3つのキーワードからたぐる真夏でも食べたくなるホテルのフレンチ2017年
夏のフレンチ
昨年もこの暑い時期に、夏メニューに焦点を当てた<フレンチ復権のヒントか? 夏に注目したいホテルのフランス料理>という記事を書きました。
重たいと思われているフランス料理で、夏に魅力的なメニューを考えて、集客につなげられるかどうかは大きな命題です。
3つのキーワード
昨年は4つのキーワードから紹介しましたが、今年は3つのキーワードから夏に工夫しているホテルのフランス料理を紹介します。
- 軽やかな野菜
- 日本の食材
- ミシュラン3つ星
夏に旬の食材を使って軽やかに仕上げるのはもちろんのこと、さらに何かの要素が加えられていなければ、他とは差別化できません。
他と差別化できている夏のホテルフレンチとは、どういったものでしょうか。
軽やかな野菜
ホテル インターコンチネンタル 東京ベイ「ラ・プロヴァンス」では2017年7月14日から9月30日にかけて「ヘルシーサマーフレンチ」を開催しています。
昨年も「フレッシュ」「ヘルシー」「ビューティー」を標榜する「ラ・プロヴァンス」の「ヘルシーサマーフレンチ」を紹介しましたが、今年は昨年からさらに進化しています。
ホテル インターコンチネンタル 東京ベイでは全館をあげて北海道フェアを行っており、この「ラ・プロヴァンス」でも、料理長の今関一久氏が北海道の食材をふんだんに使って、「ヘルシーサマーフレンチ」の価値をより高めているのです。
コース内容
「ヘルシーサマーフレンチ」のディナーコースは次の通り。
- アミューズ
- パレット・アート・オードブル ~ 北海道の食材とヨーグルトでサマーフレンチ~
- 北海道メークインとヨーグルトのヴィシソワーズ
- ヤガラのローストとタラバガニのブリック巻き ヨーグルトと風味の白ワインソース
- 北海道産蝦夷鹿のロース肉 備長炭グリエ 黒胡椒とハスカップのソース
- アヴァンデセール
- ヨーグルトのデクリネゾン「天使からの贈り物」
- ハーブティー または コーヒー、紅茶
「ヘルシー」「ビューティー」を大切にしているだけあって、ビタミン、ミネラル、タンパク質など美肌によい栄養成分が含まれているヨーグルトを調味料として用いています。
北海道の旬の野菜や魚介類を使い、ヨーグルトで爽やかに仕上げているので、食欲が落ちる夏でも食べ易くなっているのではないでしょうか。
注目メニュー
特に注目するべき料理は、今関氏のスペシャリテである「パレット・アート・オードブル」。塩味、酸味、甘味、旨味、滋味、辛味、苦味と7つの味覚をテーマとし、アートのように美しく前菜を盛り付けたプレートです。
北海道江別産の野菜がふんだんに使われており、見た目は涼しげで美しいので食べてみたくなるでしょう。
メインディッシュは、ホテルのフレンチにしては珍しく鹿肉を使っています。これについて今関は「ジビエが苦手という方もいらっしゃるが、北海道の蝦夷鹿は非常においしいので広めていきたい。臭みも全くなく、おいしくいただける。その上、ヘルシーで栄養価も高い」と力を込めます。
デザートはヨーグルトのデクリネゾンとあるように、クレームダンジュ、ヨーグルトアイス、ザクロとヨーグルトのソルベなど、様々なヨーグルトの変化を楽しめるようにしました。
より女性好みの「ヘルシーサマーフレンチ」に
今関氏は「パレット・アート・オードブル」について「昨年も、7つの味覚をテーマとしていたが、挑戦的な面があった。しかし、ご好評いただいたので今年もご提供することにし、さらなるブラッシュアップを図った。ヨーグルトを効果的に用い、北海道の食材をふんだんに取り入れ、それぞれに合うソースを添えた」と説明します。
ヨーグルトのデザートは「天使からの贈り物」という目を引く名前となっており、ピンクが印象的なアラザンがキラキラと光る一皿となっていました。名前の由来を問うと、今関氏は「最近ほぼ同じ時期に、3人の知人のもとに赤ちゃんが生まれた。そこからイメージを膨らませて、可愛らしいデザートを作り上げた」と身近なところからインスピレーションを得たと答えます。
「ヘルシーサマーフレンチ」は、ヘルシーで軽やかなフランス料理をという正攻法でありながらも、スペシャリテの「パレット・アート・オードブル」において昨年よりも「ヘルシー」「ビューティー」を進化させ、デザートはより女性好みにし、その結果、若い女性の人気を獲得しているのです。
日本の食材
コンラッド東京「コラージュ」では2017年7月から9月11日にかけて、夏メニューを提供しています。
いくつかコースがある夏メニューの中でも、特に注目したいのが、2017年7月からシェフ・ド・キュイジーヌに就任した松永晋太郎氏がこだわりにこだわった「グルマン コース」です。
「グルマン コース」では日本の食材がふんだんに使われており、日本の夏を存分に感じられるようになっています。
コース内容
「グルマン コース」の内容はこちらです。
- 小さなおつまみ
- シェフからの可愛らしい一皿
- 鮎とフォアグラのリエット コンソメと杏子
- スモークした京合鴨 ビーツとサマートリュフ
- オマール海老のロースト カラマンシーとヴァニラ
- 鱧のフリット 焼き茄子とモロヘイヤ
- 黒毛和牛フィレ肉のポワレ 農園野菜と黒にんにく
- お好みのチーズをトローリーより または プレデザート
- チェリーのマセレ エルダーフラワーとタイム
- コーヒー、紅茶
- 小さなお菓子
昨今のフランス料理では日本の食材をかなり取り入れるようになってきており、特に鮎などは定番となってきました。
しかし、鮎だけではなく、鱧や京合鴨までをも用いています。さらには「シェフからの可愛らしい一皿」では、日本人に馴染み深い食材である枝豆を刻んだり、ピューレにしたり、バナーで焦がしたりして、ブランマンジェに仕上げているのです。
松永氏がシェフ・ド・キュイジーヌになってから、新しい動きがたくさんあります。
静岡県の北山農園の野菜を新しく取り入れたり、ベーカリーを探し出して、栃木県の小麦「ゆめかおり」でパン・ド・ミを、石臼で挽いた湘南小麦でバゲットを、コンラッド東京のためだけに焼いてらもらったりしています。千葉県のチョコレートを使ってオリジナルのショコラも開発中です。
注目メニュー
「グルマン コース」の中でも特に注目するべきメニューを紹介しましょう。
鮎はこれまでのフランス料理では形を残して調理することがほとんどでしたが、松永氏の前菜は、そうではありません。
鮎とフォアグラでリエットを作り、それを磁器の四角いプレートで美しく表現しました。左にはクレソンのピューレが入ったグラス、鮎のコンソメ、新タマネギのムース、右には前述の北山農園のサラダ、鮎とフォアグラのリエット、アンズのコンフィチュールと、印象的なプレゼンテーションに作り上げています。
京合鴨は胸肉を使っていますが、日本の鴨で胸肉を使うのは珍しいことです。と言うのも、ヨーロッパの鴨は胸の筋肉が発達して肉厚なので胸肉を使いますが、日本の鴨はあまり胸の筋肉が発達していないため、腿肉を使うことが多いからです。
しかし、京合鴨であれば胸の筋肉が発達しているからと、松永氏は腿肉はでなく胸肉を使っています。この京合鴨の胸肉はウォーターバスで64度の低温調理を施し、ビーツをシート、コンソメ、フライと変化させ、夏に相応しく冷たいボルシチに仕上げました。
鱧は骨を切ってベニエにし、焼き茄子、細かくカットしたモロヘイヤ、アサリの出汁のスープと夏の食材を合わせています。また興味深いのは、鱧には梅肉を合わせるのが一般的だということから、梅干しと濃縮トマトでチャツネを作り、そっと忍ばせていることです。
食材からインスピレーションを得る
松永氏は、日本の食材をとてもふんだんに使っていますが、どこかで見たことがあるような和風フランス料理にはなっていません。その理由を尋ねると「料理のアイデアは食材からインスピレーションを得ている。食材図鑑を眺めながら、想像を膨らませている」と答え、いつも使っている数センチもの分厚い食材図鑑を見せてくれます。
気になるフランス料理店はあるかと訊くと「他のフランス料理店へ積極的に食べに行かない」と意外な返事をし、続けて「一度体験すると、これが人気があり、同じようにしなければならないと考えてしまう。他の可能性が閉ざされてしまうので、あえて他のフランス料理を意識していない」と明快に述べます。
日本の食材をふんだんに使いながらも、和の要素を入れてみただけのフランス料理になっていないのは、外から余計な情報を入れていないからなのでしょう。
「季節が感じられる日本の食材をふんだんに使いながらも、しっかりと自分だけのオリジナリティをだしていきたい」という松永氏の料理は、食材こそ食べ慣れた日本のものですが、日本料理でもフランス料理でもない、体験したことがない新しい料理なので、暑い夏でも食べてみたくなるのです。
ミシュラン3つ星
フォーシーズンズホテル丸の内 東京「MOTIF RESTAURANT & BAR(モティーフ レストラン アンド バー)」では2017年8月21日から27日にかけて、札幌のフランス料理店「モリエール」とコラボレーションディナーを開催しています。
8月23日には「モリエール」オーナーシェフであり、「MOTIF RESTAURANT & BAR」カリナリーアドバイザーを務める中道博氏を招聘し、ワインペアリング形式でのイベントを開催しました。
「モリエール」は、2012年特別版に引き続き「ミシュランガイド北海道2017特別版」でも3つ星を獲得した注目のフランス料理店です。2012年と2017年、どちらのミシュランガイドでも3つ星を獲得しているのは「モリエール」だけという快挙を成し遂げています。
ミシュランガイド北海道2017特別版
- 3つ星
札幌「モリエール」(2012年特別版に続き2回目)
- 1つ星
上川郡美瑛町「アスペルジュ」(2012年特別版に続き2回目)
上川郡美瑛町「ビブレ」(今回初獲得)
札幌「ランファンキレーヴ」(今回初獲得)
コース内容
コース内容は以下の通りです。
- タルトオニオン
- とうきび
- 帆立
- ニョッキ
- 季節野菜
- ぼたん海老
- 鮑
- ひと休みのソルベ
- 鹿
- 桃
- パートドフリュイ
- シャインマスカット
- マロンパイ
- ガトー・ピレネー
「タルトオニオン」「季節野菜」「ぼたん海老」「鮑」「鹿」「ガトー・ピレネー」など、「モリエール」を代表する料理やデザートがしっかりと含まれています。
中道氏は、リニューアルオープン以来2015年4月16日から「MOTIF RESTAURANT & BAR」のカリナリーアドバイザーを務めていますが、実は「モリエール」のチームがまるごとやってきたのは今回が初めてでした。
それだけに「モリエール」がほぼ忠実に再現されており、北海道へ行かずとも「モリエール」を体験できるという貴重な機会だったのです。
注目メニュー
料理を作る上で重要なものは何かという問いに対して、中道氏は「大切にしているものは驚きや体験。料理が提供されたり、食べたりした時に、思わず言葉が出るような感動を提供したい」と答えます。
続けて「ゲストもチームの一人。その瞬間の食事を作り上げるのは、調理スタッフだけでも、サービススタッフだけでもない。ゲストも一緒に参加していただくことによって、体験はぐっと深められる。そのため、ゲストに料理を取っていただいたり、最後の仕上げを委ねたりしている」と中道氏らしい哲学を語ります。
「タルトオニオン」は、まさに中道氏の言葉を体現した最初のアミューズです。キッチンで焼き上がったばかりの「タルトオニオン」をサービススタッフが急いでテーブルまで届け、それをゲストが自らの手で取って皿に載せます。熱くないかと言えば、実際のところやや熱いですが、火傷をするほどでのものではありません。それよりも、「タルトオニオン」がキッチンから自分のために届けられたような感覚がするので、非常に嬉しくなります。
「季節野菜」は20種類以上の野菜にホウレンソウのピューレ、ビーツのピューレ、白胡麻、梅、レモン、バターなどが添えられており、ゲストが自身で2~3回だけ軽くかき混ぜて完成。しっかりとかき混ぜないことにより、所々で別のコンディメントの味や香りがします。2度と同じ体験ができないので、印象深い一品へと昇華するのです。
北海道を代表する食材がふんだんに使われていることにも注目。「鮑」はイカスミのバゲットをパン粉にしてまぶし、真っ黒い印象的な料理に仕上げました。「鹿」はネックショットでストレスを与えずに仕留めた蝦夷鹿を使い、新鮮なハツに加えて、軽く火入れしたロースもしくはフィレを提供しています。
「モリエール」と同じプレゼンテーションを行う「ガトー・ピレネー」も興味深いです。白樺の木を台にして、ドイツのバウムクーヘンに似たフランス・ピレネー地方の郷土菓子「ガトー・ピレネー」を載せます。それをゲストのテーブルまで運び、目の前で切り分けるのです。
開催した背景
北海道の「モリエール」をそのまま再現したような貴重なフェアでしたが、どうしてフェアが行われたのでしょうか。
「ミシュランガイド北海道」で「モリエール」だけが3つ星を2回連続で獲得した時に、お祝いも兼ねて何かフェアを開催しようと話が持ち上がったのがきっかけでした。
「MOTIF RESTAURANT & BAR」はオープン以来カリナリーアドバイザーを務める中道氏に感謝しており、中道氏は「MOTIF RESTAURANT & BAR」ヘッドシェフの浅野裕之氏を高く評価しています。互いに素晴らしい関係を築いていることから、日本の3つ星レストランにしては珍しい、ホテルのファインダイニングとのコラボレーションが実現するに至ったのです。
ガラディナーでは両者のスタッフが一緒となりました。ガラディナー以外では浅野氏を始めとした「MOTIF RESTAURANT & BAR」のチームが一丸となって「モリエール」を再現しています。
ゲストのためにその時に最もよい食材を使いたいということから、メニューが確定したのもフェア開始のわずか3日ほど前でした。
ガラディナーでは、どういった音楽を流すのかを前日まで議論し、普段とは異なる賑やかな雰囲気にしようということで、ジャズを流すことにしました。食事の最後にはゲスト全員と一緒に記念写真を撮影するなど、他のガラディナーでは行っていない、おもてなしを行っています。
今回のガラディナーでは「モリエール」のチーム全員が「MOTIF RESTAURANT & BAR」に訪れてフェアを開催しましたが、「MOTIF RESTAURANT & BAR」のスタッフは定期的に「モリエール」に訪れて研修を行っており、今後も3つ星レストランとラグジュアリーホテルのファインダイニングの絆は深まっていきそうです。
夏に訪れたいホテルフレンチ
以上のように夏のホテルフレンチの注目をみてきましたが、健康的で軽やかな野菜を使った料理を提供したり、食べ慣れた日本の食材にとことんこだわったコースを構成したり、今ここで食べに行かなければと思わせる3つ星フェアを行ったりと、夏に訪れてみたくなるフレンチには、夏の旬の食材を使って軽やかに仕上げることに加えて、もうひと工夫が見られます。
1970年代から素材の持ち味を生かした軽い味のヌーベル・キュイジーヌが台頭してきて久しく、現在席巻している「エル・ブジ」から始まったテクノ・エモーショナルも軽やかさを基調としていますが、日本では、フランス料理は重いというイメージがが払拭できていないだけに、夏は他の季節に比べてより力を入れたフェアを行っていく必要があるのです。