、そういったことが比較的やりやすい。

もちろん、これは複数の病理医がいて分業ができる大病院でないとなかなかできないことではあるが、子育て中の病理医(女性に限らない)にとっては非常にありがたい。

そして、女優業もできるはずだ。さすがに主演映画とか主演連ドラに出るときには一定期間休職することになるだろうが、それでも、定期的なレギュラー番組の出演とか、スポット的なものなら十分いけるだろう。

私自身、STAP細胞事件のあった2014年には、結構テレビ出演をしたが(それでも40本程度だが)、職場の配慮もあって業務に支障をきたすことはなかった(その分仕事の生産性を高める工夫はした)。

あと述べたいのが、末永く続けられる仕事だということだ。

病理医は一人前になるのに時間はかかる。覚えるべき知識が膨大で、しかも日進月歩だからだ。しかし、いったん身に着けてしまえば、あとは知識のメンテナンスを怠らなければ長く第一線にいられる。

体力的にも、さすがに病理解剖は厳しいが、顕微鏡をみるのは目と腕があればできる。肉体的に消耗し、高齢では続けられない外科医よりは職業人としての寿命が長い。80代、ときに90代で現役という病理医も何人もいる。

病理医の仕事は責任重大だし、一生勉強し続けなければならない大変な仕事だけど、その分、飽きることは絶対にない奥深い仕事なのだ。だから、仕事内容を理解して興味を持った人には強く推薦したいし、特に女性には、もっと目を向けてもらいたい職業なのだ。

近年女性病理医率が増加している。厚生労働省の医師・歯科医師・薬剤師調査(2014年)によれば、主に病理診断に従事する医師は男性1312人、女性454人(女性の割合26パーセント)だが、一年目の新人に限って言えば、男性59人に対し女性23人(女性の割合28パーセント)と、女性の比率がわずかに高くなってきている。ちなみに医師全体の女性の割合は20.4パーセント、新人医師の女性の割合は32パーセントである。評価はお任せしたいが、実感としては病理診断は女性がのびのびと活躍できる分野だと思う。私の最初の師匠は女性病理医(大林千穂・現奈良県立医大教授)だったし、出身の神戸大学では、後輩の若い女性病理医たちが次々と巣立っていっている。

15年後の病理医とは?

とはいえ、芦田さんはまだ中1。厳しいと言われる慶應大学医学部に内部進学できたとしても、病理医としての修行を開始するまで、医学部6年、研修医2年の8年かかる。ということは、芦田さんが駆け出し病理医(フラジャイルでいうところの宮崎)になっているのは15年以上あとということになる。

15年たつと、医療も、そして社会情勢も変わる。記事に書いたように、病理診断におけるAIの活用は相当進んでいるだろう。AIが病理医の仕事を完全に奪うかは不明だが、様変わりしている可能性が高い。高齢化は今より進み、団塊の世代を中心とする「多死社会」がきているだろう。病理解剖の数は激増しているかもしれない。

予測なんてあてにならないが、あえて言わせてもらうと、AIの病理診断への進出は、考えようによっては芦田さんの可能性を広げるかもしれない。病理診断に費やす時間が少なくても、より高度な診断ができるようになるからだ。人手不足もAIと遠隔医療の導入で解消に向かうだろう。iPadのようなデバイスで、控室や自宅でも診断できるようになるかもしれない(医療法の改正が必要ではあるが)。

そして空いた時間は、芸能活動に思う存分あてればよい。そこはAIが絶対にとって代わることができない分野だ。

社会的に求められており、知的な好奇心を刺激し、時間にも融通がきく…病理医は芦田さんにぴったりの職業と言えるだろう。

おっと、いい年した大人が、未来のある中学生の進路に差し出がましいことを言ってしまったようだ。中1に日本中の病理医の期待を押し付けるなんて失礼だ。

芦田さんは病理医にならなくったっていい。どんどん新しい職業に興味を持ってほしい。世の中には重要な、芦田さんのような才能を欲している職業は多々ある。病理医という職業を世の中に広めてくれただけで十分だ。今まで病理医がしてきたことの何千倍、何万倍もの宣伝効果があったのだから。

さらに病理医のことを知りたい方へ。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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