ダービー馬、ウイニングチケット逝く。献花台は8月まで繋養先で設置/老若男女に愛された名馬の大往生
33歳、名馬にきてしまった"お迎え"
18日、1993年のダービー馬であるウイニングチケットが亡くなった。33歳だった。
馬の33歳はかなり年老いた方で、”大往生”と言える年齢だ。
ウイニングチケットを功労馬として繋養してきた北海道浦河のうらかわ優駿ビレッジAERUの太田マネージャーに話を聞いた。
「18日の朝、馬房で汗をかくなど腹痛の症状をみせていました。すぐに獣医を呼んだところ、大きな病院で診てもらったほうがいい、ということになりました。手を尽くしましたが、残念な結果になりました。」
ウイニングチケットは「これまでほとんど獣医にかかることがなく、健康だった」そうだ。
2021年夏、ウイニングチケットを競走馬時代に担当していた島厩務員が会いにいったが、その頃はまだ走り回ったり、ニンジンをぼりぼりと食べるほど元気があった。
「確かに一昨年(2021年)くらいは放牧場で走り出すほどでしたが、徐々にそういうところもなくなり、昨年(2022年)末あたりからは腰を患い年齢なりに年をとってきた様子はみせていました。」(AERU乗馬課の太田マネージャー)
33歳という年齢を考えると、いつ何があってもおかしくなかった。だからこそ、2021年に島厩務員は滋賀県の栗東から北海道の浦河まで相当な時間をかけて会いにいった。
「生きているうちに会いたかった。」
年齢的に覚悟はしていた。しかし、こうやって”お迎え”がきてしまうと、やはり悲しい気持ちがこみあげてくる。
島厩務員はウイニングチケットと再会した際、年齢を経ても歯が丈夫なのでしっかり食べることができている様子を見て「だからこそ、元気で長生きできているのだろう。いいところで老後を過ごせて本当によかった」と喜んでいた。
筆者もいい環境で最後まで過ごせて、本当によかった、と心から思った。
■過去記事
(島厩務員とウイニングチケットの再会についてはこちらをお読みください)
「生きているうちに逢いたかった」ウイニングチケット、愛称の名付け親との再会/ウマ娘史実シリーズ
■1993年 日本ダービー 優勝馬 ウイニングチケット
ダービー制覇時に生まれていないファンに囲まれた日々
ウイニングチケットが晩年を過ごした、うらかわ優駿ビレッジAERUはホテルや温泉もある馬と過ごせるレジャー施設だ。
ウイニングチケットについては、ファン層が人気ゲーム「ウマ娘」の影響もあり、実に幅広いという。AERUのスタッフさんによれば、
「先週は小学生の方が『ゲームで好きになったウイニングチケット』に会いにきてくれました。見学にこられる方も20代から30代の若い男女の方々が多いです」
とのこと。彼らはウイニングチケットの現役時代を知らないどころか、生まれていない方も多いだろう。
そして、北海道の千歳空港から車で約3時間かかる距離にある乗馬施設の情報が瞬時に世界に発信されるSNSがなければ、その死の知らせが周知されるまで時間がかかっただろう。
ウイニングチケットの存在は競馬を知る人にとっては「ウマ娘」がなくてもSNSがなくても偉大である。しかし、もしも「ウマ娘」がなかったら、ここまで幅広く多くの方々にウイニングチケットの死を弔われることはなかったと思う。
一般的に馬が老後を過ごす場所は生産や育成を兼ねた牧場が多いため見学は難しいが、ウイニングチケットがいた場所はレジャー施設なので見学がしやすい。
「ウイニングチケットの馬房はしばらく馬を入れず、祭壇にする予定です。思い出の品を置いたり、来てくださった方のためにメッセージノートを用意する予定です。」
献花はすでにたくさん届けられているが、今の時期は馬房の場所は生花にとっては寒いので乗馬課の事務所やホテルのラウンジ付近に飾るとのことだ。
19日、繋養していた、うらかわ優駿ビレッジAERUの公式ツイッターが祭壇、記帳台、献花台はいずれも2023年8月31日まで設置する予定と発表した。
暖かくなってからでも間に合うので、ぜひ一度、名馬の居た場所を訪ねてみてはいかがだろうか。
■ウイニングチケットの繋養先
うらかわ優駿ビレッジ AERU
■過去記事