フレンチ復権のヒントか? 夏に注目したいホテルのフランス料理
夏のフレンチ
今年の夏は猛暑になると予想されており、場合によっては記録的な暑さになるとアナウンスされています。
夏はもともと、そうめんや冷やし中華などのさっぱりとしたものが食べたくなる時期です。従って、こってりとしたものはあまり食べたくなくなるので、記録的な猛暑となると、重たいイメージのあるフランス料理は、あまり有利であるとは言えません。
しかし、そういった状況下で、夏でもフランス料理をおいしく食べてもらおうと、フェアに力を入れているホテルのレストランがあります。
以下4つのキーワードからそれぞれを紹介しましょう。
- ヘルシー
- 夏の味覚
- ガーデンパーティー
- 復興支援
ヘルシー/ラ・プロヴァンス(ホテル インターコンチネンタル 東京ベイ)
ホテル インターコンチネンタル 東京ベイ「ラ・プロヴァンス」では2016年7月15日から9月14日にかけて「夏を楽しむヘルシーサマーフレンチ」を提供しています。
名前の通りヘルシーをテーマとしており、夏冷え、夏バテ、食欲不振による栄養不足になりがちな夏だからこそ、体によいものを取り入れて健康に過ごせるようにと、料理長の今関一久氏が考えたのです。
たくさんのオードブルを楽しめる上に見た目も美しい「パレット・アート・オードブル」は夏バージョンとなり、「甘味・辛味・酸味・旨味・苦味・えぐ味・滋味」といった7つもの味覚を楽しみながら、体を内から温められるという一皿。
メインディッシュのウズラのファルシは、美容とアンチエイジングを意識して、コラーゲンやビタミン B2、ビタミンK を多く含むウズラで、フォアグラとフランス産キノコのリゾットを包み込み、体を温める効果のある生姜のソースと合わせています。
「ヘルシー」「ビューティー」「フレッシュ」というしっかりとしたコンセプトを掲げたラ・プロヴァンスらしく、料理の効能に妥協していません。夏でも食べたくなるような、健康的なフランス料理であると言えるでしょう。
夏の味覚/クラウンレストラン(ホテルグランドパレス)
ホテルグランドパレスでは2016年6月15日から8月7日にかけて「岐阜グルメフェア」を行っています。
鮎は夏が旬であり、最近のフランス料理でも定番となってきていますが、「日本一美味しい鮎」に選ばれた「郡上鮎」を含む、岐阜の食材をふんだんに用いたコース「ムニュ デギュスタシオン 岐阜」をメインダイニングの「クラウンレストラン」で提供しているのです。
岐阜県と言えば、「奥飛騨温泉郷」「根の上高原」などを有する、人気の避暑地のうちの一つです。美しい自然と清流に恵まれ、世界遺産の「白川郷」、日本三名泉のひとつ「下呂温泉」、飛騨高山の昔懐かしい町並が魅力となっています。そのように涼しげで爽やかなイメージのある地域の食材をフェアにすることは意味があるでしょう。
先の郡上鮎、それに知名度の高い飛騨牛の他、シイタケや枝豆、さらには岐阜県産のカチョカヴァロチーズまで岐阜県産。
夏に涼し気な避暑地を持つ岐阜県の魅力をふんだんに引き出したフェアです。
ガーデンパーティー/トゥールダルジャン(ホテルニューオータニ)
「フランス料理の歴史「トゥールダルジャン」の今」でも紹介したように、ホテルニューオータニ「トゥールダルジャン」は、1582年3月4日に5区のセーヌ河畔サンルイ島の前に誕生した貴族の館を祖としたフランス料理の老舗中の老舗です。一羽一羽にナンバリングされた幼鴨や、三皇帝が舌鼓を打ったフォアグラなど、シグネチャーディッシュがあります。
ミシュランガイドの常連である名店ながらも、海外の支店は、この東京にあるホテルニューオータニだけなのです。そして、ホテルニューオータニのトゥールダルジャンもまた、料理長のルノー・オージェ氏によってミシュランガイド1つ星を獲得しています。
このトゥールダルジャンで、2016年7月7日から8月20日(木~日限定)のランチと2016年7月6日から8月23日(月休)のディナーに「南仏のシャトーで過ごすガーデンパーティーに想いを馳せて」というフェアが行われています。
南仏のガーデンパーティーと言えば、古くは18世紀のトリアノン離宮の庭園で貴族達が集ったガーデンパーティーや、ロンシャンの競馬場で勝利を祝ったガーデンパーティーが代表的で、このフェアではゆっくりと過ぎる南仏のヴァカンスをイメージしています。
空間・環境デザイナーの秋篠野安生氏による装飾演出を施しており、緑を意識した爽やかな雰囲気が醸し出されています。普段の重厚で荘厳な印象とはガラリと趣きを変えているのは興味深いところでしょう。エレガントなガーデンパーティーの世界観を楽しめながら、もちろん本格的なフランス料理は全く変わりなく堪能できます。
ガーデンパーティのフェアは、総支配人クリスチャン ボラー氏のアイデアによるものでした。トゥールダルジャンのウェイティングスペースとダイニングからは、ホテルニューオータニが誇る1万坪もの広大な日本庭園を望めます。そこで、この日本庭園をより楽しめるようにと、5年ほど前から毎年夏に「ラ テラス」というイベントを行っていました。リピーター客が多いため、毎年少しずつ新しい要素を加えていましたが、今年は思い切って「ガーデンパーティー」と、新たに進化させたのです。
料理に関しても夏を意識しています。前菜はピューレにしたりジュレのシートにしたりと旬のウニを最大限に使い、濃厚なブイヤベースにはマダイ、ホウボウ、カサゴと3種もの旬の魚と合わせて滋味を表現し、幼鴨のローストはハスカップのソースと合わせて軽やかにしています。
またトゥールダルジャンは通常、ディナーしか営業していませんが、このフェアではランチも営業しています。ディナーよりもランチの方が値段も安くなっていますし、夜よりも昼の方が外出し易い人にとっては、フランス料理の真髄であるトゥールダルジャンを堪能できる、またとないチャンスとなるでしょう。
ボラー氏は「開始して間もないが既に好評となっているので、来年も是非続けたい」と意欲をみせますが、伝統あるトゥールダルジャンとは異なる魅力を楽しめるガーデンパーティーは貴重なフェアであると言えるでしょう。
復興支援/ピエール・ガニェール(ANAインターコンチネンタル東京)
ANAインターコンチネンタル東京「ピエール・ガニェール」では、2016年7月27日から8月14日まで、岩手県産の食材を豊富に用いた特別コース「岩手の食材づくしフェア」を開催します。
今年2016年で東日本大震災から5年もの歳月が経ちましたが、避難生活者が約17万8000人、仮設住宅入居戸数が6万5704戸と、まだまだ復興していく必要があり、皇太子ご夫妻も福島県や岩手県ご訪問されたばかりです。
福島県、宮城県、岩手県では復興を促すにあたり食に力を入れていますが、全国の多くの有名レストランでも積極的に被災した地域の食材を使って、復興に助力しようという動きがあります。白金台の「ラ・ブランシュ」や四谷の「オテル・ドゥ・ミクニ」から、ホテルオークラ東京やパレスホテル東京、さらにはフランス大使館や日本エスコフィエ協会までもが東日本大震災の復興へ向けて、被災地の食材を使うことを力を入れているのです。この5年間で多くのレストランやホテルが復興を目的としたフェアを行っています。
こういった状況の中で、ピエール・ガニェールでは、岩手県の食材に力を入れています。「【ミシュラン/最高級食材】ピエール・ガニェールのオマール・ブルーづくしコースとは?」でもご紹介したピエール氏は「厨房のピカソ」と呼ばれ、世界でも最も成功しているフランス料理人のうちの一人です。地域食材へのオマージュと芸術肌の感性から創り出した美しい一皿で人々を魅了し、自身の名前を付けた前述のレストランで2010年からずっとミシュランガイド2つ星を獲得しています。
ピエール氏は2016年2月に来日して、自らが岩手県へと足を運び、実際に様々な食材の生産者の現場を訪問しました。飼育環境や飼料へのこだわりなど、生産者から直接の声を聞き、自身が岩手の食材が持つクオリティの高さに感銘を受けたことから今回のフェアが実現したのです。単に復興を目的として岩手県産の食材を使うのではなく、岩手県にある本当に高品質な食材の魅力を伝えるべくフェアを行っています。
注目したいのは「岩手県の三大希少食材」と呼ばれる誉れ高い食材。「いわて牛普及推進協議会」の「いわて短角和牛」、「石黒農場」の「ほろほろ鳥」、「清水川養鱒場」の「八幡平サーモン」に加えて、非常に流通量が少なく食味も高く評価されているエゾイシカゲガイも使われているのです。八幡平サーモンはナントバターで低温調理し、いわて短角和牛はフィレ肉にをマグロを合わせて岩海苔のソースを添え、ほろほろ鳥はきめの細かい肉質と繊細な味わいをほうじ茶によって表現したりと、どれもモダンなフランス料理へとさらに昇華させています。
料理人を始めてから2016年で50年もの歳月が経ち、フランス料理界の頂点まで上り詰めたピエール氏は「食材へのオマージュ(敬意を払うこと)から料理は生まれてくる」という一貫した理念があるために、復興という言葉を容易に使っていません。岩手県の食材に本当に敬意を払うことによって、他の復興フェアと差別化できているのです。
フレンチの復権
4つのキーワードによって、ホテルのフランス料理を見てきましたが、夏のプロモーションにおいては、海外から有名シェフを招聘したり、特定地域の食材に焦点を当てたりするだけでは足りず、有意な特定地域の食材を取り入れたり、夏に相応しい健康的なコンセプトを打ち立てたり、爽やかなイメージを演出したりする必要があります。
フランス料理は、マイボイスコムの「食のジャンル」に関するアンケートにおいて、「好きな料理のジャンル」および「最も好きな料理のジャンル」で第1回から第3回に移るにつれてポイントが低下し、他の料理に比べて存在感が弱くなっていますが、実際にホテルでも本格的なフランス料理店がなくなったり、もしくは、メインダイニングの扱いでなくなったりすることが多くなっています。
しかし、フランス料理にとってあまり有利とは言えない夏においてさえ、魅力的なフェアを行うことは可能であり、日本料理と同じく旬を大切にするフランス料理においても、旬の食材を使うこと以上の価値を与えることができれば、フランス料理の魅力も再び再認識され、人気も回復していくのではないかと期待しています。