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ムカデに咬まれたらお湯で温めるべき?誤解されやすい「虫刺され」の知識を医師が解説

坂本昌彦佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医
(写真:アフロ)

 夏真っ盛り。虫との遭遇も増える時期ですね。

 虫といえば、以前こんなことを聞かれました。

「虫刺されは冷やせばいいと言われるけど、『ムカデに咬まれたときはお湯で温めるといい』とネットに書いてあります。どっちが正しいんですか?」

 一般に虫に刺されたときには局所の炎症を和らげることが大事なので冷やすことがお勧めされています。でも、確かにネットには「ムカデの毒は熱に弱いので、咬まれたら温めるのがよい」という情報がいくつか見つかりました。

 中には医療機関のウェブサイトにも書いてあるものもあります。さて、どれが正しいのでしょうか。

 今回はこのムカデの話を含め、虫刺されについて誤解されやすい内容を中心にお話しします。

ムカデに咬まれたらお湯で温めるのがよい?

 ムカデに咬まれると激しい痛みが生じますので、痛みへの処置が必要になります。

 オーストラリアでムカデ咬傷14例の経過を追った研究では、咬まれた後、多くは冷却や鎮痛を行って対処していましたが、このうち4例でお湯に浸したところ痛みが和らいだと報告しています[1]。温めると有効なケースは実際あるのかもしれません。

 

 いっぽう、世界有数の医学教育ライブラリであるStatpearlsに掲載されているムカデ毒の項目を確認すると、温水につける治療を行った場合、よくなるケースは確かにありましたが、中には悪化したケースもあったようです[2]。

 

 また台湾の研究では、ムカデに咬まれた患者の治療をアイスパックでの冷却、温水による治療、鎮痛剤による治療で比較したところ、痛みの改善効果にはいずれも差がなかったとして、安価で安全な治療法として冷却を勧めています[3]。

 医学文献をざっと調べると、どうやら「温めればよい」としている意見よりも、他の虫刺されと同様に冷やすべきという意見が専門家の間では多そうです[4] [5]。 

 温める処置を間違いとは断言できませんが、少なくとも冷却より優れているという根拠は見つかりませんでした。

 となると、基本的には虫刺されの処置の基本に立ち返り、ムカデに刺された場合も冷やすのが無難かと思います。

 このように、危険生物に咬まれた場合の対処の基本は冷却ですが例外もあります。それはクラゲなどの海洋生物(刺胞動物)です。

 たとえば海辺でクラゲに刺された場合には、食酢をかけ、45度前後の温水で洗い流すことが痛みを和らげる方法してお勧めされています[6]。

ハチに2回刺されるとショックになるというのは本当?

 信州にいると、毎年この時期にはハチに刺されて救急外来を受診する子どもに出会います。そんなとき、「ハチは2回以上刺されるとショックになる」と聞いて慌てて救急車を呼びました、という方に出会うこともあります。確かに心配ですね。

 ハチに刺されると、刺された場所の痛み以外に、蕁麻疹や気分不快感、呼吸困難などの全身のアレルギー反応(アナフィラキシー)を起こすことがあります。

 これは1回目に刺されたときにハチ毒の成分に対する抗体が体の中にでき、2回目以降に刺されたときにそれが反応して起こるものです。

 ただ、2回刺されたら必ずショックを起こすわけではありません。

 幸い子どもは大人より症状が軽いことがわかっています。つまりハチに刺されても、ほとんどは刺された場所が腫れたり痛くなったりする局所反応だけのことが多く、刺された後意識がはっきりしていれば必要以上に怖がる必要はありません。

 また2回目に刺された場合も、その91%で全身のアレルギー症状は出現しないと考えられています[7]。

 通常の局所反応だけであれば、刺された場所をしっかりと冷やすことで痛みや腫れを抑えることができます。 

 ただ、逆に初回でも、一度にたくさんのハチに刺されれば誰でもアナフィラキシーを起こる可能性があることも知ってほしいと思います[4]。

 アナフィラキシーの場合、意識がなくなったり血圧が下がったりするアナフィラキシーショックという状態になることもあります。これは命に関わる緊急事態で、すぐにアドレナリンという薬を注射しなくてはいけません。

 以前ハチに刺されてアレルギー反応を起こしたことがある場合には、病院で相談の上アドレナリンの携帯注射キット(エピペン)を準備しておくとよいでしょう。

子どもは蚊に刺された場合大人より腫れやすい?

 蚊に刺されると、蚊の唾液の成分や、吸血時に注入されるヒスタミンなどへのアレルギー反応で腫れたり痒くなったりします。

 乳幼児のうちは、刺されたことで起こるアレルギー反応がゆっくりで、刺された次の日になって腫れることも多く、蚊に刺されたせいだと保護者が気づかないこともあります。

 一方で腫れ方は大人より強く、水ぶくれができることすらあり、「うちの子は大丈夫なのか?」と心配になる方も多いです。ただ、成長とともに腫れの程度は軽くなることがほとんどですのでご安心ください。

 なお、かゆみが強く、掻いていると菌が傷口から入ってとびひになることもありますので、かゆみが強いときは軟膏を塗ったり、とびひになったら早めの医療機関受診をお勧めします。

アロマなどの虫よけは短時間しか効果がない?

 刺されないためにもっとも効果的なのは、肌の露出を減らすことと虫よけを使うことです。

 特に暑い夏は虫よけが大活躍です。一番効果的なのはディートという成分のものですが、2015年から子どもにも年齢や回数の制限なく使用できるイカリジンが使えるようになりました。

 最近では、ハーブなど植物由来の虫よけも人気のようです。では、この植物由来の虫よけには効果があるのでしょうか。

 植物由来の虫よけ成分の代表格はシトロネラです。

 この成分は確かに虫よけ効果はありますが、皮膚からの蒸発も早く、蚊よけ効果は平均して20分以内に消失したという研究があります[8]。

 他に効果があるとされている虫よけとしてはレモンユーカリがありますが、こちらは蚊に対して実際のフィールドで調査したところ4時間ほど効果があったと報告されています[9]。

 ただし、レモンユーカリは目に強い刺激があるため、3歳未満の小児には使ってはいけません。自然由来だから安全とは限らないのですね。

 またリストバンド型や超音波を発するタイプの虫よけも最近は出てきていますが、医学的には効果は証明されていません[8]し、ニンニクや玉ねぎなどにおいの強い食品を摂ると虫よけになるという主張も根拠はありません。

 以上を踏まえると、子どもに使う虫よけとしてもっとも使い勝手が良いのはイカリジンで、ディートも回数を確認しながら使用可、といったところかと思います。

虫よけと日焼け止めはどっちを先にぬればよい?注意点は?

 虫よけは夏に使うことが多いので日焼け止めと併用することも少なくありませんが、一緒に使うときにはいくつか注意点があります。

 まず、塗り方ですが日焼け止めを先に塗り、その上に虫よけを塗ってください。 

 虫よけを塗ることで虫から人を「感知できない透明人間にする」効果があります。そのため、虫よけは一番外に塗るのが効果的なのです。

 次に、虫よけは日焼け止めの効果を弱めることがわかっています。

 ある研究では、虫よけと併用したところ日焼け止めのSPF(紫外線防御指数)が平均33%減少したと報告しています[10]。虫よけだけ塗るときよりもこまめに塗るよう意識しましょう。

 また、日焼け止めと虫よけの混合製品は一度に塗れるので便利ですが、日焼け止めは2~3時間ごとに塗りなおすことがお勧めされていますが、虫よけはそこまでこまめに塗りなおす必要はありません。

 したがって、特に子どもでは虫よけの過剰な塗布につながるため使わないほうがよいとされています。

 なお、ハチやムカデに対しては虫よけは効果がありませんのでご注意ください。

 今回はムカデやハチなど虫刺されや虫よけについて、誤解されていたりあまり知られていなかったりすることを中心にまとめました。

 アウトドアに出かける前に、虫刺されについての知識の整理になればと思います。

<参考文献>

1.BalitCR, et al. Prospective study of centipede bites in Australia. J Toxicol Clin Toxicol, 2004. 42(1): 41-8.

2.RossEJ, Z Jamal, and J.Yee, Centipede Envenomation, in StatPearls. 2021, StatPearls Publishing

3.Chaou CH, et al. Comparisons of ice packs, hot water immersion, and analgesia injection for the treatment of centipede envenomations in Taiwan. Clin Toxicol, 2009. 47(7): 659-62.

4.佐々木りか子, 虫に刺された・とげが刺さった・爪が割れた. チャイルドヘルス, 2018. 21(12):37-41.

5.夏秋優, 虫刺症. 臨牀と研究, 2019. 96(7):72-75.

6.Wilcox CL and YanagiharaAA, Heated Debates: Hot-Water Immersion or Ice Packs as First Aid for Cnidarian Envenomations? Toxins , 2016. 8(4):97.

7.KrishnaMT,et al.Diagnosis and management of hymenoptera venom allergy: British Society for Allergy and Clinical Immunology (BSACI) guidelines. Clin Exp Allergy, 2011. 41(9):1201-20.

8.FradinMS and JF Day. Comparative efficacy of insect repellents against mosquito bites. N Engl J Med, 2002. 347(1):13-8.

9.MooreSJ, A. Lenglet, and N. Hill. Field evaluation of three plant-based insect repellents against malaria vectors in Vaca Diez Province, the Bolivian Amazon. J Am Mosq Control Assoc, 2002. 18(2):107-10.

10.MurphyME, et al. The effect of sunscreen on the efficacy of insect repellent: a clinical trial. J Am Acad Dermatol, 2000. 43:219-22.

佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医

小児科専門医。2004年名古屋大学医学部卒業。現在佐久医療センター小児科医長。専門は小児救急と渡航医学。日本小児科学会広報委員、日本小児救急医学会代議員および広報委員。日本国際保健医療学会理事。現在日常診療の傍ら保護者の啓発と救急外来負担軽減を目的とした「教えて!ドクター」プロジェクト責任者を務める。同プロジェクトの無料アプリは約40万件ダウンロードされ、18年度キッズデザイン賞、グッドデザイン賞、21年「上手な医療のかかり方」大賞受賞。Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2022大賞受賞。

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