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コロナ渦で私たちは本との時間をより必要とするか?

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
北欧ノルウェーのおうち時間の過ごし方と出版業界の試行錯誤(提供:アフロ)

新型コロナにより、できる限り家で時間を過ごすようにノルウェー政府が市民に要請した3月。各自治体では本を市民の家に届けるサービスを図書館が開始した。

ノルウェーに引っ越してから、「この国には読書をする人が多いな」という印象を私は持った。本だけでなく、新聞もよく読む。

コロナの影響でオープニングは遅れたが、最近はオスロのフィヨルド沿いに新しい市立図書館もできた。

ノルウェーでは「未来図書館」という壮大なプロジェクトも動いている。世界中の100人の書き手が2014年から毎年1人1冊、合計100冊の本をノルウェーの図書館に寄贈し、その本を読むことができるのは100年後の2114年。

未来図書館とコロナの共通点といえば「生と死」かもしれない。このプロジェクトの関係者の多くは、私も含めて、2114年にはもうこの世にはいないだろう。

2019年のノルウェー人の読書率は?

ノルウェーの読書傾向を調べた2020年7月発表の調査によると(ノルウェー書店連盟「Leserundersokelsen 2020」が調査会社Ipsosに依頼し、16歳以上のおよそ1000人を対象に実施)

  • 83%の人口が最低でも1冊の本を読んだ
  • 26%が10冊以上の本を読んだ
  • 46%が週に最低2~3日は子どもに本を読んだ
  • 68%が最低1冊の本を購入した
  • 70%が最低1冊の本を書店で購入した
  • 42%が最低1冊の本をネットで購入した
  • 25%が最低1冊の電子書籍を読んだ
  • 読者はおよそ12冊をノルウェー語で、3.8冊を外国語で読んだ
  • 電子書籍の購入者は2017年度よりも5%増加し2019年は25%
  • 18%が過去1週間に書店を訪れた、60%が過去1か月に書店を訪れた

レポートでは「ノルウェー人の書店の利用率は高い」と評価している。

一方で、コロナ渦では本屋での本の売り上げが30%下がったとノルウェー書店連盟は発表している(Dagsavisen紙)。

3月末発表のノルウェー出版社協会の調査では、回答した出版社の10社のうち9社がコロナ渦で経済的打撃を受けており、10社のうち7社が予定していた本の出版を停止・延期した。

コロナの影響で未来の本が届かない?

未来の世代に本を贈ろうという未来図書館の話に戻ろう。

これまでにマーガレット・アトウッド氏(カナダ)デイヴィッド・ミッチェル氏(イギリス)ショーン氏(アイスランド)エリフ・シャファク氏(トルコ)、韓江氏(韓国)がノルウェーの首都オスロにある森を訪れ、本を寄贈した。

2020年はノルウェー出身の人気作家カール・オーヴェ・クナウスゴール氏が本を寄贈する予定だった。

2021年の作家はベトナム系アメリカ人のオーシャン・ヴォン氏に決定している。

しかし、新型コロナの影響で今は簡単に他国へと渡航ができない。

国外に在住しているクナウスゴール氏とプロジェクトを立ち上げたケイティ・パターソン氏のノルウェー訪問が難しくなり、9月に予定された贈呈式は中止となった。

クナウスゴール氏はこれまでの筆者の記事で何度か登場している。

未来の本の贈呈式をデジタルではしたくなかった

本の台本をデジタルで寄贈すればいいというものではなく、これまでオスロの森で行われていた「紙の本の贈呈式」に関係者はこだわりがある。

飛行機でノルウェーに来ることができないクナウスゴール氏はこのようなメッセージを寄せている。

時間が過ぎるのを待ちましょう

死が突然のものであるように、生も同じように未来へと託されていきます。今から100年後の人々は私たちにとって見知らぬ人々です。彼らがどのような人々で、どのような考えをもち、どのような課題に彼らが向き合っているのか、私たちにはわかりません。しかしゼロからスタートする世代はありません。私たちがそうであったように、未来の世代は私たちという過去の世代のものを引き継ぎます。この本たちには時間と歴史が詰まった文字が含まれているだけではなく、私たちの時代に育つ木々が印刷されて使用されます。

寄贈式は実現不可能という知らせが来た時、ノルウェーとイギリスをつないでデジタル寄贈式をすることもプランBとして挙がりました。しかし、私にとってこのプロジェクトで森は重要な意味がありました。だから時間が過ぎるのを喜んで待ちましょう。オールドスタイルに、手から手へ本をお渡しできる日を。

出典:未来図書館 カール・オーヴェ・クナウスゴール氏より

「本を100年後の世代へ届けよう、自分たちは読めなくてもいい」という人々の集まりだ。時間にあせらず、贈呈式の決行を急がないのは自然な流れなのかもしれない。

「社会が閉じている時に、本を市民の家へ届けた図書館員は本の効果をわかっている」

プロジェクトを立ち上げたケイティ・パターソン氏にメールで取材をして、これからの本や図書館との時間はどうなると思うかを聞いてみた。

「パンデミックによって人間と本の距離はより近くなると思います。本は別の世界への入り口です。私たちが孤独を感じている時、本は慰みとなり、読み手は別の世界へと輸送されます」

「ノルウェーではロックダウンが起きた時、防護具で身を包んだ図書館員が本を市民の家へと届けました。私はそのことに大変感動したのです。ノルウェーの人は、この難しい時期に本がもたらす効果にしっかり気づいているのだと」

Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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